面接をはじめます
文字数 3,670文字
宇宙歴一四九年、とある日の早朝――。
世間一般の労働者達の例にもれず、キャプテン・レオンの一日も規則正しく起床は速い。
性質上定休日というものを持たない【ヴィーナス号】の面々であるが、月休六日は船内規則で保証されており、本日は最低限の人数を残して休暇を楽しんでいる。
とはいえ、経営者であるレオンにとって休日は稀である。
その日も朝から黒スーツへと着替え、母のスクーターを借りて家を出た。
住宅街を抜ける事およそ十数分。惑星【輝葉】の第三宇宙港に程近い町【三葉 町】の一角にある喫茶店に、彼の姿はあった。
小さく落ち着いた店の中、まだ着慣れぬスーツに首元をかきながら、すっかり冷めてしまったコーヒーを味わう。
かれこれ三十分以上コーヒー一杯で座り続け、さすがに何か頼もうかと考え始めた頃。運ばれてきた料理を見てレオンは顔を上げた。
ほんのりと湯気を纏った温野菜のサラダ。
農薬・科学肥料・ナノマシン・レーザー除虫・放射能成長・局所惑星改造もろもろ無し!――と豪語する店主のこだわりの自家栽培野菜を使用した逸品であり、来店した時にレオンが頼む定番である。
注文したわけではないが、常連客へのサービスとばかりに運んできた店主に笑顔を返し、レオンはその皿を受け取った。
金欠とでもとられただろうか?
次に来たときは何か高いものを頼もうと決め、その手にフォークを握る。
じっくりと味わってやりたいところだが、今は人を待つ身である。
早々に片付けようと口を開くが、待ち合わせの相手が現れたのは、まさにその直後の事であった。
間の悪さにため息をつきながらもフォークを降ろし、緊張した表情の少女をレオンは正面の席へと招いた。
顔を合わすのは初めてであるが互いに顔は知っている。相手は求人情報でレオンは手元の履歴書で。
テーブルのサラダを見る目に、レオンは好きなものを頼めと促し、相手の少女は元気な声で言った。
「カツカレー大盛」
「無えよ」
キレのいいツッコミと共に、その日の彼の仕事は幕を開けた。
慌ただしい初航海より一ヶ月。
正式に【解決ギルド】へ加入して半月。受けた仕事の回数……僅かに三度。
【便利屋】の名に恥じず、惑星間輸送、工事の手伝い、民間港の覆面調査員と、その内容はバラエティに富んだ。
比較的簡単な仕事を選んだつもりではあったが、困る事も多く、さらに中型宇宙船を二十人程度で動かすのも難しいと感じた為、急遽人材募集を行うに至ったのだ。
軽食がてら他愛も無い会話を挟み、キャプテン・レオンは改めて目の前の少女を見た。
名前は狩野 アリサ。年齢はレオンと同じ二十歳。小型艇や小型銃器の免許を所持。
顔立ちは整っており、発育を含めて大人びている。――が、言動や仕草には幼さが残っており、女子高生程ではないかと推測して履歴書の生年月日欄に小さく(?)をつけた。
よく見れば迷って書き直した形跡があり、逆に名前や自己アピールは見事な一発書きで書かれている。
このご時世に用紙媒体での履歴書というのも珍しいが、字は人を表すという格言に従ってレオンはこの方式を採用している。
「とりあえず確認したいんだが。ミス」
「アリサって呼んでください」
「わかった。アリサは本気でうちに就職したいんだよな?」
「はい」
元気よく頷くアリサに、レオンは手に持った履歴書を見せた。
「一部空白なんだが?」
「乙女の秘密です」
口元に生クリームをつけながらアリサが微笑む。
「……そうか」
あっけんからんと言うアリサに、レオンは小さく頷いた。
まあ、嘘を付かれるよりはいいと考えることにする。
あからさまに不審な記述は無く、スリーサイズも盛っているようには見えない。
「資格以外に経験とかあるか?」
「カジノでディーラーやったことあります。あとバニーも」
「他には?」
「んー、運び屋に用心棒。あと鉄砲玉」
「最後のは聞かなかったことにしてやる」
若干重くなった胃に暖かい野菜を流し込み、面接を続ける。
「うちがどんな会社かは分かってるよな?」
「解決ギルド所属の惑星間商業船ですよね。宇宙をさすらう何でも屋。金塊から死体まで運んで時には軍隊とも一戦交える!――みたいな?」
