幕間 ヴィーナス号業務記録

文字数 5,498文字

ヴィーナス号業務記録。
NO-001_記録者_レオン。

船長としてこの船の事を記録するにあたり、最初のページが初仕事の達成であることをうれしく思う。
単純な物資輸送とはいえ、めでたいことに変わりはない。
頑張ってくれた乗組員たちを労うと共に、共にこの成功を祝いたい。のだが、しかし……しかしだ!
この成功の裏で起きた不手際を俺は忘れるわけには行けない。


遡る事十二時間前――。
長引いてしまった搬入作業を終えた【ヴィーナス号】は、遅れた時間を取り戻す為、真っ直ぐ目的地へと向かっていた。
その異変に最初に気付いたのは航宙士のスロー・コンパスだった。
漂ってきた甘い香りに思わず鼻をひくつかせ、ゆっくりとクシャミをもよおす。
「苦手っすか?」
気遣うような声に振り向くと、じょうろ片手に水やりをするマイル・ホイルズの姿があった。
自動運転で空いた手を使い、艦橋庭園の手入れに精を出しているところだ。
艦橋庭園とはその名の通り艦橋(ブリッジ)内の開いた空間を利用した園芸のことである。
旧暦より船乗り達に親しまれていた風習のひとつであり、閉鎖された船内に土と水を循環させることで気の流れを生み出し、船の安全を守るとされている。
食物の栽培や精神安定などの意味もあり、【ヴィーナス号】でもキャプテン・ライガの時代から行われている。もっとも今はプランターが二つと味気無いものではあるが。
鼻水をすすりながら大丈夫と答え、宙土竜種(ダーク)特有の黒一色の眼で宙域図を覗き込む。
不自然な――と言うには不確かな予感に、口元を撫でて考えこんでいると、気付いたレオンが声をかけた。
「どうした?色っぽい動きして」
「セクハラだー」
茶化すようなミーの声を無視し、宙域図を覗き込む。
「変か?」
「ぐーにゃーりー」
「ぐにゃ?」
「グニャ?」
そろって首を傾げるレオンとミーに、つられるように他の乗組員も首を傾げてしまう。
「何してるの?」
ちょうどブリッジに入ってきたシンがこれまた首を傾げる。
「おう、ちょっと宙域図みてみろ」
「うん?別に何ともないようだけど?」
だそうだがとスローを見るが、目を細めながら口元を撫でている。
「ミー。レーダーは?」
「異常なーし」
「ふむ」
知り得る限りスローはつまらない冗談を言うタイプではない。と言うか、冗談など挟まれたら会話が成り立たない。
ならばスローにのみ見える何かがあるのだろうと考え、思考を巡らせる。
自分達とスローの違い――。
深い単色の眼と目が合う。
宙土竜種(ダーク)特有の黒一色の眼。
色彩や照度の把握こそ苦手だが、電磁場や量子波を視認する事が可能。また発達した嗅覚や聴覚と組み合わせることで、高い感知能力を得ている。
「……ディスプレイ表面の量子」
羊のような素朴な顔を眺める。
「んー?」
「紫が似合うな」
隅に置かれていたプランターを担ぎ上げ、宙域図の下へと降ろす。
さらに淡い青紫色の花を一輪摘み取り、スローの柔らかな髪へと添えた。
「どうだ?」
「もーどったー」
スローが微笑み、周りから小さな歓声が上がる。
しかし対照的に顔を曇らせるレオンに、シンが尋ねた。
「原因は?」
金炭(ゴール)だ」
「積荷の?」
つい数時間前に搬入したコンテナの山を思い出す。
金炭(ゴール)とは鉱物状の化石燃料である。
旧暦時代から船舶など大型動力炉の燃料として使用され、一時期は資源惑星における炭掘戦争(ゴールラッシュ)が盛んに行われていたが、低コストな人工燃料の普及により現在は衰退傾向にある。
出回るのはもっぱら惑星改造で出土した土砂に含まれていたものばかりであり、依頼主も建設関連の会社だ。
書類手続きが思いの他長引き、確認もそこそこに倉庫へ運び入れたのが数時間前の事になる。
「雑な梱包だとは思ってたが、量磁力を持った鉱物が混じってやがるな」
「それで花?」
「緩和してくれんだと。民間療法も馬鹿に出来ねえもんだ」
「花壇広げないとね」
量子に対して引力または斥力を発する鉱物は珍しくない。とは言っても量子投影や演算機に影響するほどの物などそうは無い。
――それが、偶然?
「原因は分かったけど、すぐに探す?」
「勝手に開けるわけにもいかねえよ。倉庫を一時的に隔壁封鎖する。ノイズ程度の影響しかないだろうが、各自システムチェック」
手を叩いて促し、自らも端末のチェックを行う。
「想定外だね。ギルド経由だっけ?」
「加盟一発目は紹介してもらうのが慣わしだ。……ああ、そういう事か」
事態の大筋に思い至り、レオンは深くため息をついた。遅れてシンも理解する。
「試されたわけか」
「事務処理でもたついたのも仕込みだな。たちの悪い」
便利ギルド加盟企業十訓。
いかなる仕事も油断せず、不測の事態に備えよ。
――身をもって知れとでも言いたいのか?
「勉強になったね」
「ああ。手厳しい事だ」
額に手を当てて苦笑し、ふと思い返し顔を上げる。
「いや待て。受入の時に念入りにスキャンしとけって言ったよな?」
レオンの視線に、顔を逸らして気付かぬふりを決め込むも、頭を掴まれてミーは引き戻された。
「言ったよな?」
「言われたよーな気がする」
「言ったんだよ。バックログ読んでこい」
説教が始まるかと思われたところを、スローの穏やかな声が遮った。
「きゃーぷーてーん」
「どうした?」
「おーとぱいろっとーのー、位置じょうほーうがー」
「……バグってた?」
タラリ冷や汗を垂らすレオンに、スローはゆっくりと頷いた。
見れば操縦桿を握るマイルが青ざめた顔をして泣き出している。
「目的地どっちだ?」
「あっちー」
スローは船の後部を指差した。
直ちに急旋回した【ヴィーナス号】が目的地にたどり着いたのは期限ギリギリの事である。にもかかわらず、待っていた加工業者の人間が妙にニヤニヤしていたのは気のせいではないだろう。


