第13話 中央機関の反撃

文字数 3,316文字

 ジンはこれで一つの依頼が終わったと思った。首尾は完全だった。

 目的の人物の仕置きは終わったし、会社と政界の不正も表に出た。

 ジンはこの時の不正の証拠を各マスコミ関係にも送っておいた。

 これでかって会社の金を使い込みをしたと言う理由で自殺した植崎丈一郎課長の自殺も疑われるようになった。

 こうなると困るのは警察の方だった。上からの圧力で無理やり自殺として処理したのだ。ここで蒸し返されたらたまったものではない。

 下手したら署長の首ですら飛びかねない。

 こんな時に更に飛んでもない物がネット上に流された。それはこの事件の警察の供述調書だった。

 最初のが検察に上げられた調書だが、もう一枚あった。それはオリジナルの調書で、植崎丈一郎は決して自白はしていなかった。

 それを改ざんした形跡のある二枚目の調書が警察側の調書として検察に提出されたものだった。

 これには世間が驚いた。警察はこんな事をして無実の人間を陥れるのかと。

 その抗議は警察庁や国家公安委員会、更には政府にまで及んだ。

 結局当該所轄署の署長が責任を取って辞職し、幹部一同が記者会見で謝罪し、植崎丈一郎氏の無罪を証言した。これでやっと故人の無念も晴れた事だろう。

 しかしこれは世間的には良かったかも知れないが、国の中枢に取っては看過出来ない出来事だった。

 今回の事で警察に対する信用も失墜し、政界の黒い闇も浮き彫りにされかけた。

 政府のある部署の者達は、今回の事件の裏には例の「闇の仕置人」と呼ばれているテロ集団が絡んでいると見ていた。

 そしてこのまま放置しておくのは危険だ。各関連部署に伝達を出して「闇の仕置人」壊滅計画なるものを立てた。

 この指揮を取っていたのは内閣調査室と首相直属の特別地域対策部だったが、この手先となって動いていたのは各地県警の公安部だった。

 そしてこの特別地域対策部と言うのは表にはない部署だ。首相の裏の仕事を請け負う部署と言っても良かった。

 それからと言うもの、あのサイト「現代の闇の仕置人」にアクセスするネットユーザを徹底的に監視し始めた。

 流石は警察のサイバー対策室、それは個人の特定にまで及んでいた。

 ただこのサイトのサーバーだけは何処をどう調査しても辿り着く事が出来なかった。

 それで彼らが今しようとしている事は、依頼人が接触しようとしている人物を確保する事だった。

 まさか事実確認もせずに仕置きの依頼を受けるとは思えない。それに依頼時に交わされるであろう契約の事や金銭の事もあるだろう。 

 だから必ず誰か連絡人と接触するだろうと見ていた。

 その時調査対象に上がったのが、息子を交通事故で殺された夫婦だった。高速であおりお運転をかけられて、慌てて運転を誤りガードレールに激突して死んだ。

 しかしこの時の犯人は殺人罪に問われる事もなく業務上過失致死で軽い刑を言い渡されただけだった。

 これを不服として上告したが結局は却下された。こうなればもう「闇の仕置人」に頼むしかないとコンタクトを取ったらしい。勿論その代価が依頼人の命だと知った上で。

 この辺りの事情を調べ上げた仕置人特別対策班は、この夫婦は必ず仕置人とコンタクトを取ると24時間監視体制を敷いた。

 そしてその夫婦は遂に動いた。神奈川のとある喫茶店で一人の男と会っていた。

 その男は年の頃なら60前後だろか、毅然とした態度で髪の毛には少し白髪が混じっていた。

 身なりは悪くはない。ちゃんと背広にネクタイを締めていた。

 調査員達は二人が接触して、会話に入るのを待っていた。その為に集音マイクも用意していた。

 もし殺人依頼の一言でも出たら殺人教唆と殺人予備罪でしょっ引こうと思っていた。

 その夫婦が本題に入ろうとした時、その男がいきなり話をさえぎって、「今日はここまでにしておきましょう」と言って席を立った。

 ここで見逃したら後がないと思った刑事達は緊急逮捕に踏み切った。罪状はテロ準備罪だ。

 随分といい加減な罪状で逮捕したものだが、そんな事は後で何とでもなると思っていた。それこそが国家権力だ。

 田所順平ことジンは神奈川県警本部の取調室に連れ込まれていた。県警とはまた随分と豪華な所に連れて来てくれるものだと思った。

 しかもあの時の手法は完全に囮捜査、普通の警察官がする事ではない。ならやはり公安絡みかとジンは思っていた。

「まずはあんたの名前を聞かせてもらおうか」
「拒否します」
「なに、では住所は」
「それも拒否します」
「おまえな、それで通ると思ってるのか」

「では聞きますが、私はどんな罪でここに連れて来られたんですか」
「テロ準備罪だ」
「ではその証拠は。私達がそのような事を話していた内容でも録音してあると言うのですか。あるのなら聞かせてください」
「貴様」

