第1話 旅立ちの時
文字数 5,310文字
*R18の表現があります。
第一章 フランスへ
<ユウリの想い:恋人との別れ>
自宅のドアがバタンと開いた。
扉の前には、俺の恋人であり旦那の久我が立っている。何だか様子がおかしい。
「あっ、お帰り久我。ご飯できてるぞ」
久我が駆け寄って俺を抱きしめた。
「フランス出張決まった。出張期間は3週間。ユウリと離れる自信ない。出張、断ろうかな」
久我はいつもはスマートで男前の顔をグシャリと歪めて、アンバー系に少し緑色がさす瞳を潤ませてつぶやいた。
おい、お前は子供か?と笑い飛ばそうと思ったが、急の話に頭がついていかない。俺も離れるのは不安だ。
久我と付き合ってから5年目の春、俺たちはひと月弱の別離に直面することとなった。
・・・・・
俺の名前は雨夜 佑哩 。今年で33歳になった。
恋人は同じ会社の久我 永嗣 。ひとつ年上の会社の同期だ。
久我はアメリカの有名大学を院まで含めて5年で卒業したエリートだ。
ひとつ年上だとひけらかす事もなく、気さくでスマートで少し抜けている可愛い奴だ。
お互い男同性でありながら強く惹かれて、俺が28歳の時に付き合いはじめ、30歳で同性結婚した。
自分にこんな幸せが訪れるとは思いもしなかった。
彼との時間に感謝しながら過ごして、今年で3年になる。
俺たちは、グローバル企業フェノンのグループ本社として、マテリアルズ、イメージング、メディカル、インダストリアルの4つの領域で幅広い事業を展開している企業のに勤めている。
要は半導体から化粧品、医療品まで手広く扱う業務内容で、久我は幅広い知識を期待され営業部に所属している。
今度の出張は英語とフランス語が堪能な久我には良いチャンスであり、欧州展開の地盤固めとして重要なプロジェクトだ。
フェノン社としては重要な契約締結と今後の社の方向性を検討させるべく、語学に堪能で交渉力のある久我をフランスに送り出した。
今ではお互い側にいることが当たり前になり、社会的にも家族になった実感を少しずつ感じる。
付き合い始めの胸の高まりは控えめになってきたとはいえ、毎朝目覚めた時の幸福感は始めの頃と変わらず、お互いを求め合う気持ちも変わらないのが不思議だ。
そのためか、3週間と言う別離の期間は、俺の大阪転勤の遠距離恋愛の時を彷彿とさせた。
かつ国外という距離感と異国での思わぬ出来事に巻き込まれないかと言った心配事も含め、俺は不安な気持ちを振り払えない。
久我に万が一何かあったら、俺は一人で生きていけるのか?と本気で思う。
でも、彼には自分の能力と未来を切り開いてもらいたいとも思う。
だから、久我には離れて過ごす自信はないけど、頑張ってきてほしいと思いを伝えた。
久我は黙って頷き、涙ぐんだ。
出張が決まってからは慌しい毎日となった。
フランス出張は10日後で、久我は仕事やフランス各社とのスケジュール調整などに奔走し、お互いゆっくり過ごす時間はなかった。
俺は久我の出張支度を引き受け、おしゃれでアイロンがけが不要な彼に似合うスーツとシャツ、着心地の良いオーガニックの下着、爽やかなグリーンの香りのシャンプー類をスーツケースに詰めていく。
向こうでも洗濯や収納に困らないように、そして久我が一番輝いて見える俺のお気に入りの服を選んで。
「ただいま」
