お供いたします

文字数 4,725文字

【三葉町】は海に面した自然溢れる町である。
シンボルとして大型の総合ターミナルと宇宙港へと伸びる起動エレベーター。
大通りを中心とした商業区と、その外周を囲む居住区が扇状に広がっている。
そんな町の中心部から離れたのどかな公園の一角にその少女の姿はあった。
小高い丘に造られた公園のベンチに腰掛け、菓子を頬張る姿は年相応であるが、その服装や立ち振る舞いが自然と周囲の視線を惹きつける。
しかし、そんな事など気にもとめず、少女は近くの売り子を呼び止めた。
「白玉お代わりです。あと梅昆布茶も」
「まいどどうも」
エプロン姿の女性が笑顔で頷き、移動販売車へと向かう。
察してくださいと言わんばかりの輝きを放つ少女を相手に、気負わず対応しているあたり、結構な頻度でお忍びあそばせているのがわかる。
売り子の女性と違う様に、一組の男女が少女の前へと現れた。
「本日はお早いのですね」
嬉しそうにチェリシアアイギース・レオーネはレオンを迎えた。
「四年も繰り返せば予想もつきますから」
「日々の成長に感嘆の言葉を送らせていただきます」
運ばれてきた梅昆布茶をすすり上げ、ところでとアリサを見る。
「この女は何です?」
アリサを指をさし、すぐに無礼だと気付いてその手を下げる。
代わりにレオンがアリサへ掌を向けて紹介した。
「新入りの」
「アリサです」
手を振るアリサを一瞥し、レオンに向き直る。
「またわたくしに内緒で」
「いつから報告義務が発生したんですか」
つれない態度のレオンに、ならばと立ち上がってその場で一回転して見せる。
「今日の服どうです?似合っています?」
【黄眼】特有の遮光フード付きの外套がフワリと広がり、瞳孔を象った星章の金刺繍が顔をのぞかせる。
「目立つ格好はやめましょうって言いましたよね?」
「では目立たない服を選んでくださいな」
上目遣いでねだられ、困ったものだとため息をつく。
ああ言えばこう言うとはこのことか。
「今日は手持ちが少ないので」
「問題ありません。今日はカードを持ってまいりました」
チェリシアはバッグから一枚のカードを取り出して見せた。
その表面は宝石のように研き抜かれ、内部を結晶基盤と光量子回路が紋様のような絵柄を描いている。
一部の皇族・貴族・のみが持つことを許された最上位のステータスカードであり、【特権供与証明書(プリヴァリヂュカード)】と呼ばれるものである。
百を超える認証プロセスを1ミリ秒でこなす内蔵AIと、小型兵器程度ではキズひとつつかない強固な作りが好評の逸品だ。
陽光を受けてキラリと光るカードを慌てて掴み、レオンは隠す様にチェリシアのバックへと戻した。
「そんなもの街中でホイホイ見せないでください」
「そうでした」
冷や汗を流しながら言うレオンに、事も無げにチェリシアは頷く。
皇族としての器のデカさか、子供らしい危機感の無さか。――まあ、恐らく後者なのだろうなと思いながら、レオンはチェリシアの前に膝をついた。
「服でもバッグでも買ってあげますから、今日は買い物で潰しましょう」
「潰すなんて言わないでくださいな」
頬を膨らせるチェリシアに、言い過ぎたとレオンが頭を下げる。
「すみません。お詫びに最近見つけたいい店を紹介させてください」
「もちろん構いませんわ。でもまずは私を捕まえになってくださいな」
そう言ってチェリシアは風の様に走りだした。
「何て言うか、似てるね」
内心で同意する。
容姿以上に性格が似てきている。困った事に。
「そういうもんだろ」
「ふうん。船長も?」
「……たまに言われる」
不本意ながら、しかしそれで懇意にしてくれる人間がいたのも事実なので文句も言えない。
「早く来てくださいな!」
「はいただいま」
傍らのアリサの肩を叩いて追従を促す。
「言ったろ?疲れるって」
