マダムの赤いルビーのブローチ⑤

文字数 2,257文字

 このヴィラに到着した夜、川の水じゃない暖かいお風呂に入り、腐りかけじゃないじゃがいもを食べ、トラックの荷台じゃないベッドで眠った。

 目覚めた時、久々にアタシらしいことを思った。
 バレエのレッスンしなくっちゃ。こんなに休んで、身体がおかしくなっちゃってたらどうしよう!

 階段の踊り場で勝手に柔軟体操していたら、とととっと小走りで近づいてきた三歳のヒヨルが、アタシの隣にいるマダムに膝を曲げて綺麗な挨拶をした。これには本当にびっくりした。

 三歳にしてはお利口さんだなと思って聞いてみれば、ヒヨルは二歳の時からアタシと同じく

に音楽を教わっていたんだそうだ。
 アマデーオといって、陽気なイタリア人らしい。

 アタシと目が合うと、アマデーオは旅の役者がよくやる、腕をくるくる回す気取った礼をした。

 アマデーオはマダムと違って、見せびらかしが大好きだった。
 ふざけ屋で、何かというと「う⚪︎こ」とすぐに口に出す悪ガキみたいな人。

 時々誰かに(それはいつも決まって「う⚪︎こ」なんて絶対に口にしない真面目な人間で、それはたいがいミツハだったけど)憑依してする演奏は、誰もが目を見張るほど素晴らしかった。
 なんて言ったらいいのか、バレエなら簡単に表現できるのに、言葉にするのは難しいね。強いて言ったら、太陽の発狂? かしら。

 ◇

 ここでアマデーオについて少し書いておくわね。
 アタシが幽体離脱して、ヴィラの廊下をドゥミ・ポアントで走り抜けた時に見聞きしたことも含め、大雑把なまとめだけど。

 アマデーオっていうのはね、こういう人。

 今は大ドイツ帝国の一部だけど、昔はオーストリアって呼ばれていた国のザルツブルクで生まれた天才音楽家、Amadeo Wolfgango de Mozartini(アマデーオ・ヴォルフガンゴ・デ・モーツアルティーニ)。
 「アマデーオ」と呼んでもらいたがる。

 生きている時は偉大な音楽家だった(ってアマデーオ自身が言うんだけど、アタシは「モーツアルティーニ」なんて音楽家の名前は聞いたことがないわ)。
 もしかして名前の記憶違いかしらと思って、お墓はどこにあるの、って尋ねたら、共同墓地だって。まあ、それで察したわ(当時から全然有名じゃなかったに違いないわね)。
 そこで追及はおしまい。

 この人はマダムと同じ、先生タイプね。
 気の合いそうな霊感が強い子(そうじゃない場合が多いけど)に取り憑いて、身体を使って直接的に楽器の演奏のし方を教えてくれるの。

 ただし、アマデーオはすっごく気まぐれ。レッスンは常に気分次第よ。

 それでも逃げ出したアマデーオにレッスンしてもらうためには、かくれんぼみたいに、彼が憑依してそうな人を探し出すしかない。

 幸い、憑依された人は、アマデーオの特徴が3つ、はっきりでるからすぐわかるわ。

 まず一つ目の特徴は、もちろん演奏ね。
 本当にすごいの、まるでラザロがイエス・キリストの「復活せよ」という言葉で生き返ったみたいに、屍同然だった音楽が一瞬で蘇るんだから!

 憑依された時、身体の全細胞がアマデーオにぴったりとシンクロするから、それが最高のレッスンになるのよ。
 ずぶの素人が、たった一回の憑依で、プロ演奏家の極意を身につけられる。こんなことは、アマデーオにしかできない。
 レッスンを三回も受ければ、それまで一度も楽器に触れたことのない子でも、そこそこの演奏はこなせるようになるんだから、大したものよ。