「そんな映画みたいなもんじゃねえよ」
一時期は自分も夢見た儚い幻想にため息をつき、スクリーンを起動して企業案内ページを映す。
「ギルドに登録したとはいえ、ウチはまだ新興だ。コネもパトロンもねえから、回ってくるのはギルド経由の安い斡旋が中心。まあ、それでも人手不足だからこうして求人出したんだけどな」
「ふーん」
「思ってたのと違うか?」
「えへへ」
誤魔化す様に笑うアリサに、レオンは尋ねた。
「そもそも何でウチに入ろうと思った?」
「名前」
「ん?」
「【ヴィーナス号】ってシンプルな名前だったから」
シンプルかつ言葉足らずな答えに頭を抱えながらも、観察するようにその顔を眺め、レオンは続きを求めた。
「補足」
「ほえ?」
「説明。分かる様に文章を作ってみろ」
「え?あーはいはい。……ゴホン」
しばし頭に手を当て、情報を整理し、咳払いと共に言葉を紡ぐ。
「船舶名って基本かぶらない様に調整されるものでしょ?○○のヴィーナス号とか第〇〇ヴィーナス号とか。それでシンプルでいい名前だから、歴史あるすごい船なのかなーって。……違った?」
いいや。とレオンは首を横に振る。
「合ってる。元は爺さんの船で一度看板下げてんだが、悪名が強すぎて誰も使わなかったんだ」
さかのぼる事半世紀。星系規模の大戦終結を終え、【星系自治軍 】と【宇宙同盟軍 】による治安の安定。【惑星間労働組合 】による復興と発展へ向かう時代――。
大規模な軍備再編の為に工場や企業の取り込みに多くの惑星国家がやっきになっていた頃。『自由商売』の名の元に対抗した者達の中に彼の祖父キャプテン・ライガの姿はあった。
中小企業や法人団体と結託し、「ヤクザか?」と言われる稀代の強面と「ヤクザだ!」と言われる強引な方法で半公営化に対抗。
【惑星間労働組合 】による【超広域惑星間物資循環航路 】踏破と共に始まった宇宙規模の安定航行時代の黎明期に小さく名を残すに至った男。それがキャプテン・ライガであり、彼が乗り回した船こそが【ヴィーナス号】である。
引退して老後を満喫している今でさえ、会うたびに新しい武勇伝を聞かされているのだ。その豪快っぷりは語るに尽きない。
まあ、突然「新しい叔父さんだぞ」とか言い出さないあたりは最低限の分別は持ってくれているのだが。
と言うか――。
「敬語忘れてるぞ」
「やっば」
慌てて口を押えるアリサに、吹き出しながらレオンは履歴書に採用の二文字を添えた。
「忘れない様に今度しっかり教えてやる」
「おっ、と言う事は?」
「採用」
「イェイ!」
「はしゃぐな迷惑だ」
立ち上がったアリサの頭を掴んみ、椅子へと引き戻す。
説教でも始めようかというところで、通信端末 に着信が入り、レオンはスクリーンを展開した。相手を確認し、とりあえずため息をつく。
「会社?」
覗き込もうとするアリサにレオンは首を横に振る。
「国だ」
「はい?」
間の抜けた声を上げるアリサを尻目に、レオンはデバイスを操作し、通話を始める。
スクリーンいっぱいにエリシア・アイギース・レオーネの笑顔が現れた。
『デート中だったかしら?』
「仕事中です。今度は何ですか?またチェリシアですか?チェリシアなんですね。もう何か分かります」
ため息をつくレオンに、エリシアが困った顔で手を合わせる。
『たびたび申し訳ありません。よかったら今度焼きたてのパイをお持ちします』
「貴女まで抜け出して来ないでください。俺を口実にして」
『だってだってでーす』
子供のような――下手すれば娘より幼い仕草のエリシアにレオンも呆れざるを得ない。
「歳を考えてください。そんなだから娘まで奔放に育つんです」
『多少奔放なくらいがいいんです。頼りになる殿方がついてますしね』
「俺を何だと思ってるんですか」
呆気にとられているアリサを前に、レオンは通話を終えて立ち上がり尋ねる。
「今日暇か?」
「暇だけど」
ならばとその手を掴み、レオンは言った。
「付き合え。お得意様に紹介してやる」
「……はい?」
訳が分からずに首を傾げるアリサを促し、レオンはさっさと食えと促す。
「出されたものは残すなって船内規則にもあるからな。アレルギーと好き嫌いは事前に言っとけ」
「りょーかいれふ」
