聖家族のアドベントカレンダー③

文字数 1,428文字

 Wiederholung(リプレイ) XV.

 ミツハは、手製の布ボールでのリフティングの練習を毎日欠かさない。

 この練習は誰にも見つかりたくなかった。
 ドイツがサッカーの強豪国になるのは戦後、ワールドカップ45の優勝からである。
 サッカー選手になりたい、というような分不相応な望みを持っているわけではなかった。

 その一刹那に、確実に対象物を足の甲で捉え、打ち返す。必要なのはそれだけだ。
 何よりも、可愛い4歳の少女(ヒヨル)を泣き顔にさせないためだった。
 だから、ミツハのリフティングには余念がない。

 そして、気をつけないといけない時間帯にはいる時には、ミツハはカウントを始める。
 どのタイミングがどう影響するのかは、まだ経験値不足で未知数だった。
 正確にカウントしつづけることが、今は最も重要なのだ。



 ヒヨルはわあいっと全身で声を上げ、「1」のプレゼントボックスを頭上に掲げながら長椅子にいる家族の元に駆け戻る。
 両親の間にぽんと腰を下ろすと、中から出てくる品を一つ一つ満面の笑顔で両親に見せてやる。

 ピカピカ光るコインを半ズボンのポケットに大切に納め、次にキャンディーを真っ先に長椅子の後ろに控えているミツハに、残りを両親とテディベアに順番に分け与えた。

 甘いキャンディーを口に含んで上機嫌なヒヨル。ヒヨルを両側から抱きしめるようにして微笑む両親。
 それはミツハの見守る中、「ある家族(アイネ・ファミリエ)」というタイトルの肖像画に相応しい、ありふれたアドベントの朝のシーンにぴたりと当てはまる。

 ――その全てが、ミツハの中では恒例のルーティンだったのだが。
 今回も、タイミングが少しずれてしまった。

 ()()()()()()()()()()()()

 カウントがどうしても乱れてしまう。
 ミツハは、この街を焼き尽くした大爆撃で受けた衝撃をまだ引きずっているのだ。
 それはほとんど、ヒヨルを永久に失うかもしれないという恐怖だった。

 だがもうその時はうまく乗り越えている。
 冷静になり速やかに乗り越えねば、とミツハは自身に言い聞かせた。
 ヒヨルにだけは、この動揺を毛ほども悟らせてはならないのだ。

 道路一つ隔てたところにある崩れかけた教会のあたりで、爆弾が炸裂する音がして、地響きと共に壁が振動した。

 ヒヨルがミツハに目線を投げてくる。
 大きな碧い瞳にいっぱいの信頼を込めて。

 そうです、ヒヨルさま、わたしはいつでもあなたさまをお守りします。
 どんな時でも。どんなことがあろうとも。
 大丈夫、ここにはもう二度と怖いことは起こりませんよ、とミツハは微笑んで見せる。

 ヒヨルは頷き、無邪気に微笑み返してきた。
 小首をかしげるようにしてさらに続く爆撃音の音程を確かめると、るるるんと喉の奥でそれとは逆位相の音を鳴らした。

 やがて爆音が消えると、ヒヨルは、リビングに残る張り詰めた空気を蹴飛ばすように、勢いよく長椅子から飛び降りた。
 とととっとアドベントカレンダーに走り寄って、ヒヨルは足台の上に片足をかけた。

 ヒヨルは全身をミツハに預け、その体勢から、見上げるほど大きいアドベントカレンダーの中程にぶら下がった「1」という番号をふられた卵形の飾りに手を伸ばした。

 ――さあ、アドベントの始まりだ!

 家族の間に華々しく漲ったクリスマスムードの頂点で、()()は起こった。
 卵の飾りがヒヨルの手から転げ落ち、灰色の床の上で音を立てて割れる――

 その一刹那に、ミツハは練習で培った全てを注ぎ込んだ。


     >>>③につづく(④まで)
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登場人物紹介

ヒヨル(ノルウェー人と日本人のハーフ:女、4歳)

本名:ヒヨルムスリム・瀬織(せおり)・フォン・ゾンネンブルク

伝説のセイレーンの超えた異能の歌声で現象を変化させられるが、本人は幼いため無自覚

ミツハ(日本人:男、16歳)

本名:|御津羽 伊吹(みつは・いぶき)

ヒヨルに絶対忠誠を誓う守護執事(ガーディアンバトラー)

異能はないのだが、生い立ち等いろいろと謎の多い少年

ブリュンヒルド(ノルウエー人:女)、ヒヨルの母親、20代後半

レーベンスボルン計画の一環として異能力者同士の結婚をさせられた二人、夫婦喧嘩が絶えない


本名:ブリュンヒルド、職業は有閑マダム

北欧にあるワルプルギウス修道会の魔女

ハオラン(日本人:男)、ヒヨルの父親、20代後半

レーベンスボルン計画の一環として異能力者同士の結婚をさせられた二人、夫婦喧嘩が絶えない


本名:ハオラン・淤加美(おかみ)・フォン・ゾンネンブルク、職業は刀鍛冶

さるやんごとな気お方から勅命を受けてドイツにやってきた陰陽師


ドクトル・ヘス(ドイツ人:男、30代)

ヴィラを支配するマッドサイエンティスト、《ミューズの愛し子たち》計画の首謀者

女嫌いで残虐非道な夢想家

超強力なテレパシー能力で人間を想いのままに操る

【第五話の語り役】

ハインリッヒ(チェコスロバキア人:男、15歳)、

暴力的でシニカルな性格

《ミューズの愛し子たち》のメンバーで、強力なテレキネシス能力を持つ

【第六話の語り役】

アレクサンドル(アルザス人:男、14歳)

心は女性のバレリーナ

《ミューズの愛し子たち》のメンバーで、優れた霊能力を持つ

【第七話の語り役】

フリードリッヒ(ドイツ人、男、17歳)

シャーデンフロイデになりきれないナイーヴな少年

《ミューズの愛し子たち》のメンバーで、卓越したテレポーテーション能力を持つが、たまに時軸がズレる癖がある

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