あっという間の初戦闘
文字数 4,657文字
どうしても慣れない感覚に顔を曇らせながら、レオンは黒いマウスピースを噛み込んだ。
感覚が接ぎたされ、神経が引き伸ばされ、思考が調律され、情報が脳へと叩きこまれる。
無事に【スペクター】との接続が完了したことを確認し、大きく息を吐いた。
【スペクター】を含む人型重機・兵器は脳波制御による操縦が大半である。サポートAIを介し脳と接続する事で、身体能力や反応速度に影響を受けず、容易に操縦が可能なのだ。
抵抗を感じる者もいるが、現在において【全種族共用端末(フリー・コネクタ)】は多くの分野で使用されている。
起動確認を終えたレオンのもとに、ミーから通信が入った。
『距離二百切った。そろそろ射程』
「正面にシールド最大展開用意。――張れ」
正面の船がビームを放ったのとほぼ同時であり、それは半分偶然である。
レオンは安全策として射程に入って即座に展開を命令し、相手は待ちきれずに引き金を引いた。その偶然は、結果的にレオンが読み勝ったという印象を相手に与えた。
『滅茶苦茶撃ってきた!』
「ロクに狙ってねえ、突っ込め。それから星系軍に通報。向こうに聞こえるように」
『アイ、サー』
ミーの了解の直後、マイルの悲鳴が響いた。
『掠るっす。みんな祈って』
惑星航行艦同士による交錯は、まさに一瞬の出来事である。
互いに音速を超えた速度で航行する艦影は、並の種族では視界に捉えるに至らず、レーダーの光点でのみソレが起こったことを確認出来た。
『やったっす!』
『……やっちまったぜ』
マイルの歓声をかき消す様に、頭を抑えるナットの姿が別のスクリーンに現れた。
「報告しろ」
『一番エンジントラブル。負荷かけ過ぎた』
「二・三番と予備動力でもたせられるか?」
『やってみる』
返事と同時にスクリーンが消え、入れ替わる様にミーの慌て顔が現れた。
『向こうから機体発進した!改造型の【作業用(ハンディ)】に、【戦闘用(ウォーリア)】。【戦闘機(アキィラ)】も一機』
「俺とシンで抑える。お前らは進む事だけ考えろ」
『分かった。……あっ向こうから通信。『エンジン止めてドア開けろ』って。返信は?』
「馬鹿め!――は失礼だな。『お・バ・カ・さん』だ。大きく見やすい字で」
『りょーかい』
楽しそうに笑いながらミーの姿が消え、再度入れ替わるように今度は神妙な顔のシンが現れる。
「聞いた通りだ」
『意外と少ないね』
「舐められてんだろ。手札切られる前に降りるぞ」
『了解。【ウォーリア】はどうにかするよ』
「【アキィラ】はこっちでやる。【ハンディ】なら船のシールドでしばらく耐えられるだろう」
そこへ再びミーが顔を出す。
『ねえキャプテン』
「どうした?」
『発進シークエンスやっていい?』
何とも緊張感の無い声にため息が漏れる。
「……好きにしろ」
『発進スタンバイ』
『こちらシン、発進準備完了』
「お前までのるんじゃねぇ!」
『発進どうぞ』
ミーの声に合わせて【ゴーレム】は射出態勢をとった。
前回と異なり、腕部に加えて胸部・肩部・脚部にもそれぞれ青胴色の装甲が施され、さながら装甲兵あるいは重戦士と言うべき姿となっている。
『【ゴーレム】出る』
気合いのこもった声と共に、【ヴィーナス号】背部ゲートから【ゴーレム】は射出された。
収容スペースの問題で仰向けに射出された【ゴーレム】は、射出の勢いのまま回転し、敵機を視界に捉えた。
『行くぞ!』
気合いと共に加速し、並んで飛ぶ二体の【ウォーリア】へと迫る。
その姿を捉えた一機が装備したライフルからビームを放つが、【ゴーレム】正面に展開された不可視のシールドによって阻まれる。
ならばと今度は僚機が大型のミサイルを撃ち出し、回避の隙を与えず【ゴーレム】を捉える。着弾と同時に少量の黒煙と強烈な発光が視界とモニターをふさいだ。
着弾した安堵を味わう間も無く、その光を突き破り七百口径の砲弾となった【ゴーレム】が【ウォーリア】を弾き飛ばした。
