聖家族のアドベントカレンダー①
文字数 1,600文字
「1」のアドベントカレンダーから出てきたもの。
・ドイツ第三帝国の五ライヒスペニヒ亜鉛貨一枚
・クリスマスカラーの渦巻き型の棒キャンディー五本
ヒヨルはわあいっと全身で声を上げ、「1」のプレゼントボックスを頭上に掲げながら長椅子にいる家族の元に駆け戻る。
両親の間にぽんと腰を下ろすと、中から出てくる品を一つ一つ満面の笑顔で両親に見せた。
ピカピカ光るコインを半ズボンのポケットに大切に納め、次にキャンディーを真っ先に長椅子の後ろに控えているミツハに、残りを両親とテディベアに順番に分け与えた。
甘いキャンディーを口に含んで上機嫌なヒヨル。ヒヨルを両側から抱きしめるようにして微笑む両親。
それはミツハの見守る中、「
――その全てが、ミツハの中では毎年恒例のルーティンだったのだが。
今回はタイミングが少しずれてしまった。
つっとヒヨルが目を上げる。
編隊を組んだ飛行機のエンジン音が、屋根のすぐ上をのろのろと通り過ぎていくところだ。
こんな近くまで来ているのに気づかなかったわけがない。
大人たちは知らんふりをしていたし、ヒヨルは歓声を上げ続けていたから気づかなかったのだ。
リビングにいる全員が、微動だもせず目線だけを上に向けることになった。
それにはどこか、真昼間に天井を這っていく幽霊を見る家猫たちのような滑稽さがあった。
道路一つ隔てたところにある崩れかけた教会のあたりで、爆弾が炸裂する音がして、地響きと共に壁が振動した。
ヒヨルが素早くミツハに目線を投げてくる。
大丈夫、ここにはもう二度と怖いことは起こりませんよ、とミツハは微笑んで見せてやる。
ヒヨルは頷き、無邪気に微笑み返してきた。
小首をかしげるようにしてさらに続く爆撃音の音程を確かめると、るるるんと喉の奥でそれとは逆位相の音を鳴らした。
わんっと耳奥まで
物の輪郭がブレ始める寸前に、爆音は唐突に消え、何事もなくなく収まった。
ヒヨルはミツハににこっと歯列を見せてから、リビングに残る張り詰めた空気を蹴飛ばすように、勢いよく長椅子から飛び降りた。
両親はたった今夢から覚めたばかりのように目を瞬いて、探り合うような目線を見交わす。
とととっと前のめりに真新しい靴で絨毯の上を走ったヒヨルは、暖炉脇に聳り立つ超特大のアドベントカレンダーの前で危なっかしく止まった。その位置から、もう一度リビングの長椅子に並んだ両親を振り返った。
「いいの、本当に開けちゃうよ?」と今にも笑い出しそうな顔で。
大きくて無邪気な碧い瞳に、家族の肖像が映っている。
長椅子に姿勢よく鎮座する精悍な顔つきの東洋人の父。
そこに悩ましげなS字体勢でよりかかる妖しいほどに美しい西洋人の母。
二人の間には、ヒヨルがさっきまでだっこしていたシュタイフ社製のテディベアがちょこんと置かれている。
その背後にさっきまで無表情で控えていた召使いのミツハは、ヒヨルの影のように動き、すぐ側にいた。
ヒヨルは満面の笑顔を家族にむけた。両親は微笑んで頷き、ヒヨルをうながした。
ヒヨルは足台の上に片足をかけた。
すかさずミツハが背後に回り、白手袋の手で背中をささえた。
ヒヨルは全身をミツハに預け、その体勢から、見上げるほど大きいアドベントカレンダーの中程にぶら下がった「1」という番号をふられた卵形の飾りに手を伸ばした。
――さあ、アドベントの始まりだ!
家族の間に華々しく漲ったクリスマスムードの頂点で、
卵の飾りがヒヨルの手から転げ落ち、灰色の床の上で音を立てて割れる――
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