第2話 妹の訓み

文字数 1,018文字

 柳田国男の『妹の力』には全部で十二篇の論考が収められているのだが、『妹の力』は本書のタイトルであると同時に、その巻頭に置かれた論考のタイトルなのだ。ここでは混乱を避けるため、書籍タイトルは『妹の力』と二重カッコで表記し、個別の論考の方は「妹の力」と表記したい。

 さて、この『妹の力』であるが、先ず確認しておかなければならないのは、タイトルの()み方なのである。 
 この書は、従来「いものちから」と()まれてきた。実際、ソフィア文庫の奥付にも、そうルビが振ってある。
 確かに、「妹」を「いも」と訓んだ方が教養ありげに聞こえるのは確かだ。
 更に例として、万葉集の中の、大海人(おおあまの)皇子(おうじ)(後の天武天皇)が、別れた妻である額田(ぬかたの)(おおきみ)を詠んだ有名な歌なんかを引用したりすると、もっと知的な印象を与えることができよう。

 紫草(むらさき)のにほへる(いも)(にく)くあらば人妻(ひとづま)ゆゑに(われ)()ひめやも

 わあ、なんか頭よさそう!
 それを、ラノベのタイトルじゃあるまいし、柳田大先生の著作タイトルの訓みとして、「いもうとのちから」はないでしょう(苦笑)……というのも、まあわからないではない。

 ただ、重要なのは柳田国男本人が、どういう意味で「妹」という字を使っていたかだ。本書の「新版解説」において、藤井貞和は次のように指摘している。

『妹の力』の「妹」を「いも」と訓ませるとすると、『万葉集』を気取ったり、神話的背景に思いを馳せたりする、一種の綺語趣味だと見られかねないことになる。
 冒頭の論考「妹の力」に、単独で「妹」という語が十三回、見られる。すべて(いもうと)の意味で使われている。※1

「妹の力」は大正十四年(1925年)、『婦人公論』十月号に掲載されたのだが、藤井は初出誌にもあたって、出てくる全ての「妹」の字に「いもうと」とルビが振ってあるのを確認している。
「新版解説」は以下のように締めくくられる。

『妹の力』は、こう見てくると、「いもうとのちから」か、「いものちから」と呼ぶべきか、読者に知的な選択をいま求めているように思われる。※2

 明言は避けているものの、藤井の暗示する然るべき訓みは、当然前者の筈である。
 
 というわけで、わたしのこの駄文のタイトルも、「いもうとのちから」と訓んでいただきたい。更に感嘆符までつけて、タイトル『妹の力!』。

 うん、確かにあまり頭よさそうには見えない。


※1 藤井貞和「新版解説」『妹の力』、角川ソフィア文庫、1971年、P351。
※2 同上書、P355。



 
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