第11話 誰?

文字数 950文字

時には音楽の話でも。

現在店にはCD320枚。

特別合わせたいお客様には選んでBGMと致しますが、通常はアルファベット順に流してます。

開店から4ヶ月、何周目かのthe
whoです。

十代の頃から大好きで、かなりマニアックなモノまでコレクションしていた筈ですが…

若い頃、自分のバンドの活動資金を得るためにすべて売りはらい、今店にあるのは画像の「odds & sods」ともう一枚、「BBC sessions」だけ。

また揃えたいのは山々ですが、彼らくらいのビッグネームになると安い中古を探すのも一苦労です。

しかし、彼らの良さって、絶妙過ぎます。

みんなハチャメチャな演奏ぶりなのに、なんだかイデオロギーに毒されてないというか。

なんか、凄く適当な様で、だけど聴き込むべく重厚さや複雑さも備えている。

各々好き勝手やってる様に見えて、寧ろ凄く統制されている様にも思える。

これはピート・タウンゼントのギターと、キース・ムーンのドラムの間という、通常 気が狂いそうな場所に放り込まれたジョン・エントウィッスルの、必要に応じる形でへんてこにならざるを得なかったベースでかろうじてつなげられたサウンドに乗って、いちばん名前が出てこないボーカリスト、ロジャー・ダルトリーがやけに本格派でソウルフルな歌声を披露する、というフォーマットが、「ロック・ミュージック」としての圧倒的な正当性を何故か持ち得た事に由来する、ロック史上ただひとつの成功例だと思う。

ビートルズもストーンズもキンクスも、ドアーズですら、彼らに比べたらバンド内の1人か二人の目立ちたがりやの為に、単なる発表会へと堕する失敗に甘んじている。

the velvet undergroundの最初の二枚はいい線行ってたけれども、ジョン・ケイルが抜けてからの彼らは「ルー・リードのバンド」に成り下がってしまった。

つまり、何が言いたいのかと云えば…

ロックとは民主主義社会の垂れ流す廃棄物であり、その廃棄物の中でのたかだか四人で構成された家族程の小さな集団内ですら、全員が同じように主張しつつ、バランスを保って存在するのは至難の業だと言うことです。

あちらを立てればこちらが立たず、が、民主主義社会の偽らざる実情ではなかろうか。

くだらない長話をすみませんでした。

もう二度としません。
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