#23:Reconciliation.

文字数 3,932文字

あの公表をしたことに対する世間の反応は、ワタシの想像とは少し違っていた。

三日ほどニュースやスポーツ新聞に取り上げられていたけれど、所謂『炎上する』という状態にはならず、すぐに(ほとぼり)は冷めた。

批判的な意見も少なからずあったものの、本当に極わずかだった。

そもそもマスコミへの対応も先手必勝というか、さすが美咲さんの仕事といったところで、公表したあの日の内に『公表内容は事実であり、それ以上でもそれ以下でも無い』ということを事務所発信で表明してくれていたので、執拗に深追いされることも無かった。

自分のことを人気者だとかスターだとか、そういう驕りは一切なかったけれど、心配していたことは杞憂に終わった。

寧ろ応援の言葉や、お手紙を戴くことが以前よりも増えていた。

ワタシのSNSは、事務所公式のものしか運用されていなかったけれど、コメント欄には『勇気をもらいました』とか『これからも応援しています』『あの告白を聞いてファンになりました』という言葉が残されていた。

これからは母親として胸を張って堂々と生きていけること、このまま女優の仕事を続けられること、この二つを両立できる環境に恵まれていたし、何よりも理解して頂けていることが本当に心強かった。

あれからモデルとしての仕事も少しずつ増やしていて、瞳さんとの交流も再開していた。


そんな中、あの映画賞で最優秀作品賞と最優秀監督賞、最優秀主演女優賞を受賞した『memories〜ever after〜』の、原作者・監督・主演女優二人による対談が行なわれることが決まった。


そこまでは良かった。


そのインタビューに付くカメラマンを『瞳さんが務める』と聞かされた時には、とてもじゃないけれど、穏やかな気持ちで対談に臨めるとは思えなくなってしまった。

こうしてまた、瞳さんと一緒に仕事をする機会が増えていく中でも、島岡監督こと真美さんと瞳さんとの姉妹関係は、ワタシには理由は分からないし直接見たことは無かったけれど『犬猿の仲』にあると未だに噂されていた。

二人の仲が縺れてしまっている状態で、それぞれと仕事をしていくことに違和感を覚えていたワタシは、複雑な心境を持ったまま当日を迎えることになった。


平野先生や未来、その場を企画してセッティングした出版社の方もいるので、場が荒れることは無いだろうと思っていたし、何ならこれを『きっかけ』に二人が少しでも歩み寄ることが出来れば良いなと、心のどこかで期待をしていた。


でも、現実はそこまで甘いものでは無かった。


集合時間には遅れていなかったけれど、当日最後に姿を現した瞳さんは早速、真美さんから口撃を受けていた。

「カメラマンが最後に来るなんてね…プロとしてどうなの?」

「すみません…すぐに準備しますので」

確かに真美さんは、演者やエキストラの方に対して配慮を欠く行動に厳しかったし、そして何よりも自分自身に対して最も厳しい人だった。

そこまで言う必要があるのかと、想像以上の辛辣な真美さんの態度から、二人の間に存在する溝の深さを、まざまざと見せつけられてしまった。

(妥協しないところは、ソックリなんだけどな…)

少し重苦しい空気を残したままスタートした対談は、当時の撮影秘話を交えながら順調に進行していった。

瞳さんは緊張しているのか、いつものような笑顔は出さず、被写体を捉えるタイミングを逃さぬように淡々とシャッターを切り続けていた。


「作中で娘から『お母さんを尊敬している』と言葉をかけられるシーンがありましたが、海さんにとって尊敬できる人とはどのような方なのでしょうか?」

このメンツを前にしてのインタビュアーからの質問に、正直面食らってしまったけれど『仕事をする上で』という点に絞って、ワタシは話を始めた。

「そうですね…このお仕事をする上で、特に『何かを作り上げる』という点については、この御三方からの影響は凄く大きかったですね。役者としてや、表現者としての真摯な姿勢は本当に尊敬しています」

(表現者としての真摯な姿勢か…)

自分の口から出たその言葉に、光明を見出したワタシは、デビュー当時の話を続けることを選択した。

「ワタシは…モデルとしてこの世界に入りましたが、ある人との出会いが大きなターニングポイントになりました」

「と言いますと?」

「その方は…ファッション誌のモデル撮影をされているカメラマンの方なのですが、元々はモデル志望だったそうなんです。でもモデルとしては上手くいかなかったそうで…本気で、一生懸命にカメラの勉強をされて、モデルを撮影する側に回ってでも、表現者としての生き方を諦めなかったんです」

いつからこういう状態になったのか、正直分からなかったけれど、真美さんと瞳さんの関係を何とか修復させたかった。

余計なお世話とは分かっていたけれど、尊敬している二人にも心から笑っていて欲しいと願っていた。

「その方は常にワタシ達モデルやスタッフの一人一人と真摯に対等に向き合っていて、たとえ撮影するアイテムがどんなに小さいものであったとしても、絶対に妥協をしない方なんです。表現者として、()()()()()()()()とはこういう事なんだなって、その方と出会って初めて思ったんです。その姿を十代の頃から間近で見れたことは、本当に恵まれていたと思います」