ダメージそのものはは自動展開されたシールドによって防がれるも、衝撃によって機体は一時制御不能に陥る。その僅かの間に、シンは【ゴーレム】を反転させ、その間合いへと入った。
『青龍脚ゥ!』
二倍近い質量に踏み抜かれた【ウォーリア】が、脚部フレームごとその半身を無残に変形させて弾き飛ぶ。
安全機構 によって切り離された下半身が間を置かず四散し、操縦席を含む上半身が吹き飛ばされたように離脱した。
剥がれた装甲の破片が八方へ流れ、僚機の装甲を叩く。
衝撃自体は皆無であったが、乗っているパイロットはその破壊力に恐怖し、動きを鈍らせた。それがいけなかった。
『機人・蒼鋼拳ッ!』
自機の腹部程の太さはある拳がシールドを砕き、構えた両腕ごと頭部を打ち貫かれた【ウォーリア】は、回転しながら姿を消した。
――死んだだろうか?
操縦席に直撃こそさせなかったが、些細な事故で死に至るのが宇宙の常だ。とは言え、今それを考える余裕は無い。
手を合わせるのは後にしよう。そう思い、シンは【ヴィーナス号】へと機体を向けた。
一方で、立て続けに現れた『ENEMYLOST』という文字に安堵しつつ、レオンは正面に捉えた【アキィラ】へと【スペクター】を駆った。
漆黒の被膜の上に艶のある黒の装甲を重ね、骨格のように伸びる白い発光帯に彩られた姿はまさに【幽鬼(スペクター)】を思わせる。
そんな不気味な姿と仲間が次々に落とされた事態に動揺したのか、【アキィラ】の動きは精彩を欠き、硬くなっていた。
脳波制御型の【人型機体(コネクタ)】と違い、純粋な戦闘機の【アキィラ】だが、人が操縦する以上は精神面に影響を受けてしまうものだ。そしてレオンにその隙を見逃す理由は無い。
【スペクター】の右手に掴んでいるライフルを構え、安全装置を解除する。小さな深呼吸と同時にレオンは引き金を引いた。
放たれた光弾が【アキィラ】へと迫る。が、寸前で【アキィラ】は機体を大きく旋回させてその進路をずらした。
「かわすのかよ!」
空気を読まない敵機に舌打ちし、慌てて銃口の向きを変える。
今度はレオンが焦る番だ。
一方で動揺を押し殺したのか動きの良くなった【アキィラ】が弾幕を掻い潜り、複数のミサイルを放つ。
警告音と同時に急加速をかけ、レオンは回避運動を取った。
最初の一発は大きく外れて近くのデブリに当たり爆発する。しかし続くに二発目・三発目をかわしきれず、自動展開されたシールドが身代わりとなる。
当然ながら回避に意識を向ける間は弾幕を張る余裕など無い。
堪えきれず消滅したシールドを越え、四発目のミサイルが【スペクター】を襲った。
咄嗟に突き出した右腕が、レオンの座る胸部との間に割り込み、直撃からレオンを守った。右腕部の装甲が剥がれ、表皮が露出する。
衝撃を殺しきれず、背後の小惑星へ流される中、脚部装甲を強制排除し、表皮を膨張させて衝撃を吸収させながら小惑星に足をつけた。
バランスを崩しながら立つ【スペクター】に、とどめを刺そうと【アキィラ】が迫る。後部のバックパックが展開し、先程放たれたミサイルより一回り大きい弾頭が姿をのぞかせた。
しかし今度は逃げずにレオンは【スペクター】の左腕を前へと突き出した。
左腕に赤橙色の発光帯が灯り、腕を覆う様に現れた光がリング状に広がる。
「俺も叫んでみるか」
右手を前に出し、空手の正拳の様に左腕部引き絞る。左腕部周辺を覆っていた光が収束し、拳に光が集中したのと同時に【スペクター】は跳んだ。
驚いた【アキィラ】のパイロットが慌ててミサイルを撃ちだす。
狙いなどつけずに放たれたミサイルは悪足掻きにもかかわらず正確に【スペクター】へと進む。だが、そんな不運を打ち砕くべくレオンは叫んだ。
「サープラス・ナックル!――でいいか」
噴き出した光とエネルギーが【スペクター】の半身を包み、光の矢となってミサイルに衝突した。
