第2話 ※

文字数 2,526文字

 改札を出てすぐの場所、黒髪天然パーマの彼が待っていた。雪が積もった寒そうな景色にも関わらず、黒スキニーに大きめの白Tシャツと薄着。彼は冬たちの姿を見つけると、手をひらひらさせながらゆっくり近づいてきた。
 「お久しぶりです、吹雪(ふぶき)先輩。『浅緑(あさみどり)班』四名全員到着しました」
 冬が班の先頭を切って吹雪と落ち合う。
 「おーお前ら、元気そうだな。見ないうちにたくましくなって」
 吹雪の班は浅緑班が来る前に到着しており、先に作戦準備に従事しているのだった。かつてトレーナとして指導していた後輩との共同任務。彼は「来てくれて助かった」と屈託ない笑顔を見せた。一行は吹雪に案内され、任務の拠点となっている北端支部へ向かう。
 その道すがら、秋菜が気になっていたことを口にした。
 「そういえば、駅で身分証を見せるよう求められたんですけど…あれなんですか?」
 「氷海境駅は一般の人が下りられない駅で、俺たちのような国家公務員だけが立ち入りを許されているんだ」
 吹雪の解説に「あれ」と秋菜が素っ頓狂な声を上げた。
 「でも冬、ここの土地勘あるって言ってましたよね?だから任務遂行に有利だと…」
 「実は昔来たことがある」
 吹雪の言う通り駅には資格のない者は下りられないが、周辺は柵もない地続きになっているので一般人でも徒歩で踏み入れることは可能であった。ただし、ここは国の管理外区域であり、踏み入れた者の身の安全は保障できないと公言されている地。自ら身の危険を冒そうとするもの好きはそういなかった。それを知っている吹雪は「まじかよ…」と顔を青くした。
 「ここは軍事境界線のような場所なんだよな。俺らがここから北へ作戦準備のために調査しに行くと、大体『奴ら』にエンカウントする。最近は活動が活発になっててさ」
 「『奴ら』って…」
 花姫が吹雪に聞こうとしたその瞬間だった。吹雪は立ち止まり、待ての合図をした。遠くから微かに音の振動が伝わってきている。彼が不吉な音がする方を見ると、雪山の斜面をとび回り、こちらへ向かってくる影をとらえた。
 大きな白いトナカイだった。それは山肌を下ってきた位置エネルギーの勢いを持ってくると周辺の雪を巻きあげ、従順にも吹雪たちの近くに止まった。雪埃の中、トナカイに乗っていた茶髪の和装の青年、緩やかな内巻きを描く空色髪の少女、それからまるで干された洗濯物のように伸びて、桃花色の髪を一本三つ編みにした少女の姿が現れた。秋男(あきお)(あおい)小春(こはる)———吹雪が所属する班、「青藍(せいらん)班」の面々である。
 「なんだお前らか、何かあった?」
 「雪崩よ!小春が尻餅ついた瞬間に雪崩が起きたの!絶対この子のせいよ!」
 トナカイの背中から空色髪の少女、葵が隣の三つ編み少女を指さし、イラつきを露わにした。
 「尻餅で雪崩…?」
 理性的に考えればつながるはずがない二つの単語。吹雪がつながりを見出そうと一生懸命紡いだ言葉が宙に浮くと、小春は「ごめんなさぁい…」と力なく手だけあげた。
 「今は悠長に話している場合ではない」
 茶髪の和装の青年、秋男はそう言うと胸元から黒い小箱をスッと出し、中から一枚の紙を取り出した。紙には放射状に伸びる直線の模様が描かれていた。生物召喚用の印影。秋民族の伝統的な術で、取り決めた印影と合言葉で契約を交わした生物をこの場に呼出すことができる。彼は印影に手をかざし、こう言った。
 「『カリブー』!」
 印影から雪煙が現れ、その中から四方に伸びた立派な角、続いて白色の胴体が出現した。もう一体のトナカイである。それは地に降り立つと、冷気を払うように首を振った。
 「もうじきここへ到達するから全員のれ」
 吹雪、浅緑班もトナカイに乗り一行はその場を後にした。
 「つか秋男、いつの間にここのトナカイと契約したの?驚きだわ」
 吹雪が振り落とされない様に小春の背中を押さえながら、一番先頭にまたがっている秋男に声をかけた。
 「それより、一応係長には連絡用の燕を飛ばしたが…このままだと北端支部も巻き込まれるぞ」
 「はぁ!?」
 事の緊急性に気づいた吹雪は困惑の声を上げた。秋男たちによるとここまでトナカイに乗り、逃げながら雪崩を止めようと自分たちが持ちうる限りの術を試してきたという。しかし焼石に水、なす術がないほどの大規模な雪崩であった。「あれを止めるなんて無理!」———魅力的な長髪と首につけた水色のリボンチョーカーをなびかせながら、葵が言い放った。
 さらに追い打ちをかけるように乗っているトナカイに雪煙が纏い始めた。徐々にトナカイたちは動きが鈍くなり、ついにその場に止まる。そして、雪煙が濃くなった頃、彼らに乗っていた面々は積雪の大地に放りだされることになった。
 「すまない、トナカイの優先契約者が彼らを呼び出したらしく帰ってしまった。かなり突貫で契約したから粗が出た。代わりの者を呼び出すから少々待っていてくれ」
 秋男が急いで代わりの印影を取り出そうとしているが、地に降り立った面々は地震のような揺れを感じていた。雪崩はもうそこまで来ている。
 打つ手なし、と思われたその時だった。雪崩の見える方、まだ到達していない斜面の雪に点で構成された奇妙な一線が現れた。それら点は手を広げるようにぐんぐん上へとのび、幅広になっていった。あっという間に茶色の木の幹が幅を利かせると、木はここで見るはずがない薄ピンク色の花をつけた。春の象徴、桜だ。瞬間、到達した雪崩が桜並木にぶつかりすごい轟音を響くと、辺りは桜の花びらと雪が舞い、幻想的な様相を呈した。
 「はぁ、間に合って良かった」
 覚えのある声が鼓膜を叩き、冬はドキッとした。彼が声の方へ目を向けると、記憶の面影を残した小柄な女性が額に手を当て、やれやれといった具合に一息ついていた。風でなびく肩まで伸びた撫子色の髪、同系色の瞳。冬の背後の事故現場から巻きあがる文字通りの桜吹雪が、湯呑の茶の湯気でぼやける人当たりの良い笑顔を思い起こさせた。「あの人」だ。記憶の断片が冬に彼女の名前を口にさせようとすると、ここで全く意外な人物が先だった。
 「ママ!?」
 驚いた少女の声が響くと春色の可憐な救世主は微笑み、「花姫!」と娘の名前を呼んだ。
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