「食いながら喋んな。ちゃんと噛め。あとフルーツドリンク飲んどけ。疲れるぞ」
早々と食べ終えて勘定を済ませ、止めておいたスクーターに跨る。
「傷つけんなよ。母ちゃんに殴られる」
「ハイハイ気を付けます」
「ハイは一回でいい」
父親の様な事を言いながら、後部にアリサをのせ、レオンはスクーターを発進させた。
世間一般の労働者達の例にもれず、キャプテン・レオンの一日も規則正しく起床は速い。
性質上定休日というものを持たない【ヴィーナス号】の面々であるが、月休六日は船内規則で保証されており、本日は最低限の人数を残して休暇を楽しんでいる。
とはいえ、経営者であるレオンにとって休日は稀である。
その日も朝から黒スーツへと着替え、母のスクーターを借りて家を出た。
住宅街を抜ける事およそ十数分。惑星【輝葉】の第三宇宙港に程近い町【
小さく落ち着いた店の中、まだ着慣れぬスーツに首元をかきながら、すっかり冷めてしまったコーヒーを味わう。
かれこれ三十分以上コーヒー一杯で座り続け、さすがに何か頼もうかと考え始めた頃。運ばれてきた料理を見てレオンは顔を上げた。
ほんのりと湯気を纏った温野菜のサラダ。
農薬・科学肥料・ナノマシン・レーザー除虫・放射能成長・局所惑星改造もろもろ無し!――と豪語する店主のこだわりの自家栽培野菜を使用した逸品であり、来店した時にレオンが頼む定番である。
注文したわけではないが、常連客へのサービスとばかりに運んできた店主に笑顔を返し、レオンはその皿を受け取った。
金欠とでもとられただろうか?
次に来たときは何か高いものを頼もうと決め、その手にフォークを握る。
じっくりと味わってやりたいところだが、今は人を待つ身である。
早々に片付けようと口を開くが、待ち合わせの相手が現れたのは、まさにその直後の事であった。
間の悪さにため息をつきながらもフォークを降ろし、緊張した表情の少女をレオンは正面の席へと招いた。
顔を合わすのは初めてであるが互いに顔は知っている。相手は求人情報でレオンは手元の履歴書で。
テーブルのサラダを見る目に、レオンは好きなものを頼めと促し、相手の少女は元気な声で言った。
「カツカレー大盛」
「無えよ」
キレのいいツッコミと共に、その日の彼の仕事は幕を開けた。
慌ただしい初航海より一ヶ月。
正式に【解決ギルド】へ加入して半月。受けた仕事の回数……僅かに三度。
【便利屋】の名に恥じず、惑星間輸送、工事の手伝い、民間港の覆面調査員と、その内容はバラエティに富んだ。
比較的簡単な仕事を選んだつもりではあったが、困る事も多く、さらに中型宇宙船を二十人程度で動かすのも難しいと感じた為、急遽人材募集を行うに至ったのだ。
軽食がてら他愛も無い会話を挟み、キャプテン・レオンは改めて目の前の少女を見た。
名前は
顔立ちは整っており、発育を含めて大人びている。――が、言動や仕草には幼さが残っており、女子高生程ではないかと推測して履歴書の生年月日欄に小さく(?)をつけた。
よく見れば迷って書き直した形跡があり、逆に名前や自己アピールは見事な一発書きで書かれている。
このご時世に用紙媒体での履歴書というのも珍しいが、字は人を表すという格言に従ってレオンはこの方式を採用している。
「とりあえず確認したいんだが。ミス」
「アリサって呼んでください」
「わかった。アリサは本気でうちに就職したいんだよな?」
「はい」
元気よく頷くアリサに、レオンは手に持った履歴書を見せた。
「一部空白なんだが?」
「乙女の秘密です」
口元に生クリームをつけながらアリサが微笑む。
「……そうか」
あっけんからんと言うアリサに、レオンは小さく頷いた。
まあ、嘘を付かれるよりはいいと考えることにする。
あからさまに不審な記述は無く、スリーサイズも盛っているようには見えない。
「資格以外に経験とかあるか?」
「カジノでディーラーやったことあります。あとバニーも」
「他には?」
「んー、運び屋に用心棒。あと鉄砲玉」
「最後のは聞かなかったことにしてやる」
若干重くなった胃に暖かい野菜を流し込み、面接を続ける。
「うちがどんな会社かは分かってるよな?」
