外国語のロマンス

文字数 1,164文字

私は知らない町が好きだ。 

別にそこが有名な観光地だったり、大きな都市だったりする必要はない。電車の窓から住宅街を眺めて、その町の人がどんな生活をしているのか考えると、すごくロマンチックな気持ちになる。ベランダに洗濯物が干してあったりとか、市役所行きのバスが通ったりとか、生活感があってもいい。むしろその方がいい。私の人生に大なり小なり色々な事が起きているように、そこには、私が出会ったことのない人たちのドラマが展開されているのだと思うと、心が震える。  

同じような理由で、私は外国語を学ぶことが好きだ。

もう十年も前の話になるが、大学受験が終わって、暇な時間ができてから、急に英語に興味が出始めた。高校卒業から大学入学までの期間、私はケーブルテレビで海外ドラマやアニメばかり見て過ごしていた。その時、アメリカ人の素敵な俳優を見て、「英語を話せれば、この人と会話ができるんだ!」と気付いた。当時の私にとって、外国の人と意思疎通ができるのは奇跡的なことだった。  

それから私は英語をたくさん勉強して、留学もして、英語が話せるようになった。今、私はヨーロッパの街に住んでいるので、当たり前のように毎日英語で話す。それは私の個人的な成長には良いことだが、初めて英語で意思疎通ができた時の喜びは、もう感じなくなってしまった。英語を聞いたり、読んだりしても、別段胸のトキメキを感じなくなった。新しい世界の扉を開いている感じが消えて、英語は生活の言語になってしまったようだ。  

その代わり、私は今、ポッドキャストやニュースなどでフランス語を聞くと、ちょっと胸がどきどきする。フランス語の歌を音楽プレーヤーにダウンロードして、うとうと眠りにつきながら聞くのが好きだ。わかったり、わからなかったりするのがいい。未知の部分が多いから、それが楽しい。将来フランスに住める見通しもないし、フランス語を仕事等で使う予定もないので、私のフランス語学習はゆっくりである。多分そんなにうまくならないと思う。でも私とフランス語は絶妙な距離感を保っていて、私は興味を持ち続けることができる。 

実はもう一つの言語(何語かは秘密)にも手をつけているのだが、もしフランス語やそのもう一つの言語がペラペラ話せるようになったら、私はまた新しい言語を学んでみるんだろうと思う。既にロシア語がちょっとだけ気になっている。ロシアと日本が近いのと、ロシアの建築が美しいのと、ロシア人で英語をあまり話せない人が多い、というのが良い。もし将来日本に戻って住むことがあったら、ロシア語を勉強して、週末ウラジオストック旅行に行く、という小さな野望もある。

私の外国語に対する気持ちは、恋に似ている。勝手に憧れを抱いて、相手の事を知りたいような、知りたくないような。

そして私はどうも気が多い。 



 






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