第33話 

文字数 666文字

風が木の葉を揺らしていた。
空はまだ青く、ただ雲だけが西に落ちかけているオレンジ色の陽を映していた。
小鳥が飛んでいく。
僕はコーヒーを飲む。ただのインスタントだ。
「どうしたの? 明日からのお仕事のことでも?」
僕がぼんやりしていたからだろう、彼女が声をかけてきた。
「ああ、いや、そうだな。オンラインは楽だったなと思ってさ」
「そうね。でも元に戻るのは安心するわ。……ねえ、今夜の食事は何がいい?」
「そうだな……」
家に一日いるせいか食欲はあまりわかない。
「なんでもいいよ」
彼女の唇が僅かに動く。
そうだよな、なんでもいい、なんて言葉の無責任さはわかっている。というか、あちこちでそれではダメだというような記事を目にしてきた。
「えっと、例えば、カレーとか……簡単なものでいいんだけどな」
「そうね。……考えるわ」
そう言って彼女はキッチンに行く。
僕は小さなミッションが終わった気がしてほっとする。
別にカレーが食べたいわけじゃない。言ってみれば、なんでもいいんだ。何か、な気もするけれど、料理も料理名も思いつかない。
小鳥が群れをなして空を横切っていった。
あれはスズメだろうか。
鳥なんてスズメとハトとカラスくらいしかわからない。
なんなのか、名前のわからない鳥の声がする。
キッチンで包丁の音がし出した。何かが作られている。
いつの間にか、空が赤くなっていることに気づく。
風が止んでいた。
僕は茜色の中でぼんやりと、ぬるくなったコーヒーを口にする。
このコーヒーの銘柄、何だったかな。


                                        







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