第18話

文字数 2,486文字

17。
買い出しから戻った俺たちは、光麗さんから早朝帰れないことを知らされた。
唖然とする中、裕太さんからの伝言を伝えられる。
できるだけテント付近にいること、連絡がつくように携帯は所持しておくこと、そして、二美子さんをひとりにしないこと。テントで休むときもひとりにせず、誰か一緒にいてくれとのことだった。
光麗さん曰く、断腸の思いでの判断だから、とのこと。スーパーシスコンの裕太さんが離れるなって言うぐらいだから、それだけ心配要素が高いってことだよな……。
光麗さんはその後、裕太さんのところへ向かったため、ここにはいない。俺たちは今、伝言に従って、テント内に壽生、テント外に輝礼と俺がいる。
さっきまで流れていた音楽は止まり、フェスは30分間の休憩に入った。機材のチェックもするのだろう。ステージ側に集中していた人の波が少々バラける。
照明で比較的明るいのだが、日が暮れてからは暗やみが点在し、それが幻想的で、現実との境界線を曖昧に感じさせた。
アウトドアチェアーに座り、コーヒーを飲む。夜空を見上げると星がうっすらと見える。二美さん、こういうの好きなんだよな…。
「なあ……」
同じくアウトドアチェアーに座って空を仰いでいた輝礼が声をかけてくる。
「そばにいなくていいのか?」
「いいんだよ、壽生がいてくれてる」
「そういうことじゃねえよ、気になるんならいてやれよ」

そうなんだけど……。

「俺なら嫌だけどな。いくら信用できるやつでも、他のやつがそばにいるって」
「アキラって…意外に束縛強いんだ」
「あん?」
「冗談だよ。そうじゃなくて、ちょっと参ってる」
「……まあ、だよな」
詳しく知らなかったとはいえ、今回の雅人の件はズシッときた。ひとり浮かれてた自分に腹もたった。守っているつもりで、俺は二美子さんに守られていたんだと感じた。俺は二美子さんを好きだと言いながら、彼女をちゃんと見てなかったんじゃないだろうか。言えよ、なんてよく言えたよな、俺……。言えなかったんだよな。知られたくないよな……言葉にしたくないよな、そんな怖いこと。
「ああー、俺さあ、めちゃくちゃ怖かったんだよな」
「アキラ……」
「二美子さんのことモノみたく言うんだぜ。何か普通じゃなくて、腹立ったんだけど殴れなくて、ムシャクシャしたのに、どーしたら良かったのか……結局わかんね」
体を預けるように座っていたアキラ。グッと体を起こして大きなため息をつく。
「俺も、何がBESTなのかわかんないよ。けど、二美子さんが雅人に会ったとき、輝礼がいてくれてほんと良かった。二美子さんが無事で俺たちのとこに帰ってきて、良かった」
「……だな」
「……俺たちの前から、消えるつもりだったのかな?」
言葉にするとちょっと怖い。
「かもな……」
「それをやめたんだよな」
「……たぶんな」
二美子さんの泣いてる顔が浮かぶ。苦しんでる顔が浮かぶ。
「ごめんね」ってすぐ言うんだ。

二美さん、悪くないじゃん……
謝るなよ……



「こんなん休めるわけないじゃん!」
一方、壽生はテント内で焦っていた。朝、帰ることが出来なくなり、交代で休むことにした。最初に俺がテントに入ったのだが。
横になると、近い距離に二美子さんがいる。すぐ近くというわけではないが、こっちを向いて見てる。まあ、寝てるから目は閉じてるけれども…。壽生は寝られなかった。胡座をかいて座り、大きなため息をつく。
もともと、俺は女性が苦手だ。言葉を交わすのも、空間を共有することも。だからこれは休めない。
ここに入ってきたときも、二美子さんは入口に頭を向け、自分のリュックの上に覆い被さるように倒れこんでいた。驚いて動けなかった俺をよそに、尚惟は中を覗いて「おっと…」
と、呟き、中にはいると、躊躇なく二美子さんをそっとリュックから離して、横たえた。
「じゃあ、あとで起こしに来るね」
しれっと出ていく。
俺はその一連の事柄を見るだけで赤面した。よくそんなことを事も無げにできるのな…。感心する。
尚惟はとても一途に、二美子さんを思っていた。それは日々の言動でよくわかった。ゆっくりと急がず、待っている、そんな感じ。俺には尚惟のようなことはできない。
二美子さんはあんまり気負わず話ができる人だった。自然な形で空間が持続できた。ゆっくりと話を聞いてくれて、無理強いしない彼女の間の取り方は、俺には心地が良かった。いつしか3人で裕太さんがいなくても家を訪れるようになる。
それほど近しい存在だったのに……

気づいてあげられなくて、ごめんね

大勢の人が集まる場所へ足を踏み入れることは、二美子さんにとって覚悟のいることだったのではないか。
「ん、…」



一瞬、苦しげに顔が歪んだ気がした。
「にみさん?」
身体が少し動き、横にずれた。
「ん……」
さっきから言葉にならない苦しそうな息づかいがもれてくる。

え?発作か?

にみさんの手がかけられたタオルケットを軽くつかんでいる。ヤバい、痛いのかもしれない、2人にも知らせないと……!
テント外に知らせようとした時、
「……こ、こわい」

ん?

微かに聞こえた「こわい」の言葉。
え……うなされてる……?
そっと横に近づき、タオルケットを握りしめている手に触れる。驚くほどぎゅっと力が入っている。顔を見る。目に力がこもっている。このきつく閉じた瞳の向こう側では何に怯えているんだろう。
そりゃそうだよな、恐怖を植え付けたやつが近くまできて、怖かった当時を思い出して、うなされもするよ……。
壽生は二美子の頭に手を置くと、優しくなでた。
「よく頑張ったよね。もう大丈夫だよ、怖くない。ひとりにしないから……」
心なしか息づかいが落ち着いたような…。
穏やかに眠ることができる、フェスに行ける、買い物ができる、怖かったと言える……頑張ってすることではなくて……。
タオルケットを握りしめていた手をそっとほどく。

ヤバ……泣きそうだ……。

眉間のシワが緩んでいる。少しは休めるだろうか? 少しは怖いことを忘れていられるだろうか? 少しは笑ってられるだろうか?

二美子さんの悪夢に入って蹴散らせたらいいのに……

いつの間にか俺の方が彼女の手の温もりに安心していた。

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