パパとの時間㈣
文字数 1,856文字
「ここ数日間、私のまわりでいろんなことが起きていて、物事が次々と変わっていって、頭がついていけないというか、とにかく混乱しているんです」
「うん」
パパは相づちを打つと、じっと私を見つめる。
なにから話したらいいのかわからず、私は自然にまかせて、あの日、レストランであった出来事から順に語ることにした。
「父が死んで、ちょうど今日で五年になるんです。おととい、母から再婚相手を紹介されました。人柄の良さそうな人で、文句のつけようがありませんでした。でも私、逃げちゃったんです。いつか、ママに特別な人ができたら、笑って祝福してあげようって、ずっと決めていたのに……、それができなかったんです」
「……難しい問題だね。だけど、逃げたことは決して恥ずかしいことじゃないよ。君には時間が必要だったんだ、ほんのちょっと考える時間がね。人は、いざとなると臆病になる。それは君だけじゃない、私もだ。君のお母さんが心から笑える相手なら、亡くなられた君の────、お父さんもうれしいんじゃないのかな」
「……うれしい?」
私は顔を上げてパパを見ると、パパが目を細めてコクリとうなずいた。
あのとき、西園寺さんの隣でママが恥ずかしそうに笑みを浮かべていたのを思い出した。
────わかってた。
心のどこかで、わかっていたはずなのに。
結局私は……、
“ママの幸せ、ママの幸せ”って言っておきながら、自分のことしか考えてなかったんだ。
「……そうか。君のお母さんは、五年もひとりでいたんだね。女手一つでここまで君を育てるのに、人並み以上の努力と忍耐が必要だったはずだ。母親としてこれまで頑張ってきた分、彼女には幸せになってほしい。これからを共にする、パートナーとね」
「え……、あ、うん」
突然、パパの声のトーンが落ちた。
なんだかまるで、自分のことだと悟ったかのように、寂しげな笑みを浮かべるパパ見て胸がズキリと痛む。
私はぱっと視線をそらし、手をもじもじさせながらパパにこう言った。
「私も、ママには幸せになってほしい。ホントに、そう思ってる。でも、忘れちゃうかもしれないんだよ、パパのこと。パパからママを奪っちゃうかもしれないんだよ、その人……。パパとの思い出だって!」
「君は、お父さん思いの優しい子だね」
「……うん、パパのこと大好きだから」
私はパパの顔を見て、にっこりと答えた。
パパは「ふふふ」と笑みをこぼすと、ゆっくりと空を見上げてこう言った。
「大丈夫、君たちの思い出のなかで生きてるから。だから、ママをいつまでも縛りつけちゃいけないよ。初樹……、ちゃん」
「…………!」
パパに名前を呼ばれたとき、不思議な感じがした。
もしかして、私だっていうことに気づいてるんじゃないかって。
だから今なら、言えるような気がした。
「も、もし……! もし、私がこの先の未来を知ってるって言ったら、どうしますか?」
「……え」
パパは一瞬目を見開くと、そのまま視線を下に落とし黙り込んだ。
《バ、ババババカッ! なに勝手なこと言ってんだ!》
突然、頭の中で怒鳴り声が響く。
……名無しさんっ!
もしかして、近くにいるの?
私はきょろきょろとまわりを見る。
《安心しろ、まだあのガキに印はつけてない》
そ、そうなんだ。
ねえ名無しさん、聞いて。
あのね────!
《やめとけ!》
ちょ、まだ言ってないでしょ!
《おまえの考えていることはわかってる。父親の未来を変えようとしてるんだろ? “カイとカイの彼女の未来を変えられたんだから、パパだって”とかなんとか思ってんだろ?》
あ……、バレちゃった?
《単純だな。だが、死神がかかわっている死は、そう簡単には変えられないぜ。残念だったな》
じゃ、パパは死ぬってことなの?
《さあ》
さあって、なに?
《さあな。クククッ。ま、方法はひとつだけあるんだが……》
え?
方法って、パパを救える方法?
パパを助けられるなら、私なんでもするから!
《……なんでも? クククッ、オレと取り引きでもするつもりか。おまえは余計なこと考えるな。そう、おまえは残された時間を過ごせばいいだけ。それだけさ》
残された、時間?
《そう、残された時間を、大好きなパパと楽しく……ね……》
名無しさんの声が遠のいていく。
残された、時間って、
いったい、なんのことなの!?
***