#19:Family.

文字数 5,298文字

私は悩んでいた。

あれから半年が経ち、来月には進級して二年生になろうとしていた。

学校生活ではクラスも変わるので、気持ちも新たに過ごすことが出来そうだったけれど、パパとママの関係は未だ()()()()()で変わっていなかったし、一緒にも住んでいなかった。

パパはあの後しばらくしてから会社を辞めて、ママの実家の花屋さんを手伝うようになった。祖父も祖母もパパの思いを聞いて、喜んで迎え入れてくれたそうで、私もたまに顔を出すと二人とも優しく接してくれていた。

クリニックの通院も月一回だけになっていて、今は薬を飲まなくても眠れるみたいで、雰囲気もだいぶ明るくなって、前よりも沢山話をしてくれるようになっていた。

お花屋さんとしての勉強をしながら、祖父からはフラワーリースの作り方、祖母からはウエディングブーケの作り方を教えてもらっていて、子供の頃に憧れていた『何かを作って表現をしたい』という本当にやりたかったことを一生懸命に学んでいた。

ママの妹の桃ちゃんはOLをしていたけど、もうすぐ結婚をしてお嫁さんになる。四月からは、旦那さんが住んでいる横浜に引っ越すことが決まっていた。

そんな事情もあってか、何となくだけれどパパは『将来あのお店を継ぎたい』と思っているんだろうなと薄々感じていた。

ママは私達に宣言した『あの約束』をどう思っているのか分からなかったけれど、今まで以上に女優の仕事を楽しんでいるように見えた。

あの映画は春休み期間中に公開になるけれど『笑わない女優が笑うようになった』ことと相まって、公開前から相当にバズっていた。


私は悩んでいたのだ。


「んーーーーー」

「どしたの?ひまちゃん唸っちゃって」

「べつにー」

クラスメイトのネギ()こと(りん)は、肌が白くて背が高く細身でスタイルが良い。

私と同じでイヤリングカラーを入れているけれど、その色が淡いグリーンだから私はネギ子と呼んでいた。

「ひまちゃんの『べつに』って大したことあるやつじゃんね」

(薬味にして食ってやろうか)

「ちょっと親のことでねー」

「あっ!お父さん?紹介してくれる気になった?」

「そんな顔しながら私の父親の話するのやめてくれる?」

ネギ子は入学式で見たパパのことをエラく気に入っているようで、ことある(ごと)にパパについて聞いてきていた。

「叶わぬ恋…あ、でも叶ったらひまちゃんが娘ってことになるよね?」

「マ・ジ・で・や・め・て!!」

「冗談だよ〜こんな反抗的な娘はお断りだよ」

(こっちだってお断りだよ!カモに背負(せお)われてればいいのに)

「で?」

「でってなによ?」

「お父さんとお母さんの仲が悪いとか?ネギ子にチャンスはありますか?」

「チャンスもないし、仲も悪くないよっ!」

「えー、つまんないなー」

「私にも色々あんるだよ…ネギには分からんことだよ」

「パイナップルには言われたくないね」

「ちょっと!私のはヒマワリだから!」

「はいはい。でもひまちゃんのお母さんのことって聞いたことなかったよね?何してる人なの?」

「ぉ〜、えーっと、仕事してる人だよぅ?」

「仕事って何してる人なの?」

「ぁ〜あれ、自分で仕事してる感じかな?」

「え?凄いじゃん!社長さんなの?!」

「まぁ…そんなとこだよ」

(面倒だな…この手の質問は上手いこと避けてきたのに。危うく、しくじって『私みたいになるな!!』になるところだった)

「それならどうしてそんなに悩んでるのよ?」

「なんでもー」

「つれない子だね〜」

「そういえばネギ子は、写真を撮る人になりたいんだよね?」

「急に話を逸らしたね?まあそうだけど、私は世界中を旅しながら自然を撮って周りたいんだよ」

「自然ねぇ…。将来のこと考えるって難しいよね」

私は絵を描くことが好きでこの高校に入ったけれど、将来やりたいことが何かと考えると、いつも行き詰まっていた。

そもそも何で絵を描くのが好きになったのかも、正直なところ曖昧だった。

「私は絵を描けるひまちゃんが羨ましいと思うけどな〜。私なんて絵はダメダメだから」

(カメラマンか…あの人なら相談に乗ってくれるかな)

