第31話

文字数 3,112文字

30。
ジェットコースタームービーというやつは苦手だった。展開がたくさんあって、飽きずに楽しいはずなのに、私は次から次へとが追い付かなくて、忙しすぎて疲れてしまうから、苦手だ。
どちらかといえば、単純でも、平凡でも、最後は必ずハッピーエンドが好きだ。

重たいまぶたがなかなか開けられなくて、自分自身、ビックリした。意識の中では開いてるのに、開かない…。
なになに?これって開けようとして目に力が入ってるパターンなのかな?
だとしたら、私ってやっぱりちょっとずれてる。それか、諦めてもう少し寝ちゃうか…、それもいいかも。
諦めかけたその時、視界に電灯の光が一気に入ってきた。眩しい光で、目が開いたのか、さっきの場所にまた戻ったのか理解できなかった。
光が収まってゆっくりと視界からの情報がまとまってくる。白い天井、蛍光灯が光っている。外は暗いのか、カーテンは閉まっている。徐々に肌から得られる情報も増えていく。柔らかく暖かいふとん、口につけられている酸素マスク、左手の温かな感触。誰かが手を握っている?
体を向けたくても上手くいかない。
重いなあ…、体が上手く動かない。
「……っ」
声を出そうとしたが、不思議なことにこっちもうまくいかなかった。

はあ……私って、つくづくポンコツ……

胸元にひんやりとした感覚があった。
聴覚が一気に鮮明になる。ピッピッという音が聞こえる。もしかして心電図のモニターがついてる?だとしたら……

裕太兄にばれた……!

「っく……」
きゅっとなる痛みが胸を襲う。きっと心電図には変化が出ただろう。このくらいは平気だけど。
「二美子さん…………?」
左側から優しい声が聞こえる。ああ、やっぱりいてくれたんだ。この左手の温もりは君だよね。戻ってきて良かった。声も出ず、力も出せず、ただ目を開けていただけだったが、彼の方から視界に入ってきてくれた。
「二美子さん!」
はじめてみる尚惟の泣いてる顔。ぬぐってあげたいけれど手が動かない、ごめんね。
ナースコールを押す彼を見て、わらわらと視界に輝礼くんや壽生くんが入ってきて、みんないたんだ…。と思ったら、再び眠ってしまった。
ああ、疲れた……もっとゆっくりと進もうよ……。



