第4話 温人に会いたい

文字数 1,965文字

翌朝、ぐっすり眠れたせいか気分はすっきりとしていた。いつものように、起きた途端不安と孤独の恐怖に(さいな)まされたりしない。不思議に、気分が楽に、体も軽くなったように感じていた。

「はるたん、おはよう」
ぬいぐるみにも、笑顔で声をかける。ひょっとして、昨日仁と会話して寂しさが紛れたのかも知れない。わずか三十分ほどだったが、懐かしく楽しい時間だった。こんなこと、岡本に知られたら何を言われるかわからない。岡本の上司と同じくさみしい男女は皆こうやって、風俗嬢やホストにハマったりするのだろう。また話したいという願望はあったが、冷静になって少し距離を置いたほうがいいのかも知れなかった。

それから、仕事と雑用に追われる慌ただしい日が続いた。あっという間に一週間が過ぎ、またテレビやネットをぼんやり見つめるだけの虚しい休日を迎えた。時間があると、つい余計なことを考えてしまう。気がついたら、ノートパソコンから仁のいる風俗店のサイトを見ていた。リモートワーク用のスタンドマイクを取り付け、夜話せるよう予約し準備をした。

予約時間の八時になると、バスケットボールの白いユニフォームを着た仁が画面に現れた。
「棚橋店長、こんばんは! また来てくれたんですね。ご予約と、お気に入り登録ありがとうございます」
心底嬉しそうな笑顔を見せた。
「店長は、もうやめようよ。昔の話だし、普通に棚橋さんでいいよ」
登録名も、たぶん岡本が見ているので無難に『リーマン』にしてある。
「それより、なんで今日はバスケのユニフォーム姿なの?」
「ああ。コスプレして接客する日があるんですよ。ユニフォームとか制服を好むお客さんって、結構いらっしゃるんです。お店が業者から買って、用意してくれてるんですよ。やっぱりこういう露出度が高いものが人気です」
「ふうん。よく似合ってる」
「あざっす! でも僕、五年前からやってるわりにイマイチ人気ないんすよね。暇だったので、今夜棚橋さんが来てくださって助かりました」
「なんでイマイチなんだろうね。顔だって性格だって決して悪くないのに。体つきだって、筋肉質で引き締まったいい体してるのに」
昔から、可愛いヤツなのに。
「僕より若くてきれいな美少年いっぱいいますから。お客さんからよく言われるのは、エロさが足りない、イマイチ色気が足りない、とかって言われます」
ああそれ、わかるような気がする。いいヤツすぎるというか、明るくハキハキしすぎてるというか。
「あれ、なんでなんだろうね。女の子もそうだけど、ちょっと暗くて陰があったり性格悪かったりする子のほうが、色っぽい雰囲気出るような気がする。俺だけかも知れないけど」
性悪女、悪女のほうが色気があると感じたことがある。香織のことが脳裏に浮かんでいた。
「元嫁さんが、そういうタイプの女でさ。男にはモテモテだった。人の悪口はあまり言いたくないけど、性格悪くて息子に会わせてくれないんだよ」
「そうなんですか…お辛いですね」
つい、愚痴を言ってしまった。
「棚橋さん」
「何?」
「僕を弟にしてください!」
仁は突然そう言って、思いきり頭を下げた。
はあ? なんだそりゃ。
「大切な息子さんの代わりになれないのはわかっています。彼氏になれないのもわかっています。だったらせめて、僕を弟だと思って、家族のように接してください。本当の弟のように、甘えさせてください」
ゲイ向け風俗店で、売り専ボーイをしている弟…。
「おまえなあ…」
「兄貴ぃ」
「まだ何も答えていない!」
仁と話していると、漫才のようになる。
「俺は一人っ子だから、兄弟が出来ると思うと嬉しいよ。でも本当の弟となると、甘えさせるどころか、厳しいことでも平気で言うぞ。ここはもっと、こうしたほうがいいとか。ゲイのお客目線とは違うかも知れないけど、一般男性の目線で。それでもいいのか」
「はい! これからよろしくお願いします!」
やっぱり、なんだかんだいっても可愛いヤツ。

この日は、結局一時間近くもたわいもないお喋りをした。仁のペースにうまくのせられて、いいお客さんになってしまっていると感じる。それでも、話していて楽しいので、まあいいかと思える。
温人とも、こんなふうにツーショットで楽しい会話が出来る日がやって来るといいのに。

面会交流の時、テーマパークで口の周りをべとべとにしながらソフトクリームを食べた温人。プレゼントのつもりか、掌に小石を乗せてくれた温人。「パパ大好き」と言って、抱きついてくれた温人。香織に連れ帰される時、「パパあ! パパあ! 」と顔を真っ赤にして、香織の肩越しに狂ったように泣き叫んでいた温人。その声を聞くのが辛くて、(うずくま)って両耳を塞ぎ自分も泣いた。
いまは、それすらももう出来なくなったのだ。

温人に会いたい。仁は弟の代わりは出来ても、息子の代わりにはならない。
温人に会いたい。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み