「ねえ凛、もしかしたらプロのカメラマンの人を紹介できるかもしれないよ?」



春休みに入って、私は凛と一緒にとあるスタジオを訪れていた。

「おぉー!ここがスタジオかー!もしかしてひまちゃん凄い人なの?」

「私は凄くないけど、お母さんが…ちょっとね」

この日は美咲さんにお願いをして、凛に瞳さんを紹介してもらうことになっていた。

「ひまわりちゃん、久しぶりだね〜!そっちがお友達かな?」

「瞳さんお久しぶりです。こいつがネギです」

生田(いくた)凛といいます!本日はよろしくおねが…って!!!島岡瞳っ?!」

どうしてか分からなかったけど、ネギが少し青ざめていた。

「なに?ネギ子あんた瞳さんのこと知ってんの?」

「知ってるも何も()()()だよ!ひまちゃんこそ分かってんの?!」

「いや〜、私も有名になったもんだね〜」

「〝ちょっとひまちゃん!どういうこと?〟」

「どういうことも何も、知り合いのカメラマンの人を紹介したかっただけだよ」

「知り合いって…」

どうやら瞳さんは、その界隈では相当有名らしい。私は『ただの陽気なカメラマンのお姉さん』という認識しか持っていなかった。

「ひまわりちゃんのお母さんと仲が良くてね〜。それにしても君スタイル良いね〜、モデルやってみない?」

「瞳さん、私の友達をそんな目で見ないで下さい」

「冗談だよ〜、私にだってパートナーが居るからね〜」

「ちょっとまだ理解できてないかも…」

「この子カメラの勉強をしてて、相談に乗ってあげて欲しいんです」

「サキから聞いてるよ〜、アサツキちゃん、カメラは持ってきてるよね?」

「あのっ、アサツキじゃなくてネギです!ネギでも無いですけど!」

「やっぱり君いいね〜!じゃあ凛ちゃん、カメラを見せてくれるかな?」

「あの…これなんですけど…」

「へぇ…結構渋いの使ってるんだねえ」

二人はカメラをいじりながら、私には分からない用語を使って撮影談義に花を咲かせていた。

(やりたいことがあるって羨ましいな…)

パパも本当にやりたいことを見つけて、ママもあの約束を叶えるために、前よりも楽しそうに仕事をしている。

(私だけ置いてけぼりみたいだな…)

「ひまわりちゃん、久しぶりね」

「あっ、美咲さん!今日はありがとうございます」

「いいのよ、ヒトちゃん…瞳も若い子に教えるのは好きみたいだから」

「やりたい事があるって羨ましいです…」

「ひまわりちゃんは、やりたいことが無いみたいな言い方するじゃない」

「私は…絵を描くのが好きだから、そういうお仕事が出来ればいいなって思ってますけど…」

「じゃあイラストレーターとかコンセプトアーティストとか?それとも新進気鋭の画家とか漫画家とか」

「考えたんですけど、どれもしっくりこなくて…」

「しっくりねえ…じゃあ、どうして絵を描くことが好きになったの?」

「それもよく憶えていなくて…気付いたら絵を描くのが好きになってたんですよね…」

「それならきっと、自分でも憶えていないくらい小さい頃に好きになったんじゃない?」

「憶えていないくらい小さい頃ですか…」

「小さい頃に楽しく思えたことって、大人になってからでも重要な芯みたいになることがあるのよ」

「そうですか…」

(そう言われてもなあ…)



「ねえ、凛は何で写真を撮る人になりたいと思ったの?」

自分の進みたい道を決めている人から、まず話を聞いてみたいと思った。

「私ね、小さい頃は肺が弱くて小学校に上がるまで、山梨のおばあちゃん()で暮らしてたんだよ」

「そうなんだ?」

「そこがほんっっっとに何にもない所でさ、お父さんとお母さんとも離れ離れで寂しくて、友達も居なくて…あ、いまは元気な肺だから大丈夫なんだけど」

「うん」

「その時に、亡くなったおじいちゃんが使ってたこのカメラを見つけてね、木とか川とかお花とか自然を撮ってたんだけど、おばあちゃんが現像に出してくれた写真を見て褒めてくれてさ〜、それが嬉しくてね」

