第4話 虐めと光

文字数 1,297文字

母が亡くなった直後に修学旅行が控えていた。

取り合えずおじちゃんの家から片道1時間かけて南小学校には通っていた。
手足の関節の内側にアトピー疾患があり、転校生の私はいじめの格好の的だった。

今の南小学校には4年の時、大阪の天満橋から転校した早々にいじめが開始。
そしてその内に、グループに誘い、そのグループ内で内密に虐めるという方法に変えようとしていた。
これは先生に感づかれずらい。
それまでおとなしくして機会を伺っていたが、逆にこれはいいチャンスだと思い、
班を組む際に皆んなや先生の前で、今までされたことを暴露し、
彼女の班には入りたくないと抗議した。

無抵抗だった虐められっ子の逆転劇。かなり面食らったようだった。
この後、彼女の取り巻き達も、総て私の味方に付きだした。

「ずっと嫌やったんや。でも重松さんみたいにできへんかったんよ。
腹立つから、今度はあの子に仕返しせへん?」

「仕返しなんかしたら、仕返しの仕返しがこわ~ってようやらんわ。ごめんな。」

私は虐めをやめてほしかっただけ。自分を虐める人と班組みたくなかっただけ。
あんたら誰も私を助けなかった癖に、自分のうっぷん晴らしに私を使用するなんて、
ええ根性してるな!って声には出さないけど…

この1件があって、4年時はその後、初めてつつがなく過ごすことができた。
5年生になり、私は初めて友達ができ、休憩時間、下校後も夕飯までよく3人一緒にいた。
多少の虐めはあったが、友達がいたこともあって、私にとって初めて学校が楽しかった。

汚い、お化け、ばい菌とアトピーで嫌われて、ひざ裏が隠れるように長いスカートを母にねだって買ってもらったのに、今度は長いスカートが目立ってしまって、結局また虐められたり。
悔しかったし腹立たしかった。いっそのこと死んだら、と思ったこともあったが、私が死んだところで、いじめっ子は反省なんかする性格じゃないので、痛い思いをするだけ私が損だと思い、幸いそういうことにはならずに済んだ。

そして6年になり、友達とは別々のクラスに。するとまた虐めが始まった。お昼の消毒液に手をつけるのだが、私が漬けた後は、皆でやらない。机を運ばなきゃ掃除ができないから運ぶと「えんがちょ」が始まる。定番の運動靴隠し、教科書、ノート隠しなんかも。

そんな私だったが、絵を描くことで、少し空気が変わった。
元々図工は得意だったが、最初はハイヒールが上手く描けた時、日和見菌のひとりが覗きに来た。
「え~~すご~~い。めっちゃ上手やん!」
「あ、本当だ、これ自分で描いたん?」と他の日和見菌も寄ってきた。
でも、悪玉菌がやってくると、さ~っと散ってしまう、そんな休み時間が少しだけ増えた。

そんなクラスメイトとの修学旅行、楽しいとも思えない。
大人たちは母を亡くしたばかりの私に最大限の気を使っているのはわかっていたから、
とりあえず、行くことにした。
電車でも旅先でも、残った写真はいかにもハブられてますという写真だった。
皆大人になって、あの集合写真ぽいのを見てどう思うのだろう。

私は、多少気がまぎれたからいいかというぐらいで、どこに行ったかもあんまり覚えていなくて、写真しか記憶がない。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み