出発の前日の日付が変わる少し前、久我は帰宅した。明日の午前便で羽田空港からのフランス直行便に乗る予定だ。
簡単な夜ご飯と軽い白サングリアで、出張の無事を祈って乾杯した。笑顔を作ることに苦戦したが、なんとか誤魔化して最後まで俺は涙は見せなかった。
そして片付けを引き受け、久我を早めに風呂に入れて寝かしつけた。
雨が寝室の窓ガラスを叩く。雨音を聞きながら眠りに落ちるとき、久我は綺麗なアンバーの瞳で黙って俺を見つめていた。
まるで、広い砂浜で見つけた宝物を見つめるように、そして、それがまた波にさらわれてしまわないかと不安気に。
翌日は空港まで見送るため、会社に申請して午前休暇を取った。3週間と荷物が多いため、予約していたレンタカーで羽田空港に向かった。
雨上がりの朝、空気が少し冷たく、空が抜けるように綺麗で、この出張の無事を暗示するようで何だか安心した。
「フランス語が堪能だなんて、久我はさすがだな。アメリカにいた頃から習っていたの?」
平日のためか比較的空いている高速を走りながら久我に問いかけた。
久我はアメリカ人の母親と日本人の父親のハーフだ。母親はアメリカにいた頃に癌で若くして他界している。父親と兄が東京に住んでいる。
「小学校の時、フランス人の彼女がいてね。あっ、その頃は清い付き合いだよ。日本語を学びたいから教えてくれって。代わりにフランス語を教えてあげると言われてさ、それがきっかけで学びはじめたんだ。
フランス語の響きは綺麗だろ?まぁ、正直なところ日本語ほど綺麗な言葉はないと思っているけどね。
アメリカではアジア人と言われて何かと差別されたけど、多くのカルチャーや外国語に囲まれて勉強になったよ」
久我は淡々と答えた。
「久我みたいにハンサムなアジア人も差別するのか、意外だな。アメリカはもっと人にも文化にも自由な国かと思ったよ」
「俺みたいな濃い顔はアメリカに普通に沢山いるからな。それよりユウリみたいな線の細いスッとしたアジア人顔の方がモテるかな。だからユウリは1人で海外旅行はダメだぞ」
真剣に言うので思わず過保護め、と笑った。
空港では、5分ほど見つめ合い手を握り、別れを惜しんだ。
ずっと涙を我慢して笑い顔を作っていたのに、最後に軽く抱き合い身体を離した瞬間、久我の瞳に映る自分を見て、涙がこぼれた。
久我の瞳には行かないでと訴える、3割り増しに盛られた俺が映っていた。
コイツ、すぐに脳内補正するんだよな。まぁ、綺麗に映る分にはいいか。
ただ、俺は久我が好きだ。離れるのは本当に辛い。
久我は、涙と鼻水でグチャグチャの俺の顔をそっと両手で包んで、軽く鼻先と瞼、そして唇に口付けをした。
そして「続きは3週間後な」と言って、最高の笑顔を湛えて搭乗ゲートに消えた。
俺の身体は2つに引きちぎられたみたいにキシキシ音を立てた。
空港の屋上で、久我の飛行機が飛び立つのを見届けた。飛行機が雲に消えても、俺はしばらくその場を動けなかった。
第ニ章 君と離れて
<久我の想い:1日目>
フランスに向かう飛行機の中で、俺はほとんど寝て過ごした。15時間のフライト時間は目が覚めている間は雨夜こと、俺のユウリと離れる寂しさに向き合うのが辛くて、機内サービスのアルコールを多めに飲み、眠ることにした。
結婚してからも長期出張は何度かあったが、1週間以上は初めてだ。ユウリと離れるのがこんなに辛いなんて。