ふと瞳さんの姿を見ると、カメラから目を離してワタシの話に耳を傾けていた。それは一瞬だったけれど、すぐにカメラを構えてシャッターを切り始めていた。

「モデルとして…女優として生きていく為の心構えというか、お仕事をする上で最も重要な芯の様なものを得る『きっかけ』にもなりました。この出会いがあったからこそ、真摯に真っ直ぐと前作にも、今回の作品にも臨むことが出来ましたし、その姿勢が最優秀賞を受賞出来た要因になったとワタシは自負しています」

「なるほど…本当に素晴らしい方ですね」

「はい!この御三方にも負けない程、心から尊敬している方の一人です」


こうして対談が無事に終わると、ワタシと美咲さんは『いつもの癖で』瞳さんの傍に自然と集まっていた。

「〝瞳さん、さっきは色々と話をしてしまってスミマセンでした〟」

「いや〜良いよ良いよ、その…ありがとね、嬉しかったよ」

「いいえ、感謝するのはワタシの方です。瞳さんと美咲さんが居てくれたからこそ、今のワタシがあるんですから」

()()()()()()()()に言われると、私達にも箔がついた感じがして嬉しいですね」

「美咲さん…その『様』っていうのは止めて下さいよー」

(やっぱりこの二人には頭が上がらないな)

そんないつもの会話を楽しんでいると、意外な人物から声を掛けられた。


「瞳…ちょっといいかな?」


少し申し訳なさそうにそう言ったのは、真美さんだった。また辛辣な言葉を瞳さんに投げつけるのかと思うと、ワタシの方が身構えてしまった。

「あの…さっきはごめん。あんなこと言って悪かったよ」

「いや…私も、もう少し早く来るべきだった」

「その…瞳が仕事してるとこ初めて見たけれど、やっぱりアンタには敵わないって思ったよ」

「えっ…?」

「私はさ、自由に生きているアンタが羨ましかったんだよ」

「………」

「自分の気持ちに真っ直ぐでブレない。子供の頃からさ、そんな姿を尊敬していたし、何よりカッコ良いなって思ってたんだよ。私はアンタみたいになりたかったのかもしれない」

「それは…姉さんがいつも前に居てくれたから好き勝手してただけだよ」

「〝美咲さん、ワタシ達は居ない方が良いですかね?〟」

そう小声で美咲さんに問いかけてみたけれど、美咲さんは静かに首を横に振って、この場に留まるように伝えてきた。

「それに私は…姉さんや母さん達の期待にも応えられなかった」

「それは違うよ」

「でも私は、恋愛対象も女性だし…姉さんが『子供を産めない』ことを知っているのに…それなのに」

「だから、それは違うんだって」

「………」

真美さんは自らが子宮頸がんを患って、子宮を全摘していることを公表していた。監督としてだけでなく子宮頸がんの啓発活動家としても有名で、常々その活動について発信をしている人だった。

ワタシ自身も、あの公表をする時は真美さんのことを思うと胸がヒリついていた。

「アンタが私のことで気に病む必要なんてない。そもそも瞳の人生は瞳のものなんだから」

「でもっ…」

「私も母さんもね、子供を産める体なのに何でって言ってしまった…あの時のこと、本当に後悔してるんだよ」

「………」

「何て言うかさ、その…私達も海ちゃんみたいに堂々と生きて行こうよ」

「姉さん…」

「だから…たまには実家にも顔出してあげてよ。私も一緒に行ってあげるから」

「うん…あのっ、遅くなったけど監督賞おめでとう。私も姉さんのことずっと尊敬してたよ」

「おっ!じゃあ今日は奢ってもらおうかな?」

「じゃあ…サキも花ちゃんも一緒にどうかな?」

「いいですよ」

「勿論!先生と未来にも声をかけてみましょう!」

「美咲ちゃんも、いつもこの子の傍に居てくれてありがとね」

「いえ…ヒトちゃんには助けられてばかりですから」

「海ちゃんもありがとうね。この子のこと尊敬してくれて」

「ワタシは『島岡姉妹』をリスペクトしていますからっ!」

「言うねー!じゃあ次はハリウッドで監督賞を取らせて貰おうかな?」

やっぱりこの姉妹は本当に良く似ている。

自分に正直で厳しく、周りの人を大切にして巻き込んでいく力がある。

思い返してみると、真美さんがワタシを見出してくれたのは、瞳さんが撮ってくれた写真が『きっかけ』だった。

きっと真美さんは、ずっと瞳さんのことを見守って追い続けていたのだろう。

今日の対談ページにも刻まれる『photo by Hitomi Shimaoka』という大きな存在のことを。
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