第3話 再会

文字数 2,721文字

予報では午後からだったのに、休日は朝から雨となった。しかも寒いので、億劫(おっくう)で外出する気になれない。勤務している不動産会社は火曜水曜の平日が休みだったので、会ってくれる友人も見つからなかった。

暇を持て余しソファーに寝転んでいる時、先日岡本から教えてもらった風俗店のサイトをスマホから覗いてみた。岡本の言っていた通り、ほとんどの売り専ボーイたちが堂々と顔写真を隠さず載せていて、驚いた。風俗店のサイトは過去にいくつか見たことがあったが、紹介されている風俗嬢たちは全員目元や顔の一部が隠されていた気がする。時代が変わったのだろうか。
指名しやすくするためか、この店ではライブチャットで所属している男の子たちと話せるようになっていた。確かに、いきなり店に出向くのは抵抗がある、という客は多いだろう。

「あれ?」
ライブチャットで待機しているボーイ一覧を見ている時、あることに気がついた。
「これ…(じん)じゃないか?」
思わず独り言を口に出す。仁というのは、昔コンビニでアルバイトしていた時、一緒に働いていた仕事仲間だ。
大学卒業後すぐは、IT企業でシステムエンジニアとして働いていた。しかし仕事と人間関係に疲れ果て、実家が不動産屋を営んでいることもあり、辞めて宅地建物取引士の資格を取るため学校に通うことになった。試験に合格するまで約一年、近所のコンビニで働いていたのだ。五、六年ほど前の話だ。
あの頃仁は、確か国大に通う大学生だったと記憶している。元気な明るい性格で、人が嫌がる仕事でも率先して引き受ける好青年だった。見るからに人の好さそうな外見は、いまも変わらない。人違いの可能性もあるが、名前も『じん』になっているので、おそらく本人だろう。

時間を持て余していたことと寂しさ、懐かしさもあって、すぐに話してみたくなった。ライブチャットは以前にも利用したことがあり、会員登録とポイントの購入が必要だと心得ていた。夕方、再度待機中になっていることを確認して、思いきってスマホからチャットルームに入室してみた。
坊主頭の仁が、上半身裸で画面上部に映った。カメラもマイクもオンにしているので、向こうにもこっちが映っているはずだ。
「あ」
二人同時に、声が重なった。
「やっぱり、仁だ。久しぶり」
「棚橋店長…っすよね?」
仁は、自分のことを店長と呼ぶ。アルバイトの後半時期には、人手不足で店長を任されていたからだ。苦笑いというのか、なんとも気まずそうな表情をしていた。
「おまえ、何やってんの? この寒いのにそんな裸で」
「店長こそ、何やってんすかあ。こんな所で」
「俺は…友達の上司がこの店で遊んでいるって聞いて…そしたらおまえの写真が」
「またまたあ。友達の友達があ、ですかあ。よくある話だな」
「本当だよ! 俺は別に、何もごまかしてなんかないからな」
なんだか、懐かしい。一気にコンビニ時代にタイムスリップした気分になる。よくこうやって冗談を言い合ったり、軽口を叩き合ったりした。仁も同じ気分になったのか、屈託(くったく)のない笑顔を見せる。

「僕はプロフィールに書いてある通り、ゲイなんですよ。趣味と実益を兼ねて、このバイトをやっています。店長と働いていた頃からずっと、掛け持ちでバイトしていたんですよ。いまもコンビニで働いています。全く別の店舗ですけど」
そうだったのか。全然、気がつかなかった。
「店長は、あれから不動産会社に転職されたんですよね? 風の便りに、ご結婚もなさったと聞いています」
「転職はしたんだけど、俺さ、バツイチなんだよ。すぐに離婚しちゃってさ」
仁は、大きな目をさらに大きく見開いた。ここで一気に雰囲気が暗くなるかと思いきや、
「マジっすか! ラッキー! これから堂々と、この店で遊べるじゃないっすかあ!」
なんだ、そりゃ。
「おまえなあ。人の不幸をラッキーって…」
「いい機会だと思うから、告白します。僕、棚橋店長のこと、ずっといいなあって思ってました。男らしくって、頼りになって、やさしくって」
男らしい…? 香織とは正反対の言葉を言う仁に、少し戸惑う。仁の目には、本当にそんなふうに映っていたのだろうか。
「男に告白されても、微妙なんだよなあ。おだてたって何も出ねえし、指名客にもならねえぞ」
そうは言ったものの、やっぱり悪い気はしない。
「コンビニに限らずですけど、困ったお客さんって必ずいるじゃないですか。そういうお客さんに対しても、棚橋店長はいつも毅然とした態度で、決して感情的にならず的確な対応をされていて。かっこいいなあって、ずっと思ってました」
「そんな真面目な話を、素っ裸の姿で言われてもなあ」
照れ隠しに、ついそう口走ると、
「安心してください!」
仁はおもむろに立ち上がり、
「ちゃんと穿いてますよぉ」
全身が映るよう後ろに下がり、お笑い芸人の真似をして、赤いパンツを指さして見せた。思わず、吹き出して声を上げ笑った。こんなにも心から笑いが込み上げてきたのは、久しぶりかも知れない。

「ここはみんな、そんな格好で待機しなけりゃならないの? 顔写真も堂々と出してるし、ネットの世界は怖いのに無防備というかなんというか」
「そりゃあ、顔も体も売り物ですからね。バレるのは怖いですけどさらけ出したほうが指名につながりやすいんですよ。服も着てるし顔も隠してる子もいますけど、僕は周りにカミングアウトしているし、開き直って全てさらけ出して本名で出ています。棚橋店長みたいに、昔の知り合いが声をかけてくれたりするんですよ」
仁の中にプロ根性というか、強い覚悟を見た気がした。

「ああいったこととか、あんなふうなこととか、やったりするのかな」
「まあ…ああいうこととか、そういったふうなこととかですかね」
会話になっているのかどうか、わからない。
「恥ずかしいから、あんまり想像しないでくださいよ。言えるのは、お客さんは棚橋店長みたいなまだお若いイケメンは、ほとんどいないってことぐらいっすかね。中高年のおじさん、おじいさんたちのお相手をするお仕事です。僕、年上好きなんで別にいいんですけど。しかも皆、説教してきます。こんな人に言えないような恥ずかしい仕事、すぐに辞めろって」
辞めろと言いつつ、自分たちは上から目線で利用するわけか。風俗嬢も似たようなことをぼやいていたのを聞いたことがある。

「おっと、もうポイントが切れそうだ。また気が向いたら遊びに来るよ」
「またぜひ暇つぶしにでもいいから、遊びに来てください。性的なサービスは何もなしで、お話しに来てくれるだけでいいんです。僕はぜひ、また棚橋店長と話がしてみたい。今日は久しぶりにお話出来て、本当に嬉しかったです」
丁寧にお辞儀する仁を最後に見て、映像はぷつりと切れた。

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