聖家族のアドベントカレンダー③
文字数 1,428文字
ミツハは、手製の布ボールでのリフティングの練習を毎日欠かさない。
この練習は誰にも見つかりたくなかった。
ドイツがサッカーの強豪国になるのは戦後、ワールドカップ45の優勝からである。
サッカー選手になりたい、というような分不相応な望みを持っているわけではなかった。
その一刹那に、確実に対象物を足の甲で捉え、打ち返す。必要なのはそれだけだ。
何よりも、
だから、ミツハのリフティングには余念がない。
そして、気をつけないといけない時間帯にはいる時には、ミツハはカウントを始める。
どのタイミングがどう影響するのかは、まだ経験値不足で未知数だった。
正確にカウントしつづけることが、今は最も重要なのだ。
ヒヨルはわあいっと全身で声を上げ、「1」のプレゼントボックスを頭上に掲げながら長椅子にいる家族の元に駆け戻る。
両親の間にぽんと腰を下ろすと、中から出てくる品を一つ一つ満面の笑顔で両親に見せてやる。
ピカピカ光るコインを半ズボンのポケットに大切に納め、次にキャンディーを真っ先に長椅子の後ろに控えているミツハに、残りを両親とテディベアに順番に分け与えた。
甘いキャンディーを口に含んで上機嫌なヒヨル。ヒヨルを両側から抱きしめるようにして微笑む両親。
それはミツハの見守る中、「
――その全てが、ミツハの中では恒例のルーティンだったのだが。
今回も、タイミングが少しずれてしまった。
カウントがどうしても乱れてしまう。
ミツハは、この街を焼き尽くした大爆撃で受けた衝撃をまだ引きずっているのだ。
それはほとんど、ヒヨルを永久に失うかもしれないという恐怖だった。
だがもうその時はうまく乗り越えている。
冷静になり速やかに乗り越えねば、とミツハは自身に言い聞かせた。
ヒヨルにだけは、この動揺を毛ほども悟らせてはならないのだ。
道路一つ隔てたところにある崩れかけた教会のあたりで、爆弾が炸裂する音がして、地響きと共に壁が振動した。
ヒヨルがミツハに目線を投げてくる。
大きな碧い瞳にいっぱいの信頼を込めて。
そうです、ヒヨルさま、わたしはいつでもあなたさまをお守りします。
どんな時でも。どんなことがあろうとも。
大丈夫、ここにはもう二度と怖いことは起こりませんよ、とミツハは微笑んで見せる。
ヒヨルは頷き、無邪気に微笑み返してきた。
小首をかしげるようにしてさらに続く爆撃音の音程を確かめると、るるるんと喉の奥でそれとは逆位相の音を鳴らした。
やがて爆音が消えると、ヒヨルは、リビングに残る張り詰めた空気を蹴飛ばすように、勢いよく長椅子から飛び降りた。
とととっとアドベントカレンダーに走り寄って、ヒヨルは足台の上に片足をかけた。
ヒヨルは全身をミツハに預け、その体勢から、見上げるほど大きいアドベントカレンダーの中程にぶら下がった「1」という番号をふられた卵形の飾りに手を伸ばした。
――さあ、アドベントの始まりだ!
家族の間に華々しく漲ったクリスマスムードの頂点で、
卵の飾りがヒヨルの手から転げ落ち、灰色の床の上で音を立てて割れる――
その一刹那に、ミツハは練習で培った全てを注ぎ込んだ。
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