第7話 向日葵・とうもろこし・千鳥

文字数 1,523文字

 一面の向日葵と星空で知られるペンションで、悲劇は起こった。
 奥底大学演劇部の合宿、二日目の夜、部長の高砂真子(二〇)が遺体となって発見されたのである。
 オーナーの広瀬佐武朗(五四)は、
(ついに来た!)
 と思った。何しろこの男はこういう事件に立ち会いたくてペンションを始めた不届き者である。
 広瀬は部員たちをリビングに集めると、ここぞとばかりにパイプをくゆらせ、落ち着き払った口調で言った。
「高砂さんの手にはとうもろこしが握られていました。これはまぎれもなく……」
 ここでたっぷりと間を置く。
「……ダイイングメッセージです」
(間ァ長ぇよ!)
 と、広瀬以外の全員が思った。彼らは腐っても演劇部員だ。間の長さには敏感なのである。
「とうもろこし、これが意味することはただ一つです」
 広瀬はここでまたじっくりと間を使って、全員の顔を眺め回した。
「とうもろこしは略して『モロコシ』とも言います。つまり、諸星さん、あなたが犯人です」
 役者の諸星太一(一八)に視線が集中する。諸星は、広瀬の言っていることが本気なのかどうか判然としないまま、
「僕は食事のあとずっと自主練をしていました。たぶんみんな見ていたと思います」
 と言った。数名の役者が黙って頷いた。
 広瀬は一息、深くパイプを吸った。
「なんて、そんな単純なわけがないでしょう。今のはミスリードです。真犯人を油断させるためのね」
「……」
「とうもろこしは英語で『コーン』……この中で「こん」で始まる名前の人は、近藤さん、あなたしかいません」
 作家の近藤富由美(二二)は広瀬が言い終わる前に、
「私は畠山さんと打ち合わせをしていました」
 と、アリバイを示した。
 広瀬は一瞬フリーズした後、
「なるほど、畠山さんとですか」
 と、余裕ぶった。
「もうおわかりでしょう、皆さん、『コーン』と言えば……?」
 何を言ってるんだこの親父は……と、もはや全員、呆れ顔を隠そうともしない。
「……そう、『バター』です。コーンとバター、近藤と畠山、二人は共犯だったということです!」
「打ち合わせはベランダでしていました」
 と、演出の畠山ジロー(二四)が言った。
 ベランダで二人が打ち合わせをしている様子は何人も目撃していた。
「はっはっは……いや、皆さん、これは私が解決してきた中でも一、二を争う難事件です。まさか、ダイイングメッセージと思われたものが凶器だったとは」
「……」
「凶器といっても、これで高砂さんが撲殺されたわけではありません。高砂さんはこのとうもろこしで反撃しようとしていたんです」
「……」
「玉村さん、夕食の際にとうもろこしをお残しになったのはあなただけです。さてはあなた、とうもろこしアレルギーをお持ちですね?」
「いえ、ただの食わず嫌いです」
 と、音響の玉村総(二〇)が証言した時、役者の多田みか子(一九)が千鳥足でリビングに入ってきた。
 なんと、全員揃っていなかったのである! 確かに「これで全員です」とは誰も言っていない!
「あたしがやりましたぁ!」
 と、多田は目も耳も真っ赤にしていった。
「部長に畠山さん取られて、悔しかったんですぅ!」
 畠山が多田から高砂に乗り換えたことは、今まで暗黙の了解だったが、このタイミングで周知の事実となった。
「あたしが……あたしが部長を殺しましたぁ!」
 泣きじゃくる多田。目を閉じて無精ヒゲを掻く畠山。そして、ひっそりと畠山のことを狙っている近藤。
 広瀬は茫然自失して使い物にならないので、諸星が警察に電話した。ちなみに、諸星は多田のキープで、そうとは知らず玉村が多田を狙っている。

 (了)
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