眠りにつくため目を閉じ、ユウリとの昨夜の時間を思い出した。
昨夜はベッドの上で、ユウリは膝枕して俺のダークブロンドの髪を優しく撫でてくれた。俺を安心させるためにだろう。
昨日のユウリはいつにも増して艶っぽく、吸い付くような質感で、肌はほんのり湿って滑らかさを増し、白く発光しているようだった。
ユウリは青みのある白肌で、ハーフの俺とは違う日本人的なきめ細やかな質感だ。
髪はツヤがあって美しい黒髪で、まるで濡烏 のようだ。女性なら大和撫子と言った趣きかもしれない。
昨日のユウリは一つ一つの所作が柔らかくて愛情深く、俺のことを優しく包み込むように抱きしめ、隙間なく俺から離れようとしなかった。
夢中になって本能のまま激しく揺さぶっても、嫌がることなく潤んだ瞳で俺を見つめ、脳が擦り切れそうな言葉にならない甘い声と吐息で、それに応えてくれた。
ユウリの締め付けがいつもに増して、俺の理性はあっけなく降参して我を失った。
気づけば雨音が止み、夜が白んでいた。
人見知りで多くを語らないユウリのその振る舞いに、言葉にならない何かが身体に刻まれ、ますます離れ難い絆ができた気がする。
フランスで、ユウリに褒められるような成果を出さないとな、と心に誓いながら、俺はフランスに着くまで深い眠りに落ちていた。
パリに着いたのは、日本では仕事の終わる夕方6時手前だった。
パリの夕焼けは綺麗だ。赤く、木々の葉の隙間から陽の名残りがスジ状に差し込み、1日貯めたエネルギーを発散して照らす。
ユウリに到着のメッセージを送り、夕暮れのパリの風景を送った。
「パリの夕日、綺麗だな。久我の目、夕日映って赤くなってるのかな、泣き虫だしな。そっちでも泣くなよ」
「ユウリだって泣いてたじゃないか、空港でも、ベットでも」
と返したら、顔の赤いスタンプが返ってきた。かわいいヤツ。
その日はまっすぐホテルに向かい、下のカフェで軽く食べてシャワーを浴びた。
ユウリのパッキングが上手いせいか、シャンプーや下着は迷いなく取り出すことができた。お任せしたので自分では全く選ぶことはなかったが、持ってきたもののチョイスが俺好みで、ユウリの気遣いを感じる。
しばらく滞在するホテルのため、荷物をチェストにしまうことにした。
しまい終わった時、スーツケースの一番下にA4のノートが入っていることに気づいた。表紙に小さくユウリの字で「久我へ」と書いてある。
胸の高まりを抑え、そっと開いてみると、表紙に「毎日1ページずつ読んでくれ」と書いてある。
ノートは見開き1ページが1日分で、今日の日付と手紙のような文章が書いてある。
毎日1回読めるように工夫してくれたようだ。
ユウリは忙しい中、俺が寂しくならないようにノートを作ってくれたようだ。
相変わらず、一見大人しく控えめなのに、時に大胆な行動をするユウリのサプライズは、俺の想像を遥かに超えた。
一日毎、仕事の予定、ちょっとした話、俺との思い出、そして俺と過ごした夜のことを書いていた。
結婚してからも恥ずかしがり屋の奥手で、表立って悦びを表現してくれないので、このサプライズ文章には本当に度肝を抜かれた。
————————————-
フランス出張 1日目
久我へ
俺のエイジ、旅の始まりは順調か?
飛行機お疲れさま。よく眠れたか?腰は痛くないか?お前は足が長いから、座席が狭くて辛くなかったか?
