第4話 ※

文字数 1,456文字

 文字通り夢に見た邂逅だった。
 自分が学生で、彼女が同級生と言うことになっていて、クラスの隣の席になる。お昼ご飯を一緒に食べる。彼女に何か話すのだが、覚えていられない。けれど彼女は笑ってそれを聞いてくれる。
 あるいは、自分の恋人と言うことになっていて、自室で遊ぶ。そこでも何を話したのか覚えていられないのだけど、彼女は楽しそうに話を聞いてくれる。
 夢の後は、またその笑顔が見たくなった。話したくなった。そして、自分のことを分かってほしくなった。
 花梨は唯一彼の重荷を支えうる人物だった。が、彼女の撫子色の瞳は、冬の姿を過去に投影するような素振りを見せなかった。自分のことを覚えていないようだ、と冬は思った。しかし、彼は一刻も早く彼女と話したかった。
 冬は班員から誘われた明日の打ち合わせを断り、会議室を抜ける。
 会議室の外はガラス張りで景色が見えた。外は雪が降り、曇天のグレースケールがかかる廊下だった。その向こう、まだ遠くない場所で花梨の後ろ姿が見えた。
 「花梨係長」
 冬の声に花梨が振り向いた。振り向きざま、撫子色のミディアムヘアの少し跳ねた毛先が揺れた。無彩色の廊下、彩度の高い彼女だけが合成写真のように浮いていた。
 「冬さん。どうかした?」
 人当たりのよさそうな笑顔を返す花梨。背格好は小さくとも、家庭を持っている、その表情は大人の余裕があった。そして、誰にでもこうすることが伺い知れた。覚えていない自分に対しても。心底に沸く寂寥感に目をつぶり、冬は問う。
 「係長が北端支部に配属されたのは、七年ほど前になりますか」
 花梨は目をぱちぱちさせて微妙な顔をした。どうやら勤続年数など数えていないようだ。自分のことなのに、覚えていないところも愛嬌があった。「多分そのくらいだったかな…」と自信なさそうに言うと、続けて当時のことを話してくれた。
「その頃に四色の一班が雪一族の襲撃にあったんだ。それで人員が不足したんで私の班がここに来た。それからずっとここでやっている。でもどうして?」
 それは両目で冬を見据え、きっぱりとした聞き方だった。あまりの清々しい態度に「あ…」と返したまま彼は黙ってしまった。ずいぶん昔に一度だけ会っただけのその人だ。覚えていないのは無理もない。冬は、自分が記憶違いしているかもしれない不安を抑えてここまで来たが、それがあふれ、彼の次の言葉は来なかった。
 しばらく後、花梨が「あれっ」と言った。
「…確かここでの初任務中に、倒れている少年を発見した。冬民族っぽかったけどやたら着込んでて、寒さに弱そうだった」
 思い出しながら歩み寄るように言葉を紡ぐと、花梨は目を見開き、はっと息をのんだ。
「ひょっとして君、あの時の」
 冬がおずおずと頷くと、花梨の開いた口の角がゆっくりと上がる。今まで気づけなかったつながりを見出した。アハ体験のような感覚に彼女は歓喜した。
 「ごめん、背が高くなっていて全く気づかなかった。かっこよくなったね」
 良くも悪くも、久しぶりに見かけた近所の知り合いの子の成長に驚いたような言い方だった。冬は若者らしくはにかんで笑った。
 「なんでまたここに来ちゃったの」
 花梨はあの時と同じようにゆるく咎めるように問うた。冬はここに侵入した訳を花梨に話していない。当時は本物の春民族を見るのは初めてで、しかも国家公務員と固そうな肩書きが彼の気を許させはしなかった。けれど、当時も今も同じだった。そして七年越しに再会した彼女に打ち明けるのだった。
 「俺は、失踪した妹を探しに来ました」

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