第12話 横領犯の妻の依頼

文字数 2,830文字

 また新しい仕置き依頼が届いた。最近はある程度存在が知れるようになったのか、まだ数は少ないが日本全国から依頼が届くようになった。

 今回は汚職絡みで自殺した本人の家族からの依頼だった。

 依頼したのは妻だ。夫は決して自殺するような人ではない。きっと会社に殺されたんだと言った。

 しかし警察では証拠がないと相手にされなかったらしい。そこで犯人を突き止めて仕置きして欲しいと言う依頼だった。しかもそれは東京の住人だ。

 本来この様なものは依頼対象にはならない。相手がわかっているのに法的にはどうする事も出来ないので、闇で仕置きをして欲しいと言うのが本来の形だ。

 犯人探しまでは含まれてはいない。これでは警察の真似事までやらなくてはならなくなってしまう。

 前回の田辺順平の娘の件は特例だ。

 さてどうしたものかとジンは考えていた。

 ただ相手は大手のゼネコン企業だ。前々から黒い噂はあった。しかしいずれも証拠不十分で検察の特捜班も手が出せなかったらしい。

 もしかすると官憲にも賄賂と言う手が回っていたのかも知れない。

 ただ警察や検察と仕置人との違いは、仕置人に証拠は必要ないと言う事だ。

 相手が悪いと言う事がわかればそれでいい。後は「悪即斬」だ。

 いいだろう。今回はその依頼受けてやろうと思った。ただし相手は大物だ。そしてもしかすると事は政界にも及ぶかも知れない。

 障害も色々と多いかも知れないが、それはそれでまた面白いかも知れないと思っていた。

 ジンのハッキング能力に掛かればどんな物でも暴き出されてしまう。どんなに厳重な障壁をコンピューターに掛けていてもだ。

 そもそもジンのハッキングと言うのは、普通のハッカー達がやってるようなパスワードを攻略して中に入り込む方法ではない。

 ジンの精神意識自体がコンピューターのネット世界の中に入り込んで障壁をすり抜けてしまうのだ。これではどんな防護障壁でも守る事は出来ない。

 そしてジンは丸坂建設の膨大な資料の中から汚職と収賄に関する資料を探し出した。

 その中心人物と関係閣僚の名前と何故依頼人の主人が自殺しなければならなかったか。いや、あれは自殺ですらなかった。殺人だった。

 それらの資料と条件が全て揃った所で、ジンは仕置きの指令をスザクに出した。今回は東京出張だ。

「面白いじゃないの。今回もまた大量仕置きが出来るのね」
「おいおい、会社は潰すんじゃないぞ。その中心人物だけだ」
「わかってるわよ」

 そう言ってスザクは嬉々として飛び出して行った。

 そしてスザクがやって世間の度肝を抜いたのは、丸坂建設の社長と建設大臣の二人揃っての首つり自殺だった。

 二人共木から吊るされ、胸のポケットには汚職と賄賂の証拠となる書類が詰め込まれていた。

 これには日本中のマスコミが驚き騒いだ。今まで警察が何度捜査しても一度も検挙する事が出来なかった証拠が出て来たのだ。驚くなと言う方が無理だろう。

 当然これは政界にも激震が走った。脛に傷持つ者達はパニックに陥った。

 ただ問題はあれは本当に自殺だったのかと言う事だ。二人共我が強く独裁的で周りは敵だらけだった。

 そんな中でも生き延びて来た二人だ。普通そんな俗物が自殺などするかと言う話だ。

 一体どっちが先に自殺してどっちが後を追ったのだ。そんな事を双方許すような奴らかと言うのが捜査陣達の見方だった。

 ではあれは何だ。自殺に見せかけた殺人か。では何の為に。

 世間で言う所の正義の志士か、それとも誰かに依頼された殺人かと言う意見も飛び出した。

 ただ殺人の証拠は何処からも出て来なかった。

 しかし事件はそれだけではなかった。今回の汚職事件に関与したと思われる他の役員達が、一人一人と殺され始めたのだ。

 一人はあるパーティの席上で、ある者は町の人ごみの中で、またある者はゴルフの練習場で。

