第6話 ※

文字数 3,383文字

 白髪に隠れた白い眼が机の上に置かれたディスプレイのような薄い白い板を見る。その横に白いお面を被り、長いローブを着た人物が一緒に覗き込む。ディスプレイの情報を読み解き、白い少年は軽い口調でこう言った。
 「分かりやすく四人すね。歩きだなんてチャレンジな人たちだな。こっちに近づいてます。もう一つ気になるのが四足歩行の動きですけど、あまりにも意図的な動きだ。多分人が動かしてますね」
 「それもこっちへ向かってるんだ?」
 ローブの人物が、少年に問う。
 「いや、とっても的外れな方向へ移動してます。もしかして、試術場へ向かっているのかな。あそこには人がいないから良いけど」
 つい昨日まで季術を試すのに使っていた試術場。そこを目的にしているというのなら、やはり異民族たちは術を使う時にできる精霊層の跡に注目して追ってきているのだと、ローブの人物は確信した。そして、自分たち雪一族の力だけでは得られなかったこの白い板が抱える高度な技術に目を見張った。
 「これ仕組みはどうなっているの?」
 「詳しくはよくわからないすけど、索敵できる表示板っぽいす」
 すると背後からおよそ中年男性のような低い落ち着いた声が解説してくれた。
 「昨日降らせた雪に精霊層からタグをつけておき、落下地点からどれくらい動いたのかを表示しています。雪のマッピングですよ。風とか、自然現象で動くのと意図的に近づいてくる動きはだいぶ違いますからね、近づく者がいればすぐ見つけられます」
 急に現れた幅広の人物に、白い少年とローブの人物は驚き肩を揺らした。彼は白いポンチョに身を包み、白いお面をかぶっている。お面には紫の線で一筆書きの傘のようなマークが描かれていた。その不気味な雰囲気に、少年が丁寧な言葉で嫌悪感を表す。
 「ご解説どうも。我々一族に素晴らしい物を提供していただけたことは感謝しております。けれどここは外部の人立ち入り禁止なんですよ、牧師様」
 「これは失礼。ですが、彼女がどうしても一緒に来てほしいと言うので」
 彼に連れられて来たのは白いスリットのようなワンピースを着た十歳あたりの少女。どこを見てるか分からない表情。牧師との体格差も相まってまるで人形の様だった。その少女が言った。
 「深雪がいく」
 目的語のない一文にローブの人物が問う。
 「どこへいくの」
 白い少女はディスプレイに映る、リアルタイムでゆっくりと伸びつつある黒点線を小さな人差し指で指した。ローブの人物は低い声で問い詰めた。
 「なぜ?無駄死にする気?」
 「真の平和のために『平等(イェコル)』であらねば。異民は深雪たちを傷つけた。なら、深雪たちは異民を傷つけなければならない」
 「祈ってて」、そう言って幼い少女はその場を離れた。
 レイン牧師、と呼ばれる外部の者を受け入れて索敵機能を携えた白板のような技術を得たことは、雪一族にとって良い影響をもたらした。しかし、彼が持ってきたのは技術だけではない。どちらかと言うと、こちらの方が本命だった。「平等(イェコル)教」の普及。すべては平等であるべきだという教えの宗教である。あらゆる苦しみの根源が「不平等」にあり、幸せになるためには皆が「平等」に事を分かち合う必要があると。これがマジョリティに虐げられた雪一族たちに親和性があり、集落の中にたくさんの信者がいた。その中でも深雪は熱心な信者であった。その小さな白い背中で背負うのは、数多の命を平等にささげた十字架。
 「彼女なら大丈夫でしょう。『精霊のご加護』がありますから」
 「なんだって?」
 ローブの人物が問うと、牧師は何も言わなかった。代わりに、その傘の面の下で笑った気配がした。
 相変わらず胡散臭い奴だな、と白い少年は思った。彼は牧師の言う「精霊のご加護」とやらがどんなものなのか知らなかったが、深雪一人では四季の国で訓練された四人組を圧倒するほどの力はないだろうと思うと、次の行動は決まっていた。
 「俺も少し準備したら向かいます」
 「君たち、全然静かにできないね」
 ローブの人物がやれやれと肩をすくめた。
 「俺は深雪と違って正面突破せずに、卑怯な手を使いますから大丈夫ですよ」
 残されたお面の二人。牧師の「子供は風の子ですね」と穏やかな声が浮いた。


