希望㈠
文字数 1,447文字
「おまえに文句言いに来た」
「……え、文句って?」
「
海はそう言うと、さりげなく私の前に生徒手帳をちらつかせた。
「あっ! それ、私の生徒手帳! ちょ、なんで持ってるの? まさか…………、見た?」
「あの子が五年経つと、こうなるんでしょ?」
海はニヤッと笑うと、草むらの中でチョコと遊んでいる十一歳の私と、目の前にいる私を見比べて言った。
私は海から奪い取ると、海に背を向けて嫌味っぽく言ってみせる。
「悪かったわね、いい女になってなくて!」
「なに言ってんだよ、初樹はいい女だよ」
「ほ、ほんと?」
くるりと向き直ると、パパがチョコを抱いて十一歳の私のもとへやってくる姿が目に入った。
とうとう、このときがやってきた!
「初樹、そろそろ帰ろう」
「まって。あともう少しでチョコの王冠ができるから」
十一歳の私はそう言うと、白とピンクのシロツメクサを交互にくくりつけていく。
……大丈夫、まだ猫を見つけてないみたい。
ほっと息をついたとき、チョコが二匹いることに気づく。
パパの腕の中にいるチョコと、もうひとりの私がなでているチョコ。
どういうこと?
なんでチョコが二匹もいるの?
《クククッ。驚いたか?》
低く笑う、名無しさんの声が頭の中に入ってくると、十一歳の私がなでているチョコの顔が名無しさんの顔に変化する。
……名無しさんっ!
私はゾクッとすると身震いをすると、パパの腕の中にいるチョコが突然うなりだした。
「グルルルル……」
「おいチョコ、誰を
パパはそう言うと、チョコの頭をよしよしとなでる。
威嚇?
《クッ! これだから犬っていう生き物は嫌いなんだよ》
チョコにも見えてるんだ、名無しさんが!
「初樹、どうした?」
海が、私の顔をのぞき込んだときだった。
十一歳の私ができあがったばかりの王冠をチョコにかぶせようとしたとき、チョコに化けた名無しさんが突然駆け出した。
「あっ! チョコ、まってよっ!!」
「……え、初樹?」
そばにいたパパが、十一歳の私の行動を見て目をぱちくりする。
もし、このまま道路へ飛び出したら────っ!!
茜色の空を目にした途端、あの日の出来事がふと頭をよぎる。
「ダメ、まって! 違う……、違う違う、追いかけないでっ!」
私がそう叫んだとき、パパの腕の中からチョコがピョンと飛び降りて、もう一人の私を追う。
チョコ!
チョコお願い、私を助けて……っ!
《クククッ。なにまだ死にゃしないさ、これはちょっとした遊びさ……》
頭のなかで名無しさんの声が響くと、土手を駆け上がったところでスッと姿を消した。
「……あれ?」
足を止めるもう一人の私は、きょろきょろと辺りを見回すと、後方からやって来るチョコに気づき、にっこりと笑みを浮かべる。
……よかったぁ。
「追うなって、初樹……」
ほっとしてその場に座り込む私に、背後から海に声をかけられた。
やっぱり、海たちには見えてないんだね。
死神が見えるのは、死神に目星をつけられた人間だけ。
チョコはきっと、人間よりも嗅覚機能が発達してるから、死神自体が見えなくても気配を感じとれていたのかもしれない。
私はこぶしをギュッと握りしめると、思い切って打ち明けることにした。
「……海、私言ってないことがあるの!」
***