第3話 S本さんとKENさん

文字数 1,566文字

 大学生といえば、アルバイト。早速、人材派遣会社に登録して、単発のバイトを色々紹介して貰ったりした。わたしは、大学入学前に珈琲館のバイトを三年ほどやっていたので、飲食店はもう十分って感じだったけど、バイトメンバーの急病とかで人手不足の時は、割増報酬をもらって、一日だけ働いたりした。あとは、問屋が小売店に派遣する試飲会とか試食会のマネキンも高報酬だった。

 長期でお世話になるバイト先としては、低賃金だったけど、レンタルレコード店を選んだ。市役所そばにあったその店は、駅から徒歩圏内にある唯一のレンタルレコード店だった。
 当時は、CDの販売が開始されていたけど、まだまだ主流はレコード盤だった。
 レコード、VHSビデオ、CD、レーザーディスクのレンタルをやっていたけれど、売上の半分はVHSビデオで、レコードが四割、CDが一割。レーザーディスクはごくたまに、借りる人がいるくらいで、品揃えも殆どなかった。

 この店のオーナーのS本さんは、県内出身で東京の有名私大を卒業したけど、卒業当時が未曾有の不景気で、就職先が無くて、仕方なく、自分で起業した。東京では珍しくなかったレンタルレコード店が県内にはなかったから、親に出資をお願いして、市役所に近いビルの二階を借りて始めたそうだ。バイトは全員、音楽好きな学生なので、安い時給(最低賃金)でも文句も言わずに夜遅くまで働いた。(無料でレコードが借りられるという報酬が条件だが)

 S本さんは、ビデオブームをしっかりキャッチして、今度は国道沿いに大型店をオープンした。これは正解で、街中の店の時は、高校生や大学生が自転車で来店するだけだったが(それにしても、男子高校生はアダルトビデオを借りる時は私服で来店するのに、返却の時には平気で制服で来店するのには参ってしまった。こちらにも立場というものがあるんだからさぁ)、ロードサイド店になったら、大人が車で来店して、ビデオやCDを大量に借りてくれるので、客単価は確実に上がったし、来客数もうなぎのぼりだった。
 ただ、S本さんは「これは人気が出そう」というビデオをレンタル解禁と同時に大量に仕入れるもんだから、実のところどの程度儲かっていたのかはわからない。
 独自のマーケティング理論があって、店のBGMをクラッシックとかJazzにすると、お客様は気持ちよく、店内を見て回るだけで満足してしまって、何も借りずに帰ってしまう。これを歌謡曲、特にアイドルものをかけていると、なんか落ち着かなくて、どんどん、借りてとっとと帰ってくれる。ということで、当時は店のBGMは光GENJIが鉄板だった。

 S本さんの高校時代からの友人だというKENさんも、同様に就職難で起業したってことだったが、国道沿いに洒落た外観の飲食店を出していた。店内に装飾用のビートルが置いてあって、道から見える駐車場にはKENさんのポルシェが停めてあった。店内のグランドピアノでは、たまにライブも開催されて、わたしが所属する大学のジャズ研でも、クリスマスコンサートをやらせてもらったりしていた。
 S本さんは既婚で小さなお子さんがいて、ドラえもんの新作を入荷すると、必ず、自宅用にダビングして持ち帰った。KENさんは独身で、「なんか、俺に寄ってくる女の子は、ポルシェに乗ってるのが素敵って寄ってくるんだけど、そういうのって、違うなぁと、思うから。」とか言っていて、わたしには、「一生懸命勉強しろよ、男の金をアテにするような女になるな」と言いながら、店で食べたランチ代を「俺の奢りだから」と気前よくタダにしてくれたりする有難い人だった。


 今では、S本さんの店もKENさんのも店も、国道沿いから消えていて、お二人が何をされているか不明だけど、きっと元気で金には困っていないんだろうと確信している。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み