かくして【ヴィーナス号】の初仕事は想定の倍近い時間がかかってしまった。
悪意があると言えなくもないが、勉強料として受け取って置く。これも先人達の優しさなんだろう。
この教訓を持って初仕事の総括とする。以上。


ヴィーナス号業務記録。
NO-002_記録者_レオン。

さて、二つ目の記録をつけよう。
次なる仕事は衛星軌道上のステーション工事の手伝いだ。
部品を運び、その場で組み立て、取り付ける。
複雑だが時間は余裕を持たせてもらったし、進捗もリアルタイムで監視してもらっている。
手順通りこなせば難なく出来る。――はずだった。


マイル・ホイルズは生まれながらの船乗りである。
生後半年で父のクルーザーの助手席に座り、壊れたナビに代わって目的地を指差したほどだ。
艦橋庭園も積極的に手入れを行っており、育成日記も付けている。
頭の回転が早いタイプではないが、いざとなれば感覚派(センシズ)特有の直観力を働かせる――こともある。
要努力、要成長、要期待。というのがレオンの評価である。
そんなマイルは現在操縦席を離れ、外部送電の為のケーブル番を任されていた。
『安定してないね』
「タコ足しすぎなんすよ」
シンからの通信にため息混じりに応える。
現状、送電区外ながら設置済みの送電網を使えるだけ間借りし、足りない部分は【スペクター】を置いて発電機代わりに使用している。
四つん這いで臀部と下腹部に配線をつなぎ、発行帯で周囲を照らす姿は哀愁すら感じさせた。
この機体、旧型ながらも出力だけは一丁前に船舶レベルを誇っており、【ヴィーナス号】を省エネ航行させるだけの動力を持ち、軍用の大型兵装すら扱う事ができる。
もっともそれはカタログスペック上の話であり、エンジンの負荷や供給回路が特殊な事もあって、普段はリミッターがかけられている。
何より高出力兵装(ぜいたくひん)を買うだけの予算などない。
漆黒の巨人は今日も【ヴィーナス号】の備品のひとつとして業務の支えとなっている。
一方で、もう一つの巨人もまた業務に勤しんでいた。
固定用のワイヤーを剥がし、コンテナに固定されていた外壁用タイルを抱え、【ゴーレム】が立ち上がる。
前回使用した装甲は無く、今は最低限の推進機を付けたのみだ。
一回りほどスマートにはなっているが、頑強で逞しい四肢はいずれも
太ましく、着ぐるみのような印象を受ける。
テイル・インダストリ社製の重作業用大型コネクタ【トロル】の合法改造(マイナーチェンジ)である【ゴーレム】は、巨体に違わぬパワーでタイルを船外へと運び出した。
巨体に似合わぬ精密な作業で予定よりも早く外壁を張り終え、続いて動力炉のある深部へとシャフトを下る。
舞い降りた【ゴーレム】を、待っていた船員が手を振って出迎える。
『これ頼んます』
「まかせて」
機体越しにシンが頷き、大型のリアクターを抱え上げる。
動力炉内部は超低温で固定され、侵入と同時に機体を覆う表皮が変色した。
節約の為に空調は最低限のみにしているが、砂土民(サンドタイプ)特有の耐久力で我慢する。
中央へとゆっくり降り立ち、ふと首を傾げる。
――このパーツ、部屋のどこに置くのだっただろうか?
誰に確認するべきか?
レオンならば全工程に目を通しているだろうが、生憎と席をはずしている。
誰か情報に通じている者はいないかと考え、通信士のミーへ思い至る。
「ミーいる?」
『どしたの?』
「サブリアクター何処に置くんだっけ」
あるいはリアクター側面に書かれたシリアルナンバーを伝えておけば結果は変わっていたかもしれない。
ミーにしても進捗確認画面で確認する方法はいくらでもあった。
しかし双方とも確認作業を怠り、複数あるリアクターを指定の箇所に置かねばならないという事を失念していた。
気付いたのは血相を変えたレオンが戻ってきた頃である。
進捗確認を監視していた担当者から連絡を受けたレオンは、すみやかに作業を停止させ集合させた。
「席外した俺も悪いが、マニュアルは共有させたはずだ」
「あっ、これ担当分以外も見れるんだ」
緊張感の無い声に、おもわず肩を落とす。
「分かんなくても聞けばいいだろう」
「見方よくわかんない」
「私はーわかるー」
「ほらスローに聞けよ。遅くても間違うよりよっぽどましだろ?」
しかし不満気にミーは食い下がる。
「動けばいいじゃん」
「うーごーかないー」
「……え?」
のどかな声に、顔を引きつらせながら一斉に振り向く。
「パーツのぉー付け忘れー」
端末から進捗を確認し、見えるように拡大して表示する。
「……誰の担当だ?」
「ナット」
「俺はマイルに確認したぞ」
「俺はミーさんに調べてもらったっす」
視線がミーへと向かう。
「んー?あー、うーん。見間違い?」
総掛かりで確認作業を行い、さらに複数の間違いが発覚した。
工程を終了したのは期限ギリギリであり、帰港と同時に乗員全員が早退届を提出。倒れるように就寝する事態となった。


