第六夜「探偵の葛藤」

文字数 1,270文字

 いかんいかん、どうやら張り込みの最中に寝てしまったようだ。俺もまだまだ修行が足りないな。
 えーと、ターゲットの様子は・・・

 ありゃ、ここはどこだ? さっきまで車の中にいたはずなのに。
 どうやらここは、どこかの住宅街のようだ。ここには一度来たような気もする。
 目の前にY字路があって、真ん中に標識が立っている。矢印が、それぞれの道を指している。

「警部の恩に報いる」
「信念の道をいく」

 なんか、小難しいことが書いてあるが・・・そうか。これは俺の悩みだ。
 俺は、警部の依頼で、あるヤマを追っている。警部は、俺が探偵稼業を始めたころから取り立ててくれて、多くのヤマを回してくれた。おかげでこの商売で飯が食えるようになった。
 だが、今回のヤマは、ちとヤバい。警部は、逮捕した被疑者をホシだと確信しているが、今いち決定的な証拠が上がらない・・・それどころか確かなアリバイも出てきちまった。
 それでだ。
 警部にアリバイについて報告すると、公けにするなと俺に頼む。
俺には、さんざん警部に可愛がってもらった恩義ってものがある。

 どうしたもんかと・・・おや、俺の目の前に子豚がいる。標識を眺めてやがる。怪しいヤツだ。
「おい、子豚。いったいここはどこだ? それに貴様は、何者だ?」

「こんばんは。ここは探偵さんの夢の中だよ。ボクは、えらぶー。迷っている人とお話するのが、ぼくの役目。」
「どうして豚のくせに、俺の夢にしゃしゃり出てきやがるんだ?」
「ぼくは、人々夢の中を旅して大切な人を探しているんだ。」
「なんだかわからんが、迷っている俺にいった何をしてくれるんだ?」
「うん、ただお話するだけ。」
「けっ、役に立たねえなあ。・・・まあ俺の捜査の邪魔だけはしないでくれ。」

 いや待てよ。まあ、ダメ元で話して見るのも悪くはあるまい。
「なあ、お前さんは俺の悩みを知っているのか?」
「うん、知っているよ。」
「参考までに聞くが、お前さんはどう思う?」
「ぼくはよくわからないけど、探偵さんは、もう答えを持っているじゃないかな。」
「いや、この難問は、頭脳明晰な俺様でも、ほとほと手を焼いている。」
「そうかな、じゃあ、目を閉じてみて。」
「なんだって? えー、こうか?」
「うん、いいね。で、頭の中に何か浮かんだ?」

 俺の頭に浮かんだのは、被疑者が連行される時に泣きじゃくっていた娘さんの姿だ。

「じゃあ、決まったね。」
「おい、いったいどういうことだ?」
「マイウェイだよ。おやすみ。」
「なんで俺のカラオケの十八番を知ってやがる? だいたい今は、張り込みの最中で寝るわけにはいかねえんだよ。・・・まあ、寝てたけどよお。」 
 いかん、ブタのせいで、まブタが重くなってきちまった・・・


 うーん、ここはどこだ? なんとなく懐かしい景色だ。
 ・・・そうだ、俺はあのヤマで被疑者のアリバイを公表し、スッパリと探偵稼業から足を洗ったんだったな。
 今は、こうやって実家の枝豆農家を継いでいる。俺の隣では、一人の女が畑仕事を手伝ってくれている。女の顔をよく見ると、あの時泣きじゃくっていた、娘さんじゃねえか。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み