一瞬曇った視界から飛び出した光の矢が【アキィラ】の右翼を貫いたのは一瞬の事だった。
『おぼえてろー』
使い古された捨て台詞を残し、らせん状に旋回しながら【アクイラ】は宙域から離脱した。
「割に合わねえな」
すっかり身軽になった機体を見てレオンは頭を抱えた。しかし、そんな感傷に浸る間もなく、【ヴィーナス号】から通信が入る。
『キャプテンまずい。無理にバイパス入れ替えたらショートした』
「ナットくーん」
『慎重にやったんだよ!この太い指で!』
「分かってるからプランS準備急げ」
飛び散った装甲をワイヤーで拾い集めながら、指示を出す。ちなみにナット君は四十五歳の子持ちである。
『電気が非常灯になったんだけど!』
『エネルギー三十パーセントしか出てねえけど大丈夫か?』
『撃てない』
『どぉーするのー?』
雪崩れ込んでくる来る悲鳴に、思わず「煩せえ!」と怒鳴ってしまい、慌てて口をに手を当てる。
「よーし全員落ち着け。スロー、ボルドアまでの距離は?」
『あとぉ十一万とーちょっとー』
「分かった。俺が何とかする」
拾い集めた装甲を背負いあげ、悪人面の黒サンタのような機体を甲板へと降りたたせた。
「ナット!【外部大型操舵輪(サード・ラダー)】起動。十三番バイパス用意」
『あいよっと』
機体足元の甲板が左右に割れ、中から巨大な舵輪が現れた。
大昔の帆船を思わせる舵輪を【スペクター】が巨大な両手で掴むのと同時に、今度は機体背後からせり上がったアームが機体の腰部を固定する。
『ケツに入れるぞ』
『何を!?』
「黙ってろ」
機体臀部補給口が解放され、ロボットアームから突き出したバイパスが挿入される。
展開したコンソールを高速で叩き、最後に回転レバーを回してレオンは「どうだ?」とナットに確認する。
『もうちょい』
「リミッター四番まで解除。出力七十七、七十八、七十九……八十」
『出力戻った』
『嘘ぉ!』
驚くミーを他所に、【ヴィーナス号】は加速を再開した。
「ナット!」
『出力安定――とはいかないが、十分持ちそうだ』
「シン!」
『邪魔者 は追っ払ったよ』
「デミ!弾幕で攪乱」
『よっしゃ!』
「マイル」
『一気に突っ切るっすよ』
武装艇が反転し再加速する間に【ヴィーナス号】は速度を上げて距離を離した。
武装艇団に異変が起きたのはその時である。
突如船艇のコントロールが聞かなくなり、モニターがブラックアウトしたのだ。
騒然とする艇内の各所モニターに『おバカさん』の文字がでかでかと現れ、混乱は最高潮に達した。
やがてあきらめたのか、その姿はレーダーから消え、それを確認したレオンは深くシートにもたれかかった。
『ひどい一日だね』
「まったくだ」
悲し気なシンの表情に、レオンは頷いて同意する。
「疲れるし出費もかさんじまった」
『これが日常になるんだね』
「なってたまるか!次はもっと早く逃げる。割に合わねえ」
思わず声を荒げると機体が音を立てて揺れた。無意識に動かしてしまったらしい。
慌てて機体との接続を切ると、ナットの顔が現れた。
『じたばたすんな危ねえだろ』
「おう悪い」
反射的に謝る。
『ところで行かなくていいの?お姫様待ってるよ』
「そうだな。行ってくるか」
ハッチを開けて飛び降りる。そこへ首元に太い腕が回された。
「いきなり開けんじゃねえ」
「すまん」
レオンは再度謝った。
感覚が接ぎたされ、神経が引き伸ばされ、思考が調律され、情報が脳へと叩きこまれる。
無事に【スペクター】との接続が完了したことを確認し、大きく息を吐いた。
【スペクター】を含む人型重機・兵器は脳波制御による操縦が大半である。サポートAIを介し脳と接続する事で、身体能力や反応速度に影響を受けず、容易に操縦が可能なのだ。
抵抗を感じる者もいるが、現在において【全種族共用端末(フリー・コネクタ)】は多くの分野で使用されている。
起動確認を終えたレオンのもとに、ミーから通信が入った。
『距離二百切った。そろそろ射程』
