変わり身

文字数 2,122文字

 私は苔だらけの石段を登って、目的の神社に辿り着きました。予想していたより大きく立派な神社でしたし、大切にされていた様子が伝わってきて、その村には場違いな気がしましたね。
 境内では思わず手を合わせて拝んでしまいましたよ、何の神様かも分からないのに。
 神社の周囲を歩いて調べてみたのですが、入り口が正面しかありませんでした。社殿に入る戸には大きな南京錠が掛けてあったので、私は持っていた工具で鍵を壊して中に入りました。

 中に入ってまず驚いたのは、壁一面が真っ黒に塗装されていた事です。
 外からの光も差し込む様子がなく、蝋燭(ろうそく)一本でさえ見当たらない光景なのです。

 村民が住んでいた建物の殆どに言えるのですが、室内を極端に暗くする傾向があり、落ち着いた雰囲気にしたいという意図があったのかもしれませんが、これはちょっと異常だとその時は思いましたね。
 また、建物の中央に仏像が祀られてありました。見れば見るほど奇妙な造形で、格子状の模様が描かれた御札が、仏像の顔を隠すかのように何枚も貼られていました。これでは仏像を拝む事ができません。いや仏像を大切にしているというより、御札で封じ込めているかのような、何かを恐れている印象を受けました。

 更に奇妙なのは、社殿の片隅に棺桶(かんおけ)が置いてあったのです。何故こんな場所に棺桶があるのかと訝りながら近付いて調べてみると、蓋の表面に文字のようなものが書いてありました。

 亜 府威慧供 禰 威慧棲 畏可
 露我 禰宇 府路 娑流斗 府威慧供
 嗣 彌畏 娑流把離 御宮 慟納霊
 
 ああダメだ……またあいつらの言葉を思い出してしまった。 

 そういえば前に佐竹という男の話をしたでしょう?
 そうです、轢死体(れきしたい)で見つかったあの佐竹ですよ。
 あの男の遺書に挟んであった写真を見て、ここを撮影したものだと確信しましたね。
 御札を貼られている仏像こそが、まさに『摩訶迦羅天』だったのです。
 そして、二枚目に写っていたのは寺ではなく、この神社だったのかもしれません。

 えっ……佐竹なんて男は知らない?
 イヒヒヒご冗談を、さっきちゃんとお話ししたじゃありませんか。
 あなたは今まで誰と話していたのですか?
 もし私だと思っているのなら大間違いですよ……見てください、長話できる身体じゃないでしょうに。
 
 あなたは誰と話しているのですか?
 もしかしたらご自分の記憶で語っているのではありませんか?
 私は一言も喋ってなどいないのですから。
 さあ、目覚めてください。 

 ――そうだ思い出した、私は棺桶に書いてある文字が全く読めなかったのだ。
 そして棺桶の蓋を外してみたが、中には人の形をした茶色の土塊(つちくれ)が一体横たわっているだけだった。

 周りが暗かった所為で死体だと勘違いし、腰を抜かしそうになりつつも、よくよく観察すると単なる土の塊であったため、私は怒りで棺桶を思い切り蹴り付けた。
 急に力が抜けて、私は頭を抱えながらその場で(うずくま)ってしまった。ここまで来て何の手掛かりも得ていない事に、正直苛立ち始めていたのだ。

 身体は以前よりも痒みが増し、我慢も限界まで来ている。苛々(いらいら)すればするほど痒みが増すため、私は肌に傷ができるくらい強く皮膚を搔いていた。
 そしてちょうど右肘の辺り、柔らかい部分を(しき)りに掻いていたら、白い筋肉が見えるくらいごっそり皮膚が取れてしまった。

 最初は何が起きたのか全く理解できなかった……瘡蓋(かさぶた)が取れるように簡単に皮膚が剥がれてしまったからだ。しかも殆ど痛くないし、血も全く出ない。
 痛いどころか前にも増して痒くなるため、私は骨の芯まで痒くなるような気さえしてきた。

 ――おかしな事ばかり起きるため、私は苛立ちで気が触れていたのか、棺桶に横たわる土塊を拳で何度も殴り付けた。殴ったり、蹴ったり、踏んだりして体の痒さを忘れようとした。もう精神が崩壊して自暴自棄(じぼうじき)になっていたのかもしれない。

 すると目の前が急に真っ暗になり、気を失いそうになった。私は酸欠の症状でも起こったのかと思い、しばらく立ち止まって息が整うのを待ったが、視界が真っ暗になった原因は別のところにあったようだ。

 ――見ると、私の左目が土塊の上に落ちていた。
 私は間抜けに口を開けたまま、思わず「あ」と一言だけ漏らした。自分の目が落ちている事を良く理解できず、金縛りにあったように呆然としていた。

 そして深呼吸して気持ちを落ち着かせ、左目を拾うために手を延ばそうとした時、信じられない事が目の前で起きた。その人型の土塊が、私の目玉を口のような割れ目からツルリと飲み込んでしまったのだ。
 
 全身が痒いわ、皮膚は剥がれるわ、左目は失うわで散々な状況だ。私は狂ったように土塊を爪で引っ搔き、何度も「返せ、私の左目を返せ!」と叫びながら、土塊の口を無理矢理こじ開けようとした。

 すると土塊の目の辺りが急に盛り上がり始めたため、私は動きを止めて盛り上がった部分を訝しげに見つめた。そして泡が弾けるような音が鳴ると、土塊の内側から目玉が飛び出した。

 ――人型の土塊は私の顔を「私の左目」でジッと睨み付けた。
 堪らず私はその場から逃げ出した。
 抑えていた恐怖が一気に噴き出してしまったのだ。
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