第4話 ダンスへのお誘い

文字数 2,878文字

 貴美子様とあの方との出会いは、鳳凰館(ほうおうかん)でのダンスパーティーでございました。
 当時、新政府になってからは、なにかと新しい文明を取り入れると言う動きが目まぐるしいほどに動いておりました。おそらくは、外国から見た日本の文化が著しく遅れているということを列国に感じさせないためでしょう。

 その為にも、西欧の様々な文化をいち早く取り入れ、それを吸収しようとしたようでございます。しかし、その流れは凄まじく、旧態以前としたお考えを持つ方々にとりましては、大いなる戸惑いがあったのではないでしょうか。
 諸外国に文化国家としての位置づけを見せつけたいという思いの一環として、鳳凰館のダンスパーティーも企画されたようでございます。

 前にも触れさせていただきましたが、主に、そのために勧誘された婦女子は華族の女性も少なからずおられたと聞いております。当時にあっては、政府の高官やその夫人におきましても、およそ西欧式の舞踏会におけるマナーやエチケットなどは、とんとお目にかからなかったようですから無理もございません。

 鳳凰館に招かれた人達には、ダンスの訓練を受けた芸妓や、高等女学校の生徒も動員されたようです。それらの中に、後ほど貴美子様にも要請があったようでございます。急作りのこのような西洋かぶれの対応では、目の超えた外国の要人の方たちからご覧になれば、苦笑せざるを得ないことが多々あったと聞いております。所詮は短期間でこのような対応をしたことに無理があったのですから。

 しかし、そのような中でも貴美子様はしっかりとその教養を身に付けておられました。それは、貴美子様のお父様が教養のあるお方でしたので、これからの国のあり方を先々に読まれていたからなのでしょう。
 早くから、西洋の文献などを取り寄せ、研究していたご様子でした。その教育を娘さんの貴美子様に施したようでございます。お父様は、これからの教養として英語やフランス語が必要だと早くからお気付きになり、そのお勉強を貴美子様に託されたようでございます。

 ですから、要人の方々が集まるイベントやパーティーにおきましても、貴美子様のその振る舞いに目を見張る方々が多かったそうでございます。それは貴美子様のお父様の影響が大きかったのです。こんなこともございました。或る日、貴美子様のお父様がお屋敷に外国の方を招待した時がありました。お父様は交際範囲が広いお方でしたので、いろいろな方と接触をしていたようでございます。

 その中には、外国の要人の方もおられたようです。お父様とその方とお話をしている中で、様々なお話が出たようでございます。その時、お母様は貴美子様に、お客様へ紅茶をお出しするようにと言われました。
 貴美子様が広い洋式の居間に紅茶をお持ちすると、外国のお客様は貴美子様の美しさに目を奪われたそうでございます。
 その方は英語で貴美子様にお声をかけました。

「貴女はとても、お美しい方ですね」
 You are a very beautiful person.

 貴美子さまは、少しはにかんでおりましたが、前を向き、少し間を置いて
「いいえ、お恥ずかしゅうございます。そのようなお褒めの言葉を頂き、ありがとうございます」
 No, it is shameful. Thank you for giving such praising language .

 貴美子様は、軽く会釈をして丁寧に英語で応えておりました。
「とてもあなたの発音は素晴らしいです。いつから英語を話されているのですか?」
 Your pronunciation is very wonderful. From when is English spoken?

「はい、始めは父に教わっておりましたが、父も何かと忙しいので私は今は別の人に教わっております」
 Yes, although learned from the father in the beginning, since a father is also busy, he is learning me something from people now.

「なるほど、それで趣味などありますか?」
「はい。習い事といたしましては、習字、笛、琴、お茶、活花などでございます」
「ほう。それは結構ですね。ではダンス等に興味がおありですか?」
「ダンス、ですか?」

「はい。私たちの国の社交界では、舞踏会でのダンスが好まれております。そして、ダンスパーティー等で色々な方と接触すれば見識も広まることでしょう。これからの日本の女性は、もっと積極的にならなければいけないと私は思います」

「そうですね。最近では鳳凰館でのダンスパーティー等のお話も聞こえてきます。私のお友達でもダンスを習ってる方がいらっしゃいます」
「なるほど、ところでもう一度お聞き致しますが、貴女はそのダンスに本当は興味がおありなのでは?」
「えっ? 私ですか……そうですね、でもまだよくわかりません」
「なるほど、でも貴女は素敵なプロポーションをしていらっしゃいます。ダンスはお似合いだと思いますが」
「そうでしょうか」

 貴美子様は、正直に言って迷っていらっしゃいました。何事にも積極的な彼女ですが、でもさすがにその時は躊躇(ちゅうちょ)したようでございます。そのお方もダンスをたしなんでいらっしゃるそうな。
 鳳凰館でのダンスパーティーにおきましては、日本の女性たちが見よう見まねで覚えたダンスが、あまり褒められたものではなく、どこか滑稽にさえ見えるそうでございます。やはり体型におきましても、日本の女性は外国の婦女子と比べましても見劣りをするようでございます。

 そのことにつきまして、貴美子様は背が高い上に姿勢がよく、しゃきっとしておりましたので、そのお方は熱心に勧めたようでございます。貴美子様は始めは迷っていらっしゃいましたが、心の中では好奇心が芽生えていたのです。それにその方が熱心にお勧めいたしましたので、決心したようでございます。

「わかりました。何もわからない私ですが、ダンスを習ってみたいと思います」
「それは良かった。では私の知り合いにダンスが上手な若者がおります。彼に教えさせましょう」
「ありがとうございます。ではよろしくお願いいたします」

 こうして、運動神経が発達していて、勘の良い貴美子様がダンスを極めるのにはそんなに時間がかからなかったようでございます。それから美しい貴美子様が純白のドレスに身を包み、華麗に踊るワルツは外国の女性に比べても見劣りすることなく素敵でございました。

 鳳凰館でのダンスパーティーのデビューでは、俄然、注目を浴びたのでございます。
「なんと、あの方のワルツの優雅なこと、まるでお姫様のようですね」

 男性も女性も、貴美子様をご覧になって感嘆の声を出されておりました。
 しかし、貴美子様がダンスを習われたことで、結果的にはそのことが貴美子様のご不幸につながるとは、誰が思うことでしょう。まことに運命とは皮肉なものでございます。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み