「正面にシールド最大展開用意。――張れ」
正面の船がビームを放ったのとほぼ同時であり、それは半分偶然である。
レオンは安全策として射程に入って即座に展開を命令し、相手は待ちきれずに引き金を引いた。その偶然は、結果的にレオンが読み勝ったという印象を相手に与えた。
『滅茶苦茶撃ってきた!』
「ロクに狙ってねえ、突っ込め。それから星系軍に通報。向こうに聞こえるように」
『アイ、サー』
ミーの了解の直後、マイルの悲鳴が響いた。
『掠るっす。みんな祈って』
惑星航行艦同士による交錯は、まさに一瞬の出来事である。
互いに音速を超えた速度で航行する艦影は、並の種族では視界に捉えるに至らず、レーダーの光点でのみソレが起こったことを確認出来た。
『やったっす!』
『……やっちまったぜ』
マイルの歓声をかき消す様に、頭を抑えるナットの姿が別のスクリーンに現れた。
「報告しろ」
『一番エンジントラブル。負荷かけ過ぎた』
「二・三番と予備動力でもたせられるか?」
『やってみる』
返事と同時にスクリーンが消え、入れ替わる様にミーの慌て顔が現れた。
『向こうから機体発進した!改造型の【作業用(ハンディ)】に、【戦闘用(ウォーリア)】。【戦闘機(アキィラ)】も一機』
「俺とシンで抑える。お前らは進む事だけ考えろ」
『分かった。……あっ向こうから通信。『エンジン止めてドア開けろ』って。返信は?』
「馬鹿め!――は失礼だな。『お・バ・カ・さん』だ。大きく見やすい字で」
『りょーかい』
楽しそうに笑いながらミーの姿が消え、再度入れ替わるように今度は神妙な顔のシンが現れる。
「聞いた通りだ」
『意外と少ないね』
「舐められてんだろ。手札切られる前に降りるぞ」
『了解。【ウォーリア】はどうにかするよ』
「【アキィラ】はこっちでやる。【ハンディ】なら船のシールドでしばらく耐えられるだろう」
そこへ再びミーが顔を出す。
『ねえキャプテン』
「どうした?」
『発進シークエンスやっていい?』
何とも緊張感の無い声にため息が漏れる。
「……好きにしろ」
『発進スタンバイ』
『こちらシン、発進準備完了』
「お前までのるんじゃねぇ!」
『発進どうぞ』
ミーの声に合わせて【ゴーレム】は射出態勢をとった。
前回と異なり、腕部に加えて胸部・肩部・脚部にもそれぞれ青胴色の装甲が施され、さながら装甲兵あるいは重戦士と言うべき姿となっている。
『【ゴーレム】出る』
気合いのこもった声と共に、【ヴィーナス号】背部ゲートから【ゴーレム】は射出された。
収容スペースの問題で仰向けに射出された【ゴーレム】は、射出の勢いのまま回転し、敵機を視界に捉えた。
『行くぞ!』
気合いと共に加速し、並んで飛ぶ二体の【ウォーリア】へと迫る。
その姿を捉えた一機が装備したライフルからビームを放つが、【ゴーレム】正面に展開された不可視のシールドによって阻まれる。
ならばと今度は僚機が大型のミサイルを撃ち出し、回避の隙を与えず【ゴーレム】を捉える。着弾と同時に少量の黒煙と強烈な発光が視界とモニターをふさいだ。
着弾した安堵を味わう間も無く、その光を突き破り七百口径の砲弾となった【ゴーレム】が【ウォーリア】を弾き飛ばした。
ダメージそのものはは自動展開されたシールドによって防がれるも、衝撃によって機体は一時制御不能に陥る。その僅かの間に、シンは【ゴーレム】を反転させ、その間合いへと入った。
『青龍脚ゥ!』
二倍近い質量に踏み抜かれた【ウォーリア】が、脚部フレームごとその半身を無残に変形させて弾き飛ぶ。
剥がれた装甲の破片が八方へ流れ、僚機の装甲を叩く。
衝撃自体は皆無であったが、乗っているパイロットはその破壊力に恐怖し、動きを鈍らせた。それがいけなかった。
『機人・蒼鋼拳ッ!』
自機の腹部程の太さはある拳がシールドを砕き、構えた両腕ごと頭部を打ち貫かれた【ウォーリア】は、回転しながら姿を消した。
――死んだだろうか?