俺はお前を見送ってから、会社に出社するよ。例の化粧品の企画を進めないとだしな。
16時からメイクアップアーティストの花井 さんに会う予定なんだ。俺はよく化粧品のことは分からないけど、今は男性も化粧をする時代だから、うちの会社の化粧品の男性化粧品分野の進出も狙って、男性が美容に興味をもつきっかけに繋がる商品展開について考えてみるよ。
俺が美容とか本当にありえないよな。
それに、お前といて美の基準値が上がり過ぎて、美意識崩壊気味だし、普通の男を綺麗にしてもな、なんて思ってしまうよ。
でも、綺麗になりたい気持ちは男女問わず応援しないとな。
そうだ、久我と初めて出会った日は入社式だよな。随分かっこいいハーフがいるなって見惚れたよ。
瞳が綺麗な茶とグリーンが混じったように見えて、鶯茶の瞳?って思わず聞いたよな。そしたらお前、ウグイスチャ?初めて言われたって大笑いしてさ。
その後知ったんだけど、一般的にはアンバー色って言うんだな。茶色と緑が綺麗に融合した色。オリーブにも似てる。
でもその後は、お前は女性社員に囲まれてしまって話すことも出来なくなった。
俺はオシャレも知らないボサ男だったから、お前に話しかけるきっかけもなかったしな。
でもさ、研修終わって配属もそれぞれ別でほとんど合わなくなって2年後に、俺が休憩室にいた時に声をかけてくれたよな。
『雨夜、久しぶり!相変わらず可愛い顔してるな』って。ビビったよ。
可愛いなんて言われたの初めてだし、しかも男でイケメンのお前から言われたからさ。
俺が上司に仕事で怒られて落ち込んでいたの気づいてたのか?俺の好きなコーヒー牛乳買ってくれたよな。お前は無糖のコーヒーでさ。
そして、俺が新人の頃好きだと言っていた車のアニメの話を覚えてて、その話をして元気付けてくれて嬉しかった。
あの頃、まさかお前と3年後に付き合うなんて思わなかった。お前には美人の彼女がひっきりなしに居たからな。
俺はなかなか好きな子に巡り会わなかった。男ばかりの部署だったし、周りを蹴落とす性格悪いの多かったし。そんな環境で寂しかったけど、お前が何故だか頻繁に、俺を飲みに誘ってくれて嬉しかった。
飲みすぎて帰りに転びそうになった時、お前、俺の手をグッて握ったんだ。
その力強さにその夜、何度も握られた手を触っていた。同じ男なのに、力違うなって。その頃から好きになってたのかもな。
久我の力強いところ、とても好きだよ。
それと、夜のお前の重みと優しい手が恋しいよ。
ま、他にもな。
フランスで、身体には充分気をつけろよ。
雨夜 ユウリ
————————————-
はぁ、可愛い。ほんと、ユウリは可愛いの天才だ。
今すぐ東京に帰って抱きしめたい。。
俺は愛しい恋人を想って、ノートをベットの脇机に大切に保管した。明日からの楽しみが出来た。
俺は窓を開けてフランスの夜風を取り込んだ。
東の空に三日月が見える。三日月はまるでユウリが笑っているようだ。
遥か東で、ユウリも俺のことを思って眠りについている気がした。
第一章 フランスへ
<ユウリの想い:恋人との別れ>
自宅のドアがバタンと開いた。
扉の前には、俺の恋人であり旦那の久我が立っている。何だか様子がおかしい。
「あっ、お帰り久我。ご飯できてるぞ」
久我が駆け寄って俺を抱きしめた。
「フランス出張決まった。出張期間は3週間。ユウリと離れる自信ない。出張、断ろうかな」
久我はいつもはスマートで男前の顔をグシャリと歪めて、アンバー系に少し緑色がさす瞳を潤ませてつぶやいた。
おい、お前は子供か?と笑い飛ばそうと思ったが、急の話に頭がついていかない。俺も離れるのは不安だ。
久我と付き合ってから5年目の春、俺たちはひと月弱の別離に直面することとなった。
・・・・・
俺の名前は
恋人は同じ会社の
久我はアメリカの有名大学を院まで含めて5年で卒業したエリートだ。
ひとつ年上だとひけらかす事もなく、気さくでスマートで少し抜けている可愛い奴だ。
お互い男同性でありながら強く惹かれて、俺が28歳の時に付き合いはじめ、30歳で同性結婚した。
自分にこんな幸せが訪れるとは思いもしなかった。
彼との時間に感謝しながら過ごして、今年で3年になる。