連携って大事だと思う。
今日の事で俺は痛感した。よって誰かを責める事もしない。
以上記録終わり。判子押して寝るわ。


ヴィーナス号業務記録。
NO-003_記録者_レオン。

はや三つ目の仕事だ。
宇宙港の覆面調査員。
普通に客として入り、スタッフの態度や余計な追加料金を請求されないか確認すればいい。
簡単な仕事。――のはずだった。
ああ、もう、書くの面倒くせえから三行でまとめる。
ミーが不当請求と不正雇用の証拠をハッキングして拾ってきた。
拡散した。
大捕り物。
――以上。


帰港を終え、帰宅準備が始まる【ヴィーナス号】の中。
腕を組み、ため息混じりにレオンは尋ねた。
「言いたい事はあるか三タコ」
船長室の隣に設けられた説教部屋(トークルーム)にて、ミー・コ・フィシーは不満気に漏らした。
「表彰された」
「ついでに説教と訓告もな。刑事が親父の知り合いで助かった。反省しているか?」
「ハンセイシテマース」
と口では言いつつ、多眼種(ピープ)特有のよく動く目はせわしなく回転し、二つの瞳を交互に入れ替えて実に落ち着きがない。
「不満があるなら言ってみろ」
「別に」
顔を逸らし、子供の様に不機嫌さをあらわにする。
パワハラ覚悟でデコピンでも入れてやろうかと考え、しかしレオンは理性でそれを制した。
「まあ、俺が誘ったんだから辞めろとは言わねえよ。だが働きに来たんなら最低限ルールは守ってくれ」
しばし睨み合い、先に折れたのはミーだった。
「……うん」
しっかりと目を合わせて応えたのに満足し、レオンはミーを解放した。
ミーが出たのを確認し、入れ替わる様に胃薬を持ったシンがドアを開けて現れた。
「さて、どうする?」
「どうもこうもねえよまったく」
受け取った胃薬を流し込み、深呼吸とともに決心してシンに向き直る。
「新しく誰か雇う」
「僕もそれが良いと思う」
「とにかく現場とのつなぎが欲しい。最終的には俺の代わりに監督役になってもらう」
思い立ったが何とやら。
さっそく求人ギルドに掲載の申し込みを申請する。
「この船をまとめるとなると、相当な人材が必要だよ?」
「時間との相談だな。見所があるなら育ててみるのもありだ」
後に思い返してもその判断に間違いは無かったとレオンは思う。
ひとつ誤算があったとすれば、問題児をまとめられるのは結局のところ問題児しかいなかったという事だ。
――以上、幕間である。
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