第5話:時の流れは早いですね

文字数 692文字

 そして、今日。
 彼の、その悲しみの表情を見るのは2回目になりました。
 もう私の命が長くはないからです。

 私の、骨ばり、潤いのなくなった手を、彼は昔と何ら変わらない温かな手で握り続けてくれました。

「あなたは、普通の人じゃないですよね?」
 いつもの相槌がほしくてそう尋ねたのに、彼は、あぁ、まさかまさか。
 

 彼は「はい」と、なめらかに声を発したのです。
 70年以上、何も声を発しなかった彼がいきなり声を出したので私は驚きました。
 [驚きの表情]を作りたかったのですが、たるんだ頬の肉を昔のように大仰に動かす力はもう私には残っていませんでした。

 彼は、自分は普通にしゃべることができるという事、いろいろ自分の事を説明するのが面倒くさかったので“しゃべれない・字が書けない”フリをしていた事を告白しました。
 ……なんだと、この野郎。
 私がもう少し若かったら、両の手であんたの頬をつねってやるのに。

 気色の悪い絵しか書けないのも、わざとですか、と尋ねると「あれは本気で描いています」とスネたので、わたしはおもしろかったです。


 いろいろとききたいことがありましたが、最後に、いちばんききたかったことをききました。

 きょひけんをあげたのに、なんできょひしなかったのですか、と。
 あんなえらそうな告白を、よくうけましたね、と。

 彼は、ひつようとされたからこくはくを受けました、と。
 なんとなく、ノリでいっしょにいました、と。
 でも、あなたと、あの子とのいっしょの人生はたのしかったですよ、と。
 いとしいひびでした、と。



 そう、かれはあのいつものおだやかな えがおで わたしをみ て 


 く れ



 ま  





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登場人物紹介

※自作絵 

お嬢様。生意気わがままツンデレ。

政略結婚から、逃亡する。

※自作絵

土から現れたから『ツチオ』とか名付けられた執事。

ヘラっヘラしているが……?

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