あれから、事件は終焉を迎えた。
凌平が持っていたスマホを解析し、つるんでいた仲間がズルズルと捕まり、大きな捕物劇となった。テント内にあった彼の鞄からは、捕まった仲間が持っていたのと同じタイプの手袋があった。彼も実行したのかどうかは定かではないが、これから分かっていくことだろう。ひと役かった兄は約束通り1週間の有給を取得した。
凌平くんの取り調べはこれから始まる。裕太兄曰く、正直に話すだろうとのことだった。担当が尊さんだからきっと丁寧な取り調べになるだろう。
私は、あのあと高熱のため病院へ搬送されたが、3日間意識が戻らなかったとのこと。原因が分からず、所持していた薬から心臓のことが明るみになってしまった。トラウマのこともあり、主治医の先生がいるR国立附属病院へ移送された。
目覚めてから2日が経っていた。体はだいぶ軽くなり、胸の痛みもない。熱はちょっとあるけれど、今日はお粥が食べられるそうだ。
「おーい、二美ー」
病室のドアが開き、裕太が入ってくる。
「おはよう、お兄ちゃん」
「……生きてるな」
「何の確認なのよ」
思わず苦笑いしてしまう。
近くまできて、ベットの横の椅子に座る。
私も体を起こす。
「おい、起きて大丈夫なのか?」
「うん、だいぶ慣れてきた」
熱で3日間、眠り続けた結果、体力も気力も低下して、上手く動けなくなっていた。疲労もあったのだろうとお医者様は言う。ゆっくりと養生すれば2~3日で退院することが出きるそうだ。
「お兄ちゃんはな、怒ってるんだぞ」
「うん、私が悪い」
「い、いや…お前が悪いわけじゃねえんだ。お前はお兄ちゃんを思って、黙ってくれてたんだろうし……」
「黙ってて、ごめんなさい」
「二美子…」
「心配ばっかりかけてごめんなさい」
「バカ、お前の心配は俺の一部だからいいんだよ」
裕太は二美子の頭を撫でると、ぎゅっと抱き寄せた。
「ほんと、良かった…」
「お兄ちゃん…」
「兄ちゃんはな、強いんだ」
「知ってる」
「言ってくれ、兄ちゃんは、お前が一番大事だ」
ちょっと間があく……
「……やだ、言えない」
ガバッと抱擁をとく
「二美~」
「だって、無理するもん。やだ」
「お、お前、そうやって可愛く反抗するんじゃありません」
「もう、私、20才過ぎてるし、いいかげん甘やかしすぎだよ」
「関係ないだろ?20才だろうが30才だろうが、二美子は二美子だろうが」
……いやー、さすがにやりかねなくて引く……。
「先輩、やっぱここにいた。もう……まだ有給取ってないんですからね」
病室のドアが開き、光麗さんが入ってくる。
「入ってくるな光麗」
「駄々っ子ですか、まったく…。二美ちゃん、おはよう」
「おはようございます、光麗さん」
「どう?体調は」
「熱もだいぶ下がって、今日からお粥が食べられます」
「おお、良かった。でも、無理しないこと」
「はい」
テント内で寝込んでいる時、体を張って守ってくれたとお兄ちゃんから聞いた。兄の指令が飛んでいたとはいえ、本当に感謝しかない。ほとんど覚えてなくて、何があったのか分かっていないのが、もっと申し訳ない。
「ほら、行きますよ。じゃあね二美ちゃん、夕方寄るから」
「お前は来なくていい。二美子、また夕方な」
慌ただしく病室をあとにする2人。急に静かになる病室内。カーテンを開けようかと足をベットから下ろす。
カチャカチャする音が廊下から聞こえる。

コンコン

「はい」
病室のドアが再び開く。
「おはよう、二美子さん」
え、尚惟?
「え、どっか行くの?」
ベットに腰かけた状態になっているのを指摘される。
「おはよう、尚惟。大学は?」
「今日は午後から1限あるだけ。どうしたの?どっか行く?ついてく」
え…
「どうしたの?」
「え?何が?」
えっと……
入り口からすーっと入ってくると、持っていた荷物を横にあるソファーに置いて、私が足を下ろしているベッドサイドまで来た。
「カーテンを開けようと思って……」
「ああ、俺が開けるよ」
「あ、ありがとう……」
尚惟がカーテンを開けてくれるのを見ていると、こちらを振りかえる。
「なに?」
「え?いや……なんか…変な感じ」
「え?」
視線がちょっとさまよった気がする…。
「ショウ…こっち来てください」
「え、うん」
カーテンを束ねると近くによって来てくれる。ちょっとどぎまぎして可愛い……。
違う違う…
「あのね、ひょっとしてなのだけど…」
「……」
「裕太兄になにか頼まれた?」
「…いや、そんなことはないよ」
「うそ」
裕太兄め……。今度のお目付け役は尚惟なのだな。フェスのことがあるから断れないしで、今に至るってとこか……。どうなのそれって。まあ、でも、今回は私が悪いか…。
下ろしていた足をベットにしまい、ちゃんと横になる。
「ごめん、どっちでもいい」
「え」
「来てくれたの嬉しいし、午前中は一緒ってことでしょ?」
そう、一緒にいられたらどこだって私は嬉しい。そりゃ、病院でない方がいいけど、でも、尚惟を独り占めはこの上ない贅沢だ。約1週間ひとりだったし、話しもしたいから。
「ん…?」
「嬉しいって……」
「うん、来てくれて、嬉しい。会えて嬉しい」
危なく召されそうになってから、より、もっと、今こうして尚惟の彼女でいられることに感謝してる。私をあんなに大切にしてくれる人はいないかも。だから……
「隠さないで言うの、嬉しいことも辛いことも尚惟の横で」
「……!」
赤くなってく尚惟を見て、満足。

結局、尚惟と中庭で散歩デートしたのがばれて裕太兄に怒られるのだが、それはまた別の話し。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み