羽根の様に舞うドレスを追って二人は駆け出した。


平日という事もあり、【三葉町】の大通りはさほど混雑してはいなかった。
それでも買い物や仕事に励む男女様々な人種が今日も行きかっている。そんな中を仲良く連れ立って歩く三人はいた。
逃がさぬとばかりに腕を掴むチェリシアに引っ張られ、悪乗り半分で反対側の手を掴むアリサを引っ張りながら、レオンはブティックへと歩を進める。
始まったのはチェリシア主演によるファッションショーである。
「似合います?」
三重のフリルのついたワンピースを体に当てながらチェリシアが尋ねた。
クルリつま先ターンが終わらぬ間に、しかしレオンは首を横に振る。
「派手すぎます」
「少しは褒めてください」
そう言って、腰に手を当てながら頬を膨らます。
ちなみにレオンも何着か選んだのだが、ことごとく却下されてレオンの腕の中にある。
「似合うのは認めます」
「ですよね!」
右拳を握り、渾身のガッツポーズ。
とたんに恥ずかしくなり、別の服を探しに奥へ向かう。その身体がハンガーラックの影に隠れた所で、レオンは小さくため息をついた。
年齢故か、性格なのか。時折接し方に困るのを自覚してしまう。
服を選んだ相手など母親を除けば商売女くらいしかいない。
「あれは高い買い物だった」
「何の話?」
天井を見つめてつぶやくレオンに心配そうにアリサが尋ねた。
「いまだに勉強代が回収できなくてな」
「ん?」
はてなマークを浮かべるアリサに、何でもないと首を振り、ふと手に持った服を見せる。
「俺の選んだ服変か?」
「黒い」
簡潔にアリサは述べる。
まず黒い。原因不明の黒さ。その黒地へ謎のエンブレム、または文字の羅列。そして最小限ながら悪目立ちするシルバーのクロスチェーン。
ポケットは左右二つづつ・内側にも一つづつ。カフスやベルトもついており、たるみを作らずスマートに見せる事ができる。
それなりに機能美とシンプルさを持っているからタチが悪い。
言葉に詰まるアリサだったが、いっそ話題を変えようと近くのマネキンを指差した。
「これなんかいいんじゃない?」
それは白いドレスだった。
シンプルな白地に、薄桃色のラインと大きめのボタンがアクセントになっている。
地味過ぎず派手すぎず、上品さも補ってくれそうだ。
提案に満足しつつ、失礼ながらそのまともさに驚いた。
「今失礼なこと思った?」
「褒めたよ」
脳内でチェリシアの顔を張り付ける。
――良いな。
センスもそうだが、無難さを分かった選択に見える。
「慣れてんのか?」
「ん?んー、まあ家もいろいろ厳しくてねー」
「そうか」
特に詮索する事も無く、レオンは店員に同じ服を用意してもらい、チェリシアを追って店の奥へと向かった。
鏡とにらめっこするチェリシアの後ろへ立つ。
「こちらなどいかがです?」
驚きながらも手に取って鏡に向き直り、胸元に当てて微笑む。お気に召したようだ。
しかし不意にその口元がへの字を描く。
「ご自分で選びました?」
「ご不満でも?」
「いえ、何か……何でもありません」
何か引っかかるものを感じつつもチェリシアはドレスを着替えて店を出た。
その姿を満足気に見るアリサに気付かずに。
その後も、靴屋・小物屋・アクセサリーショップと周り、皇室御用達を増やしながらチェリシアを先頭に一行は進む。
最初こそギクシャクした少女二人だったが、打ち解けて会話も弾むようになった。
時間も経ち、最後にゲームがしたいというチェリシアの提案でゲームセンターへと立ち寄った。
白線で六角形に区切られた空間に照明が灯り、デフォルメされた三頭身の怪物が複数投影される。
カラフルなランプが点滅するチープな小銃を両手に二丁。
左右の標的に銃口を向け、同時に撃ち抜いた。
角度にしておよそ百六十度。両目で捉えられる視野の外なうえ、動く獲物だ。
