寿司パーティー

文字数 1,751文字

「土曜日の夜、お寿司パーティー」
女の先輩が突拍子もなくそういい、私は初めてお寿司パーティーの存在を知った。どうやら私が気付かないうちに、BOGOという一個買うともう一個が無料、という北米ではよくあるキャンペーンがフードデリバリーサービスのアプリ内で行われていたらしく、忙しかったんだとか(私はその期間、同じく働いていたが忙しいことにはまったく気づかなかった)。そこで、オーナーが、頑張ったご褒美にみんなにお寿司をご馳走してくれる、というのだ。
「好きなお寿司のネタ、何ですか?」
ベタな話題だが、お寿司の話が出たらこれを聞かないわけにはいかない。
「うちお寿司嫌いやねん。」
「えっ」
だから、こんなにテンション低めなのか。出鼻をくじかれた空気になり、沈黙がくるかと思いきや、そのあと女の先輩は機嫌良さそうにお寿司嫌いトークを続けた。
 当日のシフトに入っているとき、オーナーがお店にいた。
「パーティー、私も来ていいんですか?」
「うん、もちろん」
私のシフトは午前で終わるので、一回帰ってお寿司のためにまた仕事場に戻ってくるのはなんとなく違和感があったのだ。
「なにか持ってくるものとかありますか?」
「うーん、飲み物は揃ってるし。」
「スナックとか?」
「あーうん、そうだね」
なんだか微妙な空気。北米のパーティーでは、ゲストは手土産を持参するのが一般的なマナーなので気を遣ったのだが、どうやらあまり必要ないらしい。ちなみに私は身長も150センチと低いし、顔も丸顔だし、性格も喜怒哀楽がはっきりしている方だ(つまり子供っぽい)し、なによりカナダでは学校以外どのコミュニティにいても年下になることが多かった。こういうタイプの人間に、大人はあまり気を遣われたくないらしい、というのはこの四年で学んだことだ。
 しかし、手ぶらで参加するのもなあ、と思いつつ、北米でパーティーに嫌というほど登場する、チップスとサルサを持って行った。
 オーナーの友達なんかも来るかも、と聞いていたパーティーは結局、私、女の先輩、女の先輩の彼氏、同期の男の子、オーナー、オーナーの奥さん、オーナーの赤ちゃんの七人に収まった。男の先輩は、この時生卵と夏バテによってやられている最中であった。
 お店につくと、静かに準備が進められていた。テーブルの横のベビーカーからはまだ片手で抱えられそうな赤ちゃんの寝顔がのぞく。初対面したオーナーの奥さんは予想のかなり斜め上をいく、明るいフィリピン人だった。背は高くなくて、かなりフレンドリーな様子。アニメが大好きらしく、食事しているときも某侍アニメについて熱く語っていた。顔をたまに合わせることはあっても、ほぼ話したことがなかった同期の男の子もアニメ好きらしかった。緑色の髪の毛が派手で、喋り方も、うっす、という感じのヤンキー口調だった。でも強面という感じでもなく、イマドキな男の子、という印象。女の先輩の彼氏はジャマイカ出身の黒人で、陽気なイメージとは裏腹に礼儀正しくて大人しそうな雰囲気が出ていた。そんな特殊メンバーで始まった寿司パーティーは異様なまま進んでいった。何しろ全員がかみ合っていないのだ。
 オーナーの奥さんと女の先輩の彼氏は日本語がわからないが、まだカナダに来て三カ月という同期の男の子はほとんど英語が喋れなかった。女の先輩もカナダに来て数年は経つが、あまり率先してパーティーで喋るタイプではないらしく、彼氏の通訳程度にしか喋らなかった。オーナーはいつものあっけらかんとした様子で喋り続けたが、周りがあまりリアクションしないので、私は余計に気を遣ってしまった。オーナーの奥さんの熱いアニメへの想いも言語や趣味や性格の違いで受け止められる者がおらず、宙に浮いたまま流れた。
 同期の男の子は二十二歳という若さで九州出身の酒豪らしく、がぶがぶと日本酒をラッパ飲みした。オーナーと奥さんから女の先輩へ遅めの誕生日プレゼントが送られた。オーナーは女の先輩へ英語で最後シメて、という無茶ぶりをして困らせた。女の先輩は笑っていたけど、楽しかったのか微妙だ。私は門限という便利な理由で先にお店を出た。内心ほっとしていた。開けもしなかったチップスとサルサを持って両親が待っている車へ急いだ。お腹だけが寿司で満たされていた。

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