第7話

文字数 2,424文字



 発掘のための準備に3日が費やされた。横山と鈴木は建設工事とは直接関わりのない職場のため、現場への出入りも当然制限されてくる。
 また、爆発事故は過激派の仕業として、犯行声明文まで新聞社に送りつけられるという、念の入れようのため、警備も一段と厳しくなってきているのだ。
 やっとの思いで、建設現場への立ち入り許可書も取り揃えることができた。
 横山はマンションの窓から双眼鏡で建設現場を眺めている。ドアの開く音に振り返ると、鈴木が入ってくるところだった。
「横山さん。電気点けないんですか?」
「うん。そうだな…点けるか」
 鈴木が入り口にあるスイッチを入れる。
 横山はちょっと眩しそうな顔をするが、窓から離れ、部屋の中央へと移動した。
「幌つきトラック、オーケーです。今日、明日借り上げましたので、下の駐車場に置いてあります」
 鈴木はトラックのキーを畳の上に放り出した。横山はそのキーホルダーに目をとめ、
「予定どおり今夜掘ってしまおう。来たばかりで悪いが、さっそく準備を進めてくれ」
「わかりました。…それからテントやその他の道具は車の荷台に入ってますから…」
 鈴木は立ち上がるとすぐにドアの向こうへと消えていった。
 あすは市会議員たちの現場視察が予定されている。横山はその情報をもとに、休憩用テントの設営をかって出たのだった。
 上司は管轄外だと怒っていたが、鈴木と横山の2人でやると言ったら、「かってにしろ」と許可が出たのだ。
…今夜9時…それですべてが決まる。横山は目をつぶった。…その後の我々に対する社会的制裁は熾烈を極めるだろう。しかし、どんな事になっても後悔はしないつもりだ。
 現場入り口の守衛は顔馴染みだった。鈴木がトラックの運転席から許可書を見せている。
「これからテント張りですか。ごくろうさんです。どうぞお通りください」
 守衛は愛想笑いを浮かべると、荷物の点検もせずに通してくれた。
現場に到着すると、2人はすばやく車から降りた。2人とも現場用の黄色いヘルメットと作業服に身を固めている。
 あらかじめ打ち合わせたとおりに、目隠しになるよう車の位置を決めた。
 鈴木はレーザー測定器をポケットから出し、記憶させておいたポイントを探っている。
 夜の工事は騒音公害となるため、ごく一部を除いては、8時で打ち切られる。薄暗いライトで照らし出された現場は、人影もまばらである。
 位置が決まると横山達は黙々とシャベルで穴を堀り始めた。
 プール用に堀り抜かれた土の壁にある痕跡と、足下にある痕跡を線で繋げば、爆弾の眠っている場所も大方想像がつく。2人はもっとも確実と思われる位置を計算していた。
 50センチほど堀り進んだところで、鈴木は腰を伸ばし額の汗を拭うと、
「横山さん。シャベルが当たってドカンと言うことはないでしょうね」
 横山もそこで、腰を伸ばしシャベルで体を支えると、
「シャベル程度の衝撃では、はねることはないよ。それに弾頭、弾底の信管も恐らく死んでいるだろうから、心配ないと思う」
「えっ…信管が2つもあるんですか?」鈴木の驚いた表情を横山は見ると、笑いながら、
「弾頭の信管が作動しなかつた場合を考えて、すこし遅れて弾底の信管も作動するようになっていたんだよ」
「じゃあ2つとも作動しなかったのが、あんなにあるんですか」
「アメリカは当時の日本と違って徹底した人道主義でね。作業中に誤爆することを極端に嫌っていたらしい。そのため、敏感ではなく、そうとう鈍感な爆弾や砲弾を作っていたと聞いたよ。それに比べて日本は、不発になるのはもったいないとばかりに、敏感な爆弾を作ったために、作業中の誤爆が良くあったそうだ。人命尊重のお国柄の違いだね。それと、時限信管と言うのもあったらしい。30分とか1時間とか経つと爆発するというしろものだ。これがまたやっかいでね。空襲が済んで、人が集まってきた時に爆発するんだからしまつが悪い。だから、不発だといっても暫くは近寄ることもできなかったと言うよ」
「それだけ復興作業も遅れると言う訳ですね。不発でもそれなりの役割があったんですね」
 鈴木が感心したように言うと、またそれぞれがシャベルを持ち直し穴を堀り始めた。
 黒い弾道の痕跡の先へ、縦・横2メートルの正方形で掘り下げるのだ。けっして闇雲ではなく、黒い土のガイドラインが確認されている。
「もう間もなくだ」息も切れ切れに横山が言うと、2人のペースも一段と上がってきた。
「ガキッ…」異様な音に横山が振り向く。
 鈴木が硬直したようにシャベルの先を見つめていた。
 やおら、鈴木はシャベルを放り出すと、両膝を付き、手で土を猛烈に掻き始めた。
 横山も弾かれたように鈴木の掘っている穴に行き、手で土を掻き始める。
 土にまみれた流線形の物体は、みるみる内にその全貌を顕にしていった。しばらくすると2人は作業を止めた。
 横山と鈴木は立ち上がり、今掘り出したものをしげしげと見つめている。鈴木は横山に顔を向けると、
「これなんですね。…まちがいなく、これなんですね」
 横山は掘り出したものから目を離さずに頷いた。
「間違いない。250キロ爆弾だよ」
 爆弾は頭をやや下に向けた、ほぼ水平状態で、地中より体半分ほど露出している。
 爆弾に塗られていた塗装は、跡形もなくはげ落ち、金属面が光沢を放っている。
…ほんとうだったんだ。落ちた時のままと言うのは…半世紀以上も経っているのに…
 横山はその時、背筋に冷たいものが走るのを覚えた。
 しばし沈黙の後、鈴木がかすれた声でいった。
「横山さん。あてて見ましょうか。…横山さんが今感じていることを…」
「……」
「ゾッとしてませんか?…私も感じているんです。だけど横山さん、こいつはまだ生きているんですね。信管を抜くまでは…」
 横山はだまって頷いた。長さ1メートル、直径も5、60センチもあるだろうか、…写真で見たのと同じ、黒くてずんぐりした鋼鉄の爆弾がそこにあった。

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