俺たちは、グローバル企業フェノンのグループ本社として、マテリアルズ、イメージング、メディカル、インダストリアルの4つの領域で幅広い事業を展開している企業のに勤めている。
要は半導体から化粧品、医療品まで手広く扱う業務内容で、久我は幅広い知識を期待され営業部に所属している。
今度の出張は英語とフランス語が堪能な久我には良いチャンスであり、欧州展開の地盤固めとして重要なプロジェクトだ。
フェノン社としては重要な契約締結と今後の社の方向性を検討させるべく、語学に堪能で交渉力のある久我をフランスに送り出した。
今ではお互い側にいることが当たり前になり、社会的にも家族になった実感を少しずつ感じる。
付き合い始めの胸の高まりは控えめになってきたとはいえ、毎朝目覚めた時の幸福感は始めの頃と変わらず、お互いを求め合う気持ちも変わらないのが不思議だ。
そのためか、3週間と言う別離の期間は、俺の大阪転勤の遠距離恋愛の時を彷彿とさせた。
かつ国外という距離感と異国での思わぬ出来事に巻き込まれないかと言った心配事も含め、俺は不安な気持ちを振り払えない。
久我に万が一何かあったら、俺は一人で生きていけるのか?と本気で思う。
でも、彼には自分の能力と未来を切り開いてもらいたいとも思う。
だから、久我には離れて過ごす自信はないけど、頑張ってきてほしいと思いを伝えた。
久我は黙って頷き、涙ぐんだ。
出張が決まってからは慌しい毎日となった。
フランス出張は10日後で、久我は仕事やフランス各社とのスケジュール調整などに奔走し、お互いゆっくり過ごす時間はなかった。
俺は久我の出張支度を引き受け、おしゃれでアイロンがけが不要な彼に似合うスーツとシャツ、着心地の良いオーガニックの下着、爽やかなグリーンの香りのシャンプー類をスーツケースに詰めていく。
向こうでも洗濯や収納に困らないように、そして久我が一番輝いて見える俺のお気に入りの服を選んで。
「ただいま」
出発の前日の日付が変わる少し前、久我は帰宅した。明日の午前便で羽田空港からのフランス直行便に乗る予定だ。
簡単な夜ご飯と軽い白サングリアで、出張の無事を祈って乾杯した。笑顔を作ることに苦戦したが、なんとか誤魔化して最後まで俺は涙は見せなかった。
そして片付けを引き受け、久我を早めに風呂に入れて寝かしつけた。
雨が寝室の窓ガラスを叩く。雨音を聞きながら眠りに落ちるとき、久我は綺麗なアンバーの瞳で黙って俺を見つめていた。
まるで、広い砂浜で見つけた宝物を見つめるように、そして、それがまた波にさらわれてしまわないかと不安気に。
翌日は空港まで見送るため、会社に申請して午前休暇を取った。3週間と荷物が多いため、予約していたレンタカーで羽田空港に向かった。
雨上がりの朝、空気が少し冷たく、空が抜けるように綺麗で、この出張の無事を暗示するようで何だか安心した。
「フランス語が堪能だなんて、久我はさすがだな。アメリカにいた頃から習っていたの?」
平日のためか比較的空いている高速を走りながら久我に問いかけた。
久我はアメリカ人の母親と日本人の父親のハーフだ。母親はアメリカにいた頃に癌で若くして他界している。父親と兄が東京に住んでいる。
「小学校の時、フランス人の彼女がいてね。あっ、その頃は清い付き合いだよ。日本語を学びたいから教えてくれって。代わりにフランス語を教えてあげると言われてさ、それがきっかけで学びはじめたんだ。
フランス語の響きは綺麗だろ?まぁ、正直なところ日本語ほど綺麗な言葉はないと思っているけどね。
アメリカではアジア人と言われて何かと差別されたけど、多くのカルチャーや外国語に囲まれて勉強になったよ」
久我は淡々と答えた。
「久我みたいにハンサムなアジア人も差別するのか、意外だな。アメリカはもっと人にも文化にも自由な国かと思ったよ」
「俺みたいな濃い顔はアメリカに普通に沢山いるからな。それよりユウリみたいな線の細いスッとしたアジア人顔の方がモテるかな。だからユウリは1人で海外旅行はダメだぞ」
真剣に言うので思わず過保護め、と笑った。
空港では、5分ほど見つめ合い手を握り、別れを惜しんだ。
ずっと涙を我慢して笑い顔を作っていたのに、最後に軽く抱き合い身体を離した瞬間、久我の瞳に映る自分を見て、涙がこぼれた。