同時に撃ち抜いたのだから同時に視認していた事になり、生物学上無理が生じている。
しかし当の本人はマイペースに跳び撃ちや回転撃ちを披露している。
羽根の様に舞うアリサの動きを眺めながら、同じく目が離せないレオンにチェリシアは尋ねた。
「どういう方なんです?」
「まだ判断中です。履歴書の方も滅茶苦茶で」
「そんな方を船に乗せるのです?」
真っ当な意見にレオンは苦笑した。
「その辺は覚悟の上です。駒やカードじゃないですから。実際に使ってみないと能力や適性は分かりません。それを含めて俺の度量です」
格好つけているが、不安は大きい。
「実際けっこう訳ありですあれは」
「そうなのです?」
「所感ですが」
「お聞かせください」
では、とレオンは考察を披露した。
「まず、家は裕福でしょう。両親はいないか片親と思われます。おそらく家出中かと」
「何故そう思われます?」
「履歴書の家族欄にペン先を叩いた痕がありました。迷った痕です」
「書きたくなかっただけではありません?」
「なら書きません。絶縁中ってはっきり言うタイプです」
ふむふむと頷くチェリシアを横目にレオンは続ける。
「名前は偽名……少なくとも苗字の方は。学歴は中卒と申請してますが、高校レベルの学力はあるみたいです。資格も専門学校の履修科目だし、中退か停学の可能性もあります」
「資格です?」
「銃光火器に爆発物。船艇と小型戦闘機を」
「……どのような学校です?」
「士官学校です」
怪物の悲鳴が止み、愉快な音楽と共にスコアが表示された。
「ハイスコア、イェイ!」
右手をこめかみに当てて敬礼を取る。
民兵式(ハングリースタイル)
「どちらの様式です?」
「同盟軍式です」
【星系自治軍】に属する皇室騎士(インペリアル)しか見た事の無いチェリシアには初めての同盟軍式の敬礼。
元となった途上惑星同盟時代に、左手を下腹部へ当てていたことから、自治軍側に貧民式(はらぺこ)と揶揄されていたものだ。
意地悪い呼び名だが、あちらはあちらで自治軍式である右手を胸に左手を腰に当てる敬礼を動悸腰痛持(オールドマン)と言われていたのでお互い様である。
戻ってきたアリサと入れ違いにチェリシアが白線の中へ入った。
「何の話?」
「ちょっとしたプロファイリングをな」
「うん?」
ゲームが始まり、軽快な音楽と怪物の断末魔が流れた。
しかし遊び慣れていないのか、時折可愛らしい悲鳴がそれに混じる。
「よく遊ぶのか?」
「昔はあんまりできなかったけど、寮生活になってからよく。船長は?」
「俺はガキの頃に卒業したよ。家の手伝いとかあったしな」
「ふーん」
先程とは変わって悲しい音楽が流れた。
頬を膨らませたチェリシアが銃を戻して白線を出る。
チェリシアに続き、レオンもプレイしたが、アリサのハイスコアを超えることは出来なかった。
入れ替わる様に、リベンジに燃えるチェリシアが銃を手に取る。
先程とは違い、順調にスコアを稼いでいる。慣れたのもあるが、どちらかと言うと別の要因の方が大きい。
「あれズルくない?」
瞬間移動(テレポート)による一撃離脱を繰り広げるチェリシアを指差してアリサが尋ねた。
反則じみているが、持って産まれた能力なので不正行為(チート)とも言い難い。とは言え、ワンコインのゲームで使うには……まあ、大人げない話である。
このままハイスコアかと思われた矢先。調子に乗り過ぎたのか、場外へ飛び出してしまい、減点により二位にとどまった。
悲しいかな、もっともスコアが低かったのはレオンである。
原因は照準を合わす時間だろう。数撃って当てまくるというゲーム性に対し、一射必中を心掛けた為である。
性格と遊びに対する経験の差が出た結果であった。
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