バイクのお兄ちゃん㈠

文字数 1,357文字



 記憶の欠片(かけら)すらなかった、バイクのお兄ちゃん。
 なぜ私は、彼の存在を忘れてしまってたんだろう……。


「やっぱりチョコは、お兄ちゃんが好きなんだね」
 カイの腕の中で大人しくしているチョコを見て、十一歳の私が言った。
 今、私の目に映っているのは、忘れてしまった記憶の一部分なのだろう……。
 予想外の出来事にぼう然と立ち尽くす私に、パパが小声でこう言った。
「チョコも初樹も、彼のことが好きみたいだね」

 え?

 私は目を丸くすると、パパは腕を組んで考え込むように続けてこう言った。
「彼とは、ここでたまに会うんだ。バイクの音がすると、初樹はいつもうれしそうにしててね。兄弟がいないから“お兄ちゃん”という存在の憧れか、もしくは恋心を抱いているのか。親としては後者の場合、複雑な心境だよ」
「えっ、ま、まさか。そんな考えすぎです! はっちゃんにはまだ早すぎますって。憧れです、絶対に憧れっ!」
「やっぱり君もそう思うかい?」
「はい、もちろんです! 憧れです、絶対そうです! 間違いありませんっ!」
 思わず(りき)んでしまったけど、パパったらどんな心配してんのよ!

 私がカイのこと好きなわけ…………、
 って、めっちゃうれしそうな顔してるじゃん!
 パパ、まさかの的中?
 仲良さそうに見える二人の会話に、私は耳をダンボにする。

「そういえば名前、何ちゃんっていうの?」
「初樹だよ」
「……え? はつ……き?」
「うん。お姉ちゃんといっしょ。漢字もね」
「へぇー。ちなみに、漢字でどう書くの?」
「はじめましての“初”に、樹木の“樹”だよ」
「初樹ちゃん、か。いい名前だね」
 カイにそう言われたとき、胸がドクンと高鳴る。
 言われたのは私じゃない、あの子なのにどうしちゃったのよ。

「ねえ、お兄ちゃんは何て名前なの?」
「俺? (かい)だよ」
「……カイ、くん? 漢字でどう書くの?」
「“うみ”って書くんだよ」


 ───(かい)

 “(うみ)”って書くんだ…………。


「ねえ、海くんは恋人っているの?」

 なっ!
 なにを聞いてるんだ、十一歳の私!

「いないよ。初樹ちゃん。もうちょっと大人になったら、お兄ちゃんの彼女になる?」

 はい?
 なに爆弾発言してんの、海っ!

「うん、いいよ!」
 って、顔真っ赤だし、過去の私!

 なに言ってんの、なに言ってんの?
 意味わかってて言ってんのっ!?

「……そ、そんな……、初……樹…………!」
 ふと横を見ると、パパはムンクの叫ぶ人状態。

 パ、パパ……。
 よしっ、もうこうなったら…………!

「ダ、ダメッ!」
 私は二人の間に割って入ると、海の体をドンと突き飛ばした。
「……いっ、てぇー。なに(みなと)みてーなことしてんだよ?」
「お、お姉ちゃん?」
「はっちゃん、あのねっ! このお兄ちゃんはね、こう見えてかなりの浮気性なんだよっ」
 私はそう言うなり、ビシッと海をさした。

「うわき、しょう?」
「そう、彼女いーっぱいいるの!」
「……え、そうなの、お兄ちゃん?」
 純真な十一歳の私に見つめられ、ぐっと息を()む海。


 ……ふふふ、勝った!



***
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登場人物紹介

美濃初樹

カイ

地縛霊

死神

ミナミさん

沙織

カイの彼女

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