久我の瞳には行かないでと訴える、3割り増しに盛られた俺が映っていた。
コイツ、すぐに脳内補正するんだよな。まぁ、綺麗に映る分にはいいか。
ただ、俺は久我が好きだ。離れるのは本当に辛い。
久我は、涙と鼻水でグチャグチャの俺の顔をそっと両手で包んで、軽く鼻先と瞼、そして唇に口付けをした。
そして「続きは3週間後な」と言って、最高の笑顔を湛えて搭乗ゲートに消えた。
俺の身体は2つに引きちぎられたみたいにキシキシ音を立てた。
空港の屋上で、久我の飛行機が飛び立つのを見届けた。飛行機が雲に消えても、俺はしばらくその場を動けなかった。
第ニ章 君と離れて
<久我の想い:1日目>
フランスに向かう飛行機の中で、俺はほとんど寝て過ごした。15時間のフライト時間は目が覚めている間は雨夜こと、俺のユウリと離れる寂しさに向き合うのが辛くて、機内サービスのアルコールを多めに飲み、眠ることにした。
結婚してからも長期出張は何度かあったが、1週間以上は初めてだ。ユウリと離れるのがこんなに辛いなんて。
眠りにつくため目を閉じ、ユウリとの昨夜の時間を思い出した。
昨夜はベッドの上で、ユウリは膝枕して俺のダークブロンドの髪を優しく撫でてくれた。俺を安心させるためにだろう。
昨日のユウリはいつにも増して艶っぽく、吸い付くような質感で、肌はほんのり湿って滑らかさを増し、白く発光しているようだった。
ユウリは青みのある白肌で、ハーフの俺とは違う日本人的なきめ細やかな質感だ。
髪はツヤがあって美しい黒髪で、まるで
昨日のユウリは一つ一つの所作が柔らかくて愛情深く、俺のことを優しく包み込むように抱きしめ、隙間なく俺から離れようとしなかった。
夢中になって本能のまま激しく揺さぶっても、嫌がることなく潤んだ瞳で俺を見つめ、脳が擦り切れそうな言葉にならない甘い声と吐息で、それに応えてくれた。
ユウリの締め付けがいつもに増して、俺の理性はあっけなく降参して我を失った。
気づけば雨音が止み、夜が白んでいた。
人見知りで多くを語らないユウリのその振る舞いに、言葉にならない何かが身体に刻まれ、ますます離れ難い絆ができた気がする。
フランスで、ユウリに褒められるような成果を出さないとな、と心に誓いながら、俺はフランスに着くまで深い眠りに落ちていた。
パリに着いたのは、日本では仕事の終わる夕方6時手前だった。
パリの夕焼けは綺麗だ。赤く、木々の葉の隙間から陽の名残りがスジ状に差し込み、1日貯めたエネルギーを発散して照らす。
ユウリに到着のメッセージを送り、夕暮れのパリの風景を送った。
「パリの夕日、綺麗だな。久我の目、夕日映って赤くなってるのかな、泣き虫だしな。そっちでも泣くなよ」
「ユウリだって泣いてたじゃないか、空港でも、ベットでも」
と返したら、顔の赤いスタンプが返ってきた。かわいいヤツ。
その日はまっすぐホテルに向かい、下のカフェで軽く食べてシャワーを浴びた。
ユウリのパッキングが上手いせいか、シャンプーや下着は迷いなく取り出すことができた。お任せしたので自分では全く選ぶことはなかったが、持ってきたもののチョイスが俺好みで、ユウリの気遣いを感じる。
しばらく滞在するホテルのため、荷物をチェストにしまうことにした。
しまい終わった時、スーツケースの一番下にA4のノートが入っていることに気づいた。表紙に小さくユウリの字で「久我へ」と書いてある。
胸の高まりを抑え、そっと開いてみると、表紙に「毎日1ページずつ読んでくれ」と書いてある。
ノートは見開き1ページが1日分で、今日の日付と手紙のような文章が書いてある。
毎日1回読めるように工夫してくれたようだ。
ユウリは忙しい中、俺が寂しくならないようにノートを作ってくれたようだ。
相変わらず、一見大人しく控えめなのに、時に大胆な行動をするユウリのサプライズは、俺の想像を遥かに超えた。
一日毎、仕事の予定、ちょっとした話、俺との思い出、そして俺と過ごした夜のことを書いていた。
結婚してからも恥ずかしがり屋の奥手で、表立って悦びを表現してくれないので、このサプライズ文章には本当に度肝を抜かれた。
————————————-
フランス出張 1日目
久我へ
俺のエイジ、旅の始まりは順調か?