「え〜それ私も見たいかも」

「今度見せてあげるよ!でね、また褒めてもらいたくて写真を撮り続けてたら今の私が出来たってわけ。自然を撮りたいのも山梨での生活があったからなんだよね〜」

「そうなんだ…」

「まあ今は好きだから続けてるんたけどさ」

「好きだからかぁ、私も好きなハズなんだけどなあ」

「それにね、お父さんもお母さんも応援してくれてるから頑張れてるのかも」

「いいご両親だね」

「ひまちゃんのご両親だって応援してくれてるんでしょ?」

「そうだね…」

両親は私のことを応援してくれているのか。そんなことは考えたこともなかった。きっと優しく背中を押して応援してくれる気はしていたけれど、少しだけ聞くのは怖かった。

目の前のことに一生懸命になっている両親に、私のことで煩わせてしまうことは、申し訳ない気がしていた。



私が憶えていないくらい小さい頃のこと。

何か一つでもヒントが欲しかった私は、パパの家を訪れていた。

「ねぇパパ…私がお絵描きを始めたのって、いつからか憶えてる?」

「そうだな…あの絵本を読んであげて、図書館に行くようになってからじゃなかったかな?」

「そういえばあの絵本読んでなかった…まだあるよね?」

「ちょっと待ってて、いま持ってきてあげるから」

「あ、パパ!ボックスも一緒に持ってきて!」

「はいはい、仰せのままに」

あの絵本…ひまわりの花を描いた絵本。

なにか『きっかけ』が掴めるかもしれない。


むかしむかし あるところに
いっぴきのハムスターさんがいました

ハムスターさんは あなをほって
もっていたヒマワリのたねを たくさんかくしました

ひとつひとつ だいじにだいじに
だれにもみつからないようにかくしました

でもハムスターさんは ひとつだけ
かくしたばしょがわからなくなってしまいました

たくさんあなをほっても いくらさがしても
ひとつだけみつかりませんでした

ヒマワリのたねは ハムスターさんに
おおきなこえでいいました

「ハムスターさん わたしはここにいるよ」

けれどハムスターさんはあきらめて
どこかへいってしまいました

ひとりぼっちになったヒマワリのたねは
くらいつちのなかで ないてしまいました

「どうしてわたしだけみつけてくれないの」

ヒマワリのたねは
じぶんでは うごくことができませんでした

いつしかあめがふってきて
つちのなかにも みずがはいってきました

つめたくてふるえていると
もぐらさんがやってきました

もぐらさんはいいました
「きみはひとりぼっちなのかい?」

ヒマワリのたねは もぐらさんにおねがいしました
「もぐらさん わたしをそとにつれていって」

もぐらさんはいいました
「ぼくはそとにはでられないんだ」

ヒマワリのたねは いいました
「じゃあ わたしはどうすればいいの?」

もぐらさんはいいました
「きみは ひとりでそとにでられるよ」
そういって もぐらさんは
どこかにいってしまいました

ヒマワリのたねは かなしくなって
そのまま ねむってしまいました

つちのおふとんが あたたかくなって
めがさめると ヒマワリのたねは
つちのなかから かおをだしていました

とりさんは いいました
「ヒマワリさん きれいにさきましたね」

みつばちさんは いいました
「こんなきれいなヒマワリさんは はじめてみたよ」

たいようさんは いいました
「こんちには ヒマワリさん きみはぼくみたいだね」

ヒマワリのたねは
おおきくおおきくなって
きれいな きいろいはなをさかせていました

ヒマワリのたねは たいようのひかりをあびて
キラキラとかがやいて
みんなから きれいだねといわれて うれしくなりました

ヒマワリのたねは いいました
「たいようさん わたしをそとにだしてくれて ありがとう」

ヒマワリのたねは
おはなさんになって みんなをしあわせにしました

「あれ…どうしてかな…」

自然と涙が溢れてこぼれていた。

「ひまわり?大丈夫?」

「うん…大丈夫。パパ…この本、私が貰ってもいいかな?」

「もちろん良いよ、君に買った本なんだから」

「うん…ありがとう」

「あとこれ…ひまわりが『はじめて』描いた絵だよ」

パパが差し出してくれた絵は、大切に額に入れられていた。

そこには不格好だけれど、あの絵本のようにヒマワリと太陽の絵が大きく描かれていた。

この絵本を読んでもらって、私が絵を描くと喜んでくれた両親の顔を思い出した。

「パパ…ありがとう」

「何か悩みがあったらパパとママに何でも言うんだよ」

「うん…」

「ボク達はずっとひまわりの味方だし、いつだって応援しているからね」

パパが大切に私の絵を残しておいてくれたこと、何も言わなくても二人が応援してくれていることが伝わって、本当に嬉しくて温かい気持ちになれた。


私は自分が将来なりたいものを、どうして絵を描くことが好きになったのかを思い出すことができた。

私にはいつも温かく見守って、優しく包み込んでくれる大好きで尊敬できる両親がいる。

いまは未だパパとママが夫婦じゃなくても、私達は家族だ。

もし二人が夫婦になるために苦しむことがあるなら私はなんだって出来るし、いつか二人が夫婦になった時には、私が他の誰よりも盛大に祝福してあげたいと、心からそう思った。
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