「解決ギルド所属の惑星間商業船ですよね。宇宙をさすらう何でも屋。金塊から死体まで運んで時には軍隊とも一戦交える!――みたいな?」
「そんな映画みたいなもんじゃねえよ」
一時期は自分も夢見た儚い幻想にため息をつき、スクリーンを起動して企業案内ページを映す。
「ギルドに登録したとはいえ、ウチはまだ新興だ。コネもパトロンもねえから、回ってくるのはギルド経由の安い斡旋が中心。まあ、それでも人手不足だからこうして求人出したんだけどな」
「ふーん」
「思ってたのと違うか?」
「えへへ」
誤魔化す様に笑うアリサに、レオンは尋ねた。
「そもそも何でウチに入ろうと思った?」
「名前」
「ん?」
「【ヴィーナス号】ってシンプルな名前だったから」
シンプルかつ言葉足らずな答えに頭を抱えながらも、観察するようにその顔を眺め、レオンは続きを求めた。
「補足」
「ほえ?」
「説明。分かる様に文章を作ってみろ」
「え?あーはいはい。……ゴホン」
しばし頭に手を当て、情報を整理し、咳払いと共に言葉を紡ぐ。
「船舶名って基本かぶらない様に調整されるものでしょ?○○のヴィーナス号とか第〇〇ヴィーナス号とか。それでシンプルでいい名前だから、歴史あるすごい船なのかなーって。……違った?」
いいや。とレオンは首を横に振る。
「合ってる。元は爺さんの船で一度看板下げてんだが、悪名が強すぎて誰も使わなかったんだ」
さかのぼる事半世紀。星系規模の大戦終結を終え、【
大規模な軍備再編の為に工場や企業の取り込みに多くの惑星国家がやっきになっていた頃。『自由商売』の名の元に対抗した者達の中に彼の祖父キャプテン・ライガの姿はあった。
中小企業や法人団体と結託し、「ヤクザか?」と言われる稀代の強面と「ヤクザだ!」と言われる強引な方法で半公営化に対抗。
【
引退して老後を満喫している今でさえ、会うたびに新しい武勇伝を聞かされているのだ。その豪快っぷりは語るに尽きない。
まあ、突然「新しい叔父さんだぞ」とか言い出さないあたりは最低限の分別は持ってくれているのだが。
と言うか――。
「敬語忘れてるぞ」
「やっば」
慌てて口を押えるアリサに、吹き出しながらレオンは履歴書に採用の二文字を添えた。
「忘れない様に今度しっかり教えてやる」
「おっ、と言う事は?」
「採用」
「イェイ!」
「はしゃぐな迷惑だ」
立ち上がったアリサの頭を掴んみ、椅子へと引き戻す。
説教でも始めようかというところで、
「会社?」
覗き込もうとするアリサにレオンは首を横に振る。
「国だ」
「はい?」
間の抜けた声を上げるアリサを尻目に、レオンはデバイスを操作し、通話を始める。
スクリーンいっぱいにエリシア・アイギース・レオーネの笑顔が現れた。
『デート中だったかしら?』
「仕事中です。今度は何ですか?またチェリシアですか?チェリシアなんですね。もう何か分かります」
ため息をつくレオンに、エリシアが困った顔で手を合わせる。
『たびたび申し訳ありません。よかったら今度焼きたてのパイをお持ちします』
「貴女まで抜け出して来ないでください。俺を口実にして」
『だってだってでーす』
子供のような――下手すれば娘より幼い仕草のエリシアにレオンも呆れざるを得ない。
「歳を考えてください。そんなだから娘まで奔放に育つんです」
『多少奔放なくらいがいいんです。頼りになる殿方がついてますしね』
「俺を何だと思ってるんですか」
呆気にとられているアリサを前に、レオンは通話を終えて立ち上がり尋ねる。
「今日暇か?」
「暇だけど」
ならばとその手を掴み、レオンは言った。
「付き合え。お得意様に紹介してやる」
「……はい?」
訳が分からずに首を傾げるアリサを促し、レオンはさっさと食えと促す。
「出されたものは残すなって船内規則にもあるからな。アレルギーと好き嫌いは事前に言っとけ」
「りょーかいれふ」
「食いながら喋んな。ちゃんと噛め。あとフルーツドリンク飲んどけ。疲れるぞ」
早々と食べ終えて勘定を済ませ、止めておいたスクーターに跨る。
「傷つけんなよ。母ちゃんに殴られる」
「ハイハイ気を付けます」
「ハイは一回でいい」
父親の様な事を言いながら、後部にアリサをのせ、レオンはスクーターを発進させた。