第12話 依頼の内容

文字数 1,398文字

 依頼の内容はこうらしい。ますます狐につままれた。
 築地鉄砲洲(てっぽうず)には外国人居留区がある。土御門はお祓いとは別に、そこに出入りするレグゲート商会とやらから失せ物捜しの依頼を受けたそうだ。失せ物といっても厳密にいえば物じゃねぇ。

 探すのは子ども。当時10歳。
 今生きていれば15歳。

「なんだそりゃぁ? 勾引(かどわ)かしかい?」
「そうですねぇ。勾引かすのであれば身代金の要求があって然るべきでしょうし、誰かに買われたとすればもう出ては来ないでしょう。それにその子どもはちょっと(いわ)くつきなのです」
「曰くつき?」
「そう、ですねぇ。どのみち体がとても弱いそうで、どこかに買われたり隠されたとすれば、もう生きていないそうです」
「不憫だねぇ」
「……そうですね」

 それでその子どもは銀座大火の折に築地居留区に逃げ出して、その周辺を総ざらいしても見つからずにそのまま行方知れずということだ。
 外国人の子ども。異国の地で一人放り出されてどんなに心細かったろうなぁ。
 ひょっとしたら焼け出されておっ死んじまったのかなぁ。かわいそうになぁ。
「それであの長屋が何か関係あるのかい?」
「いいえ、特には」
「なんだそりゃ」
「まぁ、総当たりですよ。レグゲート商会はいろいろな伝手に対して探索の依頼を出しました。探し人の専門や人買いの専門、それで私は死んでいる場合の専門です。つまり死んで、ひょっとしたら幽霊になってどこかに出ているのであれば、それを捕まえて遺骨を回収したいそうです。まぁ、藁をも掴むというやつですよ」
「幽霊まで探すだなんて、よっぽど大切だったんだな」
 土御門はピクリと動きを止め、何やら逡巡したように見えた。
 なんだ?
「まぁ、大切でしょうね」
 それでそのレグゲート商会の子ども探しは成功報酬制で、成功すればかなりの報酬が得られるらしい。けれどもこの広い築地のなかで、ひょっとしたらすでに築地にいないかもしれないなかで、5年も前に行方不明になったたった1人の子どもを行方を探すなんざ、雲をも掴むようなものだ。
 けれどもよくよく聞くと、その話と長屋の話は別の話らしい。長屋の所有者からは異常を祓うのに五十円で請け負ったらしい。

「そりゃ全然違う話だろう?」
「ええ。ようは長屋の原因がその子の幽霊かどうかを山菱君に見極めて欲しいのですよ」
「見極める、だと?」
「期限はあと4日。それまでにその子どもの幽霊の仕業だと当たりがつくなら、長屋を掘り返しましょう。それが無理なら最後の日に私が祓います」
「祓う?」
「ええ。仕事はきちんと成し遂げなければ、信用がなくなってしまいますからね。もしこの長屋にいるのがその子どもの幽霊であってもなくても、最後にはまとめて祓ってそれでお終い」
 祓う。祓うっていうのはなんなんだ?
 そういえば幽霊ってのは祓われるとどうなる。
 あの世、地獄へ、行くのか?
「それはなんだか気の毒だ」
「山菱君、しっかりしてください。あの長屋の化け物がその子どもかどうかなんて、ちっともわかりません。寧ろ可能性は極めて低い。先にお話したのは、そのことを留意しておいて頂きたかっただけです。子どもである可能性があるかを確認して頂きたい」
「おう」
 なんだか心が急にずしんと重くなった。
 茶屋を出て神田山から眺め下ろす風景はずっと築地とその先の江戸湾まで繋がっている。
 あの長屋に、あるいはこの景色のどこかに、その子どもが眠っているのか。
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登場人物紹介

土御門鷹一郎

京生まれ。もともとは公家の傍流。

明治14年8月に旧東京大学の理学部星学科を卒業するまでは学生、

それ以降は神津の辻切西街道にある土御門神社の宮司をしている。

山菱哲佐

生まれたときは久保田藩の貧乏藩士の長男。

明治13年に旧東京大学理学部工学科を中退するまでは学生、

そのあと日雇い仕事をしていて明治15年ごろに鷹一郎に呼ばれて神津に引っ越す。

ミケ

とても大きなジャコウネコ。もともと四風山に住んでいて、いまは土御門の森に住んでますます太っています。

にゃんと鳴く。哲佐君がよくアラで餌付けをしています。

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