第2話 華族の家に生まれて

文字数 1,651文字

 あの方のお家柄について、ずっと前のことにて、あまり詳しくはないのですが、わたくしが知っていることを記憶を頼りに述べさせていただきます。このことをお話ししなければ、あの方、いえ、あの方では申し訳ありませんので、仮に貴美子様と申し上げますが、その時の背景がお分かりにならないと思い、お話しさせて頂きます。

 貴美子様のお家柄は華族と申しましたが、華族にも様々な階級がございまして、正しいお名前を申し上げるのには、ことさら(はばか)られますので、仮のお家名を四ノ宮様とさせていただきます。
 それは、今はこの世に存続しなくとも、そのご家系が一時期としても確かに存在したと言う歴史と名誉があるからでございます。正しいお家名を申せば、なるほどと合点されても困るからでございます。とは言っても、今の世には存続しないお家ではございますが。

 華族とは、明治二年から昭和二十二年まで存在した貴族階級のことでございます。華族には、主に公家を元とする公家華族、江戸時代の藩主に関係する大名華族、国家への勲功によって華族に加えられたものを新華族、更には、且つて臣籍を降下された元皇族の皇親華族、その他にも、様々な華族があるそうでございます。

 四ノ宮家は、その中でも公家華族でございましたが、当時では男子がその後を継ぐような流れですので、お子様が貴美子様のお一人ではその家系を繋ぐことが適わないのでございましょう。そして、公家華族にも様々な方々が居られるようですが、このお話に出てくる四ノ宮家は、公家の出と言ってもそれほど裕福ではなかったようでございます。

 やはり、男子のお世継ぎがいなけれは、余程のつてや、力が無ければこの厳しい世の中を生き抜いていくのには、至難の業かもしれません。
公家という優雅な地位とその威力も、時代が変われば昔の栄誉に浸っていただけでは衰退の道を歩むしかないのです。当時は永く続いた幕府が終焉(しゅうえん)し、新政府へと新しい風がこの国に吹いていましたので、あれやこれやと関係する方たちは、その維持に翻弄(ほんろう)されていたようでございます。

 年号も大正から昭和に変わり、時代は緩やかに流れておりましたが、四ノ宮家もその内のお一つで、廃れつつも、なんとか華族の威信を維持したいと当時の当主の方もやっきになって色々と画策していたようでございます。
 例えば貴美子様に婿をとらせようとか、策略を練ったご様子ですが、そのお相手にもあるレベル以上の家系の方でないと認められない、などと何やらややこしい関係があるようです。その理由として、華族は由緒ある監督下に置かれ、監視されつつ皇室の藩屏としての品位を求められたからでしょう。

 それに、一族の私生活に不祥事があれば、手続きをした上で場合によってはその華麗なる官位の停止、又は剥奪といった厳しい処分を受けた華族もいたようです。さらには、当時に於いて華族は特別な存在として、鳳凰館(ほうおうかん)のダンスパーティーに象徴されるように、社交界では脚光を浴びておりました。 
 その時の、数々の華々しいスキャンダルが世間を賑わしたようでございます。例えば、或る高貴なる貴婦人が、色男と逢い引きをしたり、美しい青年と駆け落ちをしたりなどと、その時のマスコミの新聞紙上を賑わしたものでございます。その結果、貴婦人は離婚させられ、爵位の剥奪を余儀無くされたそうです。
  
 それも、古い時代から新しい時代に移り変わる際に起こる、混乱した世相のなかで昭和の時代の初期の頃に咲いた徒花(あだばな)として、古いご年齢の皆様の記憶の一端として残っているのではないでしょうか。このお話の主人公であります貴美子様は、このような混乱したその世相の中にお生まれになり、恋をして、その関係で世間に揉まれて、儚くも消えた悲劇のヒロインなのです。申し訳ありませんが、わたくし如きものには華族に付きましては、この程度のお話ししか存じ上げません。
 それでは、これから貴美子様に関するお話しをさせて頂きますが、その当時の様子がまざまざと蘇ってくるような気がいたします。


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