 しかしどれれもこれも殺人を証明出来る物は何一つなかった。ただこの人脈を見れば連続殺人だと疑うのに十分だった。

 しかし証拠がない。ただそんな時、各会場にいつも同じ一人の背の高い女性がいたと言う証言が取れた。しかもそれは物凄い美人だったと言う。

 その女性の素性を洗ったが何もわからなかった。パーティ会場の招待客のリストに書かれた名前はでたらめで住所も嘘だった。

 捜査員達は全力でその女性の正体の割り出しに走ったが何の手がかりも掴む事は出来なかった。

 そもそも仮にその女性が見つかったとしても、あのパーティの会場で、被害者横野昭三のワイングラスに毒を入れる事は不可能だった。

 あのワイングラスは不特定多数に配られたグラスで誰か特定の人間を狙ってそのグラスだけに毒を盛る事など出来なかった。

 しかもあの時、その女性は横野昭三に近づいてもいない。部屋の端でワインを飲んでいただけだと言う証言がある。

 ではどうしてあの場で毒を盛る事が出来るのだ。それこそ不可能な事だった。他の事件を挙げても全てそうだった。

 しかもあの程度の個人パーティで偽名を使った所で公文書偽造罪にも私文書偽造罪にも問えない。これではお手上げだ。

 結局この事件も犯人がわからずお宮入りとなった。しかし誰かが意図して、この一連の人物達を殺害したのは間違いない事実だった。

 そこで警視庁強行犯の石詰刑事は最近世間で噂になっている「闇の仕置人」と呼ばれる物に注目してみた。

 勿論これは都市伝説の様なものだと思っていた。しかしもしそれが本当なら。

 その犯人ならこう言う事をしたのではないかと思った。そしてその仲間があの背の高い女性だとしたら、何となく筋が通る様に思えた。その殺害方法まではわからなかったが。

 それで石詰はこの事件で被害にあった者達を調べ出した。誰が一番恨みを抱くだろうかと。

 そして行きついた先が、会社の金を横領したとして自殺した経理課長、植崎丈一郎だった。

 石詰はこの課長の立場なら裏金の流れを知っていたとしてもおかしくはないと思った。

 実際この植崎課長は献金疑惑で地検特捜部にも事情聴取されていた。その矢先の自殺だ。普通はおかしいと思うだろう。

 しかしその捜査は自殺として打ち切られた。石詰は腑に落ちなかった。何故自殺なんだと。

 もしかしたら捜査に圧力がかかったのではないかと思った。そこで石詰はこの植崎課長の家族に会ってみようと思った。

 家族は妻と二人の娘、娘達は皆それぞれに嫁いで家庭を築いていた。

 ただ妻は最近心臓麻痺で死んだと言う事だった。心臓麻痺で死んだ。まさかなと思った。

 その都市伝説では闇の仕置人への報酬は依頼人の命だと言われていたからだ。

『おいおい、まじかよ』

 石詰が更に調べを進めて行くと、当初娘達の父親が横領をして自殺をしたと言う事で、嫁ぎ先で随分と肩身の狭い思いをしていたそうだ。

 それが今回の事件で父親の事件まで濡れ衣ではないかと言われ始めた。もしこれが死んだ母親の依頼した事だとしたら。

 石詰は何故か背筋が寒くなる思いがした。
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登場人物紹介

神谷仁(ジン)

若くしてアメリカに渡り、その人生の殆どをアメリカで過ごした。

老後にして仁はアストラルボディなるものに挑戦していた。

自分の精神を肉体から切り離して自由な世界に飛び出そうとしていた。

そしてそれは遂に叶った。そこで仁は予期せぬ宇宙意識と遭遇した。

宇宙意識にエネルギーの増幅を得て、今後はアストラルボディとして生きて行く事を決意し、

自分の肉体を殺して自由になって世の中に飛び出して行った。

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