操縦席に直撃こそさせなかったが、些細な事故で死に至るのが宇宙の常だ。とは言え、今それを考える余裕は無い。
手を合わせるのは後にしよう。そう思い、シンは【ヴィーナス号】へと機体を向けた。
一方で、立て続けに現れた『ENEMYLOST』という文字に安堵しつつ、レオンは正面に捉えた【アキィラ】へと【スペクター】を駆った。
漆黒の被膜の上に艶のある黒の装甲を重ね、骨格のように伸びる白い発光帯に彩られた姿はまさに【幽鬼(スペクター)】を思わせる。
そんな不気味な姿と仲間が次々に落とされた事態に動揺したのか、【アキィラ】の動きは精彩を欠き、硬くなっていた。
脳波制御型の【人型機体(コネクタ)】と違い、純粋な戦闘機の【アキィラ】だが、人が操縦する以上は精神面に影響を受けてしまうものだ。そしてレオンにその隙を見逃す理由は無い。
【スペクター】の右手に掴んでいるライフルを構え、安全装置を解除する。小さな深呼吸と同時にレオンは引き金を引いた。
放たれた光弾が【アキィラ】へと迫る。が、寸前で【アキィラ】は機体を大きく旋回させてその進路をずらした。
「かわすのかよ!」
空気を読まない敵機に舌打ちし、慌てて銃口の向きを変える。
今度はレオンが焦る番だ。
一方で動揺を押し殺したのか動きの良くなった【アキィラ】が弾幕を掻い潜り、複数のミサイルを放つ。
警告音と同時に急加速をかけ、レオンは回避運動を取った。
最初の一発は大きく外れて近くのデブリに当たり爆発する。しかし続くに二発目・三発目をかわしきれず、自動展開されたシールドが身代わりとなる。
当然ながら回避に意識を向ける間は弾幕を張る余裕など無い。
堪えきれず消滅したシールドを越え、四発目のミサイルが【スペクター】を襲った。
咄嗟に突き出した右腕が、レオンの座る胸部との間に割り込み、直撃からレオンを守った。右腕部の装甲が剥がれ、表皮が露出する。
衝撃を殺しきれず、背後の小惑星へ流される中、脚部装甲を強制排除し、表皮を膨張させて衝撃を吸収させながら小惑星に足をつけた。
バランスを崩しながら立つ【スペクター】に、とどめを刺そうと【アキィラ】が迫る。後部のバックパックが展開し、先程放たれたミサイルより一回り大きい弾頭が姿をのぞかせた。
しかし今度は逃げずにレオンは【スペクター】の左腕を前へと突き出した。
左腕に赤橙色の発光帯が灯り、腕を覆う様に現れた光がリング状に広がる。
「俺も叫んでみるか」
右手を前に出し、空手の正拳の様に左腕部引き絞る。左腕部周辺を覆っていた光が収束し、拳に光が集中したのと同時に【スペクター】は跳んだ。
驚いた【アキィラ】のパイロットが慌ててミサイルを撃ちだす。
狙いなどつけずに放たれたミサイルは悪足掻きにもかかわらず正確に【スペクター】へと進む。だが、そんな不運を打ち砕くべくレオンは叫んだ。
「サープラス・ナックル!――でいいか」
噴き出した光とエネルギーが【スペクター】の半身を包み、光の矢となってミサイルに衝突した。
一瞬曇った視界から飛び出した光の矢が【アキィラ】の右翼を貫いたのは一瞬の事だった。
『おぼえてろー』