飛行機お疲れさま。よく眠れたか?腰は痛くないか?お前は足が長いから、座席が狭くて辛くなかったか?
俺はお前を見送ってから、会社に出社するよ。例の化粧品の企画を進めないとだしな。
16時からメイクアップアーティストの
俺が美容とか本当にありえないよな。
それに、お前といて美の基準値が上がり過ぎて、美意識崩壊気味だし、普通の男を綺麗にしてもな、なんて思ってしまうよ。
でも、綺麗になりたい気持ちは男女問わず応援しないとな。
そうだ、久我と初めて出会った日は入社式だよな。随分かっこいいハーフがいるなって見惚れたよ。
瞳が綺麗な茶とグリーンが混じったように見えて、鶯茶の瞳?って思わず聞いたよな。そしたらお前、ウグイスチャ?初めて言われたって大笑いしてさ。
その後知ったんだけど、一般的にはアンバー色って言うんだな。茶色と緑が綺麗に融合した色。オリーブにも似てる。
でもその後は、お前は女性社員に囲まれてしまって話すことも出来なくなった。
俺はオシャレも知らないボサ男だったから、お前に話しかけるきっかけもなかったしな。
でもさ、研修終わって配属もそれぞれ別でほとんど合わなくなって2年後に、俺が休憩室にいた時に声をかけてくれたよな。
『雨夜、久しぶり!相変わらず可愛い顔してるな』って。ビビったよ。
可愛いなんて言われたの初めてだし、しかも男でイケメンのお前から言われたからさ。
俺が上司に仕事で怒られて落ち込んでいたの気づいてたのか?俺の好きなコーヒー牛乳買ってくれたよな。お前は無糖のコーヒーでさ。
そして、俺が新人の頃好きだと言っていた車のアニメの話を覚えてて、その話をして元気付けてくれて嬉しかった。
あの頃、まさかお前と3年後に付き合うなんて思わなかった。お前には美人の彼女がひっきりなしに居たからな。
俺はなかなか好きな子に巡り会わなかった。男ばかりの部署だったし、周りを蹴落とす性格悪いの多かったし。そんな環境で寂しかったけど、お前が何故だか頻繁に、俺を飲みに誘ってくれて嬉しかった。
飲みすぎて帰りに転びそうになった時、お前、俺の手をグッて握ったんだ。
その力強さにその夜、何度も握られた手を触っていた。同じ男なのに、力違うなって。その頃から好きになってたのかもな。
久我の力強いところ、とても好きだよ。
それと、夜のお前の重みと優しい手が恋しいよ。
ま、他にもな。
フランスで、身体には充分気をつけろよ。
雨夜 ユウリ
————————————-
はぁ、可愛い。ほんと、ユウリは可愛いの天才だ。
今すぐ東京に帰って抱きしめたい。。
俺は愛しい恋人を想って、ノートをベットの脇机に大切に保管した。明日からの楽しみが出来た。
俺は窓を開けてフランスの夜風を取り込んだ。
東の空に三日月が見える。三日月はまるでユウリが笑っているようだ。
遥か東で、ユウリも俺のことを思って眠りについている気がした。