 だけどねえ……。

 次の二つ目の特徴は、もっとわかりやすいわ。

 アマデーオが取り憑いた子は、み〜んな変な風に笑い出すのよ。にかにか、にぱにぱ。いつまでたっても大人になれない子どもみたいな顔でね。

 それでなくてもここのヴィラでは、グレートトップの金髪碧眼の美形少年ばっかり集めてるから、全員が同じ顔に見えてきて、気味が悪いくらいなのに。

 そして、最後の三番目、これが本当に困りものなのよね。

 演奏がノリにノってハイテンションになってくると、いきなり下品なことを叫び出すんだもの。
 お⚪︎⚪︎ぷりぷり〜〜〜〜〜〜ん、とか、う⚪︎⚪︎ぶりぶりぶり〜〜〜〜〜〜〜、とか!
 いくらここが男子校ばりの男所帯だからって、お下劣すぎるわ。

 アタシはバレリーナなんだから、トライアングルでもたまに叩いておけば十分でしょ。
 アマデーオのレッスンだけは断固おことわりしているの。

 アマデーオの一番の犠牲者っていったら、ミツハね。誰に聞いても答えは同じはずよ。
 指揮者代理って立場でみんなを引っ張っていかないといけないから、誰よりもたくさんアマデーオのレッスンを受けているんだもの。

 アマデーオのレッスンで何が一番辛いって、きっと技術の難しさとか笑いのツボの違いとか、そういうことじゃないと思うの。
 その度に、ヒヨルの前で「三番目」をやらされることよね。

 世界で一番大切に思っている女の子の前で、品性下品な言葉を連呼させられるなんて。これって究極の屈辱じゃないかしら。
 アタシなら絶対無理。一度だって耐えられない。即座に舌を噛み切ってこときれた方がマシよ!



 えーっと、それでね、アタシ、この間見ちゃったの。
 アマデーオの悪ふざけがどれほど過酷でも、ミツハって動じもせずクールさだから、この子の心臓って鋼鉄でできてるの? って内心舌を巻いていたのよね。

 でもやっぱり、一人の時に思い出したらこんな顔になるわよね。ウフフ、彼って意外に可愛いとこあるわよね〜♡


 >>>⑥につづく(⑥まで)
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登場人物紹介

ヒヨル(ノルウェー人と日本人のハーフ:女、4歳)

本名:ヒヨルムスリム・瀬織(せおり)・フォン・ゾンネンブルク

伝説のセイレーンの超えた異能の歌声で現象を変化させられるが、本人は幼いため無自覚

ミツハ(日本人:男、16歳)

本名:|御津羽 伊吹(みつは・いぶき)

ヒヨルに絶対忠誠を誓う守護執事(ガーディアンバトラー)

異能はないのだが、生い立ち等いろいろと謎の多い少年

ブリュンヒルド(ノルウエー人:女)、ヒヨルの母親、20代後半

レーベンスボルン計画の一環として異能力者同士の結婚をさせられた二人、夫婦喧嘩が絶えない


本名:ブリュンヒルド、職業は有閑マダム

北欧にあるワルプルギウス修道会の魔女

ハオラン(日本人:男)、ヒヨルの父親、20代後半

レーベンスボルン計画の一環として異能力者同士の結婚をさせられた二人、夫婦喧嘩が絶えない


本名:ハオラン・淤加美(おかみ)・フォン・ゾンネンブルク、職業は刀鍛冶

さるやんごとな気お方から勅命を受けてドイツにやってきた陰陽師


ドクトル・ヘス(ドイツ人:男、30代)

ヴィラを支配するマッドサイエンティスト、《ミューズの愛し子たち》計画の首謀者

女嫌いで残虐非道な夢想家

超強力なテレパシー能力で人間を想いのままに操る

【第五話の語り役】

ハインリッヒ(チェコスロバキア人:男、15歳)、

暴力的でシニカルな性格

《ミューズの愛し子たち》のメンバーで、強力なテレキネシス能力を持つ

【第六話の語り役】

アレクサンドル(アルザス人:男、14歳)

心は女性のバレリーナ

《ミューズの愛し子たち》のメンバーで、優れた霊能力を持つ

【第七話の語り役】

フリードリッヒ(ドイツ人、男、17歳)

シャーデンフロイデになりきれないナイーヴな少年

《ミューズの愛し子たち》のメンバーで、卓越したテレポーテーション能力を持つが、たまに時軸がズレる癖がある

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