使い古された捨て台詞を残し、らせん状に旋回しながら【アクイラ】は宙域から離脱した。
「割に合わねえな」
すっかり身軽になった機体を見てレオンは頭を抱えた。しかし、そんな感傷に浸る間もなく、【ヴィーナス号】から通信が入る。
『キャプテンまずい。無理にバイパス入れ替えたらショートした』
「ナットくーん」
『慎重にやったんだよ!この太い指で!』
「分かってるからプランS準備急げ」
飛び散った装甲をワイヤーで拾い集めながら、指示を出す。ちなみにナット君は四十五歳の子持ちである。
『電気が非常灯になったんだけど!』
『エネルギー三十パーセントしか出てねえけど大丈夫か?』
『撃てない』
『どぉーするのー?』
雪崩れ込んでくる来る悲鳴に、思わず「煩せえ!」と怒鳴ってしまい、慌てて口をに手を当てる。
「よーし全員落ち着け。スロー、ボルドアまでの距離は?」
『あとぉ十一万とーちょっとー』
「分かった。俺が何とかする」
拾い集めた装甲を背負いあげ、悪人面の黒サンタのような機体を甲板へと降りたたせた。
「ナット!【外部大型操舵輪(サード・ラダー)】起動。十三番バイパス用意」
『あいよっと』
機体足元の甲板が左右に割れ、中から巨大な舵輪が現れた。
大昔の帆船を思わせる舵輪を【スペクター】が巨大な両手で掴むのと同時に、今度は機体背後からせり上がったアームが機体の腰部を固定する。
『ケツに入れるぞ』
『何を!?』
「黙ってろ」
機体臀部補給口が解放され、ロボットアームから突き出したバイパスが挿入される。
展開したコンソールを高速で叩き、最後に回転レバーを回してレオンは「どうだ?」とナットに確認する。
『もうちょい』
「リミッター四番まで解除。出力七十七、七十八、七十九……八十」
『出力戻った』
『嘘ぉ!』
驚くミーを他所に、【ヴィーナス号】は加速を再開した。
「ナット!」
『出力安定――とはいかないが、十分持ちそうだ』
「シン!」
『
「デミ!弾幕で攪乱」
『よっしゃ!』
「マイル」
『一気に突っ切るっすよ』
武装艇が反転し再加速する間に【ヴィーナス号】は速度を上げて距離を離した。
武装艇団に異変が起きたのはその時である。
突如船艇のコントロールが聞かなくなり、モニターがブラックアウトしたのだ。
騒然とする艇内の各所モニターに『おバカさん』の文字がでかでかと現れ、混乱は最高潮に達した。
やがてあきらめたのか、その姿はレーダーから消え、それを確認したレオンは深くシートにもたれかかった。
『ひどい一日だね』
「まったくだ」
悲し気なシンの表情に、レオンは頷いて同意する。
「疲れるし出費もかさんじまった」
『これが日常になるんだね』
「なってたまるか!次はもっと早く逃げる。割に合わねえ」
思わず声を荒げると機体が音を立てて揺れた。無意識に動かしてしまったらしい。
慌てて機体との接続を切ると、ナットの顔が現れた。
『じたばたすんな危ねえだろ』
「おう悪い」
反射的に謝る。
『ところで行かなくていいの?お姫様待ってるよ』
「そうだな。行ってくるか」
ハッチを開けて飛び降りる。そこへ首元に太い腕が回された。
「いきなり開けんじゃねえ」
「すまん」
レオンは再度謝った。