「これは警察の横暴、もしくは暴力ですよね。ついこの間も無実の人間を、警察が取り調べ調書を捏造してそれが発覚した事件がありましたよね。それと同じ事をまたやろうと言うのですか」
「き、貴様、ではお前はあの時何の話をしていた」
「容疑者でもない一般市民に対して貴様はないでしょう。これはあくまで参考人聴取ですよね。これもまたマスコミに通報しておきます」

「いい、俺が変わろう。部下がぶしつけな言い方をした様だ。申し訳ない。ではもう一度聞きます。貴方はあそこでどんな話をしていましたか」
「調査依頼を受ける所でした」
「受ける所と言うとまだ依頼は受けていないと」
「ええ、その前に無理やりここに連れて来られましたのでね」

「それは間違いないのか」
「はい、逃げようとしましたので」
「当り前でしょう、それでなくても大事な話をしようとしていたのです。そんな時に人相の悪そうな人達が聞き耳を立てていれば誰だって逃げるでしょう」

「聞き耳をてているとどうしてわかったのですか」
「いきなりここに連れて来られたのがその証拠でしょう。それにあの時確か、机の下に集音マイクを出していましたよね。そりゃ逃げるでしょう」

 部下の一人はバツの悪そうな顔をしていた。

「申し訳ないのですが、職業など教えていただると助かるのですが」
「私は私立探偵をやってます。今回は依頼人からの事実関係を調べて欲しいと言う事でした」
「その事実関係とは」

「それは守秘義務がありますので申し上げられませんが、調査するのにテロ準備罪はないでしょう。それに相談もまだ始まってなかったのに。何なら国家公安委員会にでも報告しますか」
「いや、それには及びません。この度は失礼いたしました。ご無礼の段お詫びいたします」

 こうしてジンは釈放されたが当然ながら尾行は付いていた。

『やはり尾行が付いてるか。もう少しやらせておいて後で巻くか』

「班長、予定通り尾行をつけておきました」
「わかった。しかしあの男、もしかすると一筋縄ではいかんかもしれんな」
「どう言う事ですか」
「あの男こちらの事情もある程度知っているようだ」
「ならやはり『仕置人』の関係者」
「かも知れんな。それにあのクソ度胸、昨日今日で付いたもんじゃないだろう。まだ大分隠し玉を持っていそうだな」

 地下鉄に乗る所までは尾行していたがそこできっぱりと巻かれてしまった。

 まさかプロの俺達がと思ったが、もうその男は何処にもいなかった。

 この刑事達は後で大目玉を食らう事になった。

 この田所順平もまたジンが拾って来た人間だった。勿論精神はジンが吸収した。

 田所順平は現役の私立探偵だ。大阪で私立探偵として正規に登録してある。勿論戸籍もある。

 そしてこの田所にはコンタクターとしての役割を与えていた。仕置人依頼の前に事実確認をする。その為の調査をこの田所がすると言う設定になっていた。

 そしてこれは純然たる私立探偵への調査依頼で正規の料金で依頼人から受け取っている。

 ただその結果は仕置人に行くと言う事になるのだがそれを知る者はいない。

 あくまで調査を請け負っているだけだから違法ではない。それで殺人を指示する訳でも依頼する訳でもない。

 あくまで調査結果を渡すだけだ。その後どうするのか決定するのは仕置人自身と言う事になる。

 それに関しては探偵の関知した事ではないと言う建前だ。
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登場人物紹介

神谷仁(ジン)

若くしてアメリカに渡り、その人生の殆どをアメリカで過ごした。

老後にして仁はアストラルボディなるものに挑戦していた。

自分の精神を肉体から切り離して自由な世界に飛び出そうとしていた。

そしてそれは遂に叶った。そこで仁は予期せぬ宇宙意識と遭遇した。

宇宙意識にエネルギーの増幅を得て、今後はアストラルボディとして生きて行く事を決意し、

自分の肉体を殺して自由になって世の中に飛び出して行った。

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