 「待って、本当に寒いんだけど…」
 「ごめん、僕も寒さが限界」
 温暖な地方出身の花姫と休が音を上げる。そんな二人に気を使って秋菜が先頭の冬に声をかけた。
 「ちょっと休憩しましょうか」
 「また休むのか」
 花姫は単独で先に行ってしまう同僚に不満を漏らす。
 「ちょっとは他の人のこと考えてよ」
 すると冬はため息をつき、だるそうに着ているダウンジャケットのジッパーを下げた。ジャケットの裏にタイルのようにびっしりと張り付けてある四角いもの。それを見た秋菜は「あ、あんなにカイロ貼ってる人初めて見た…」とつぶやいた。冬はその中の二つを剥がして花姫と休に渡した。
 「ありがとう、あったかいけどこれは何?」
 休のすむ地方は年中温暖な気候。体を温める道具については全くの素人だった。
 「使い捨てカイロ。裏面に接着剤がついているから服の上から好きなところにつけて。おすすめは首元」
 ちらつく使い捨てカイロでいっぱいのジャケット裏。この男、本当に寒さが苦手なのね、と花姫が鼻で笑った。
 「備えすぎも考え物ね。火傷しそう」
 「要らないなら返してもらう」
 冬が渡したカイロを奪う。「そんなこと言ってないでしょ!」と花姫は取り返そうとした。お決まりの喧嘩コースである。休はこの二人はこんな北端でも喧嘩するのかと呆れた。
 「やはり徒歩はきついですよね」
 そう言いつつ、秋菜がコートのポケットから紙を取り出したもの、それは印影だった。まさか何かしらの動物を召喚してくれるのか!———休が期待の眼差しを彼女に向ける。彼女が印影に手をかざし、目を閉じると、可愛らしい合言葉を放った。
 「『どんぐりコロコロどんぐりこ』!」
 しかし何も起きない。秋菜はおもむろに印影をポケットにしまった。しばらくの間の後、何事もなかったかのように別の印影を取り出し、もう一度同じように合言葉を放った。しかし案の定何も出ない。さながらガチャである。お目当ての生物(キャラ)を引き当てるまで、それを何度でも繰り返すつもりだった。この彼女、生物召喚術のセンスは皆無だった。
 この雪原の真ん中で、一つの使い捨てカイロを巡ってドンパチする男女、片や一人神妙な面持ちでそれに似合わない可愛げな言葉をおもちゃの様に繰り返す女———カオスが出来上がりつつあった。休は「なんだこれ…」と思いながら、果てしなく続く白い積雪の大地を眺めた。
 それが偶然敵の発見を早めることとなる。雪にカモフラージュした白い影。まじまじと見なければ分からなかった。走るよりも早いスピードで直線的に近づいている。
 「皆、敵だ」
 休の注意喚起で膨張していたカオスが止む。
 一対の雪でできた滑走シューズが摩擦音を響かせ、浅緑班の目の前に止まった。雪一族は雪に働きかけることができる者。ここまで来るのに、その能力を駆使し、柔らかな積雪の大地をスケートリンクのように変えて、器用に滑ってきたのだった。色素のない白い目に、腰まである白髪、透明感のある真っ白の肌。神聖な雰囲気を纏い、どこか人間離れした見た目である。花梨係長の言っていたような白い長髪の少女、ひょっとすると恩寵者の「雪姫」か?だとすると一筋縄では行かない相手だぞ、と休は危機感を募らせた。
 雪一族、妹の手がかり!———目の前の最優先事項にしてカイロのことなどどうでもよくなった冬は花姫にそれを押し付け、白い少女に向かった。
 「あんたに問いたいことがある」
 「ちょっと、四人組を崩すなって言われたでしょ?バカじゃないの?!」
 喧嘩の勢いそのままに花姫が冬に続くと、突如後ろの方で大きな音がした。見ると休と秋菜の姿がなかった。雪上に現れた裂け目。クレバスである。慌ててから遠のき端を壊さないようにして覗き込むが、深く狭い奈落。当然底が見えない。「秋菜、休!」と花姫が呼びかけるも、返事がない。
 「無駄すよ。底まで数十メートル、生きてる方が不思議なんじゃないすか」
 その爽やかな声にそぐわない冷酷な言葉が聞こえた。白い少女の横にいつのまにか白いトナカイにのった少年がいた。
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