第10話 ご主人様に呼び出されて

文字数 2,503文字

「おばさん、中に出してあげるからね」

 最後通牒。
 それを突きつける謙信の息もあがっている。

「出して! 謙信君の全部を知りたいの!」

 愛実が吠えた瞬間、股間の奥で熱い塊が爆発した。



「行ってらっしゃい。夕食までには帰ってくるのよ。事故に気をつけるのよ」

「はいはい。いつまでも子ども扱いしないでよ」

 日曜の今日、アニメの聖地でイベントがあり、真治はそれに出掛けた。
 連れは、SNSで知り合ったアニメ仲間らしい。
 今、インターネットという非現実空間で人と人が繋がり合う。
 そうなって久しい。

 けれど、それが当たり前の現在、自分は肉と肉という直接的な繋がりを持ってしまった。
 持ってはいけない相手と。

 どちらにせよ、人間同士の繋がりが淡泊になり、そのスパンは短くなった。
 それでも本音の部分で、愛実は『彼』との密度の濃いが関係が永遠に続いてほしいと願っている。

 そう自覚したからこそ、この関係を早く終わらさねばならない――それが愛実の結論だった。
 いずれは終わる背徳の関係なのだ。
 ならば、すぐに終わらせた方がいい。
 自分の人生にとって宝物である夫と息子を裏切り続ける時間に、終止符を打たねば。

 そんな愛実の気持ちを察してくれたのか、謙信から申し出があった。
 それはさながら、垂らされた蜘蛛の糸だった。

『来週、一日だけ。その一日が最後だから』。

 一週間前、自宅に来た謙信から、そう耳打ちされた。
 それで愛実は終焉の決断ができた。
 その日、犯されなかった。
 火照った体を持て余す自分から目を背けるのに、相当な労力を要した。

 ただ、後に続いた『最後の今日』の内容は、到底受け入れられる中身ではなかった。
 
『学生時代に着ていたセーラー服姿で来ること。スカートの丈は、下着が隠れるギリギリまで短くすること。持っている下着で最もスケベなパンティを履くこと。ブラジャーはつけない。』。

 これが謙信の条件。

 『ふざけないでよ! どこまで大人の女をからかうの! エッチなビデオの見過ぎよ!』

 条件を聞かされたとき、内心憤った。
 だが、その場でそう怒鳴って否定できない自分もいた。
 
 『最後の日』が近づくにつれ、葛藤は大きくなった。
 時折来るメールで、夫の存在を再認識する。
 毎日顔を合わせる真治の存在に、卑猥な売女に堕ちた自分を突きつけられる。
 夫と息子のために、『妻』と『母』に戻ろうと決めた。
 何より大人の女としての矜持として、『女』を終わらせようと決意した。

 二度、過ちを犯した。

 だけど、これで最後。

 次で、全てを断ち切る。

 そう決めた愛実は、自宅からほど近い実家に行き、高校生時代のセーラー服を持ってきた。

 セーラー服の上着を着てみる。
 二十数年の時が経っても、スリムな体を維持しているので、袖が通る。
 スカーフの結び方も覚えていた。
 胸で大輪の花を咲かせるピンク色のスカーフが懐かしい。
 通っていた高校は女子高で、偏差値も顔面偏差値も高いお嬢様学校だった。
 そんな学校のセーラー服だから、年月が過ぎてもその可愛らしさは色褪せない。
 男子高校生の目を捕らえて離さなかった挑発的ないやらしさも。
 
 上着で、一ヶ所だけ問題があった。
 高校生の時から大きかった乳だが、卒業後、さらに大きくなっていた。
 だから胸部は布地を突き破らんばかりに、乳が張っている。
 ブラジャーをつけていないので、乳首の形がくっきりと浮かんでいる。
 乳が布地を引っ張りあげるせいで、姿勢によっては、くびれたウエストや腰といった、白くてキメが細かい肌が丸見えになる。
 ヘソが見えるほどだ。

 今も母校は健在なので、もっとサイズが大きいセーラー服を買うことはできる。
 だが、謙信からの指示は『学生時代に着ていたもの』だ。
 どう取り繕っても、謙信の目をごまかす自信はない。
 大きく溜め息をついて、上着はあきらめることにした。
 これを着ていくしかない。

 次にスカートを履いてみる。
 腰回りは問題ない。
 膝上十センチほどの丈なので、これを自分の股間ギリギリまで短く裁縫しなければならない。

 裁縫の作業中、再び葛藤が首をもたげる。
 なぜ自分は、こんな作業をしているのだろう。
 しなければいけないのだろう。
 しかし一方で、胸は高鳴っていた。
 
 そして真治を送り出した今日が『最後の日』だ。

 最大の問題は、場所だ。

 謙信は今日、自宅に来ない。
 外の待ち合わせ場所を指示された。
 そこは、真治が出掛けていったばかりの、アニメの聖地だ。
 もしも真治に、セーラー服姿を見られたら。
 そしてもしも真治に、謙信と一緒にいるところを見られたら。
 さらに、最悪の可能性がある。
 謙信がわざわざ、今日あの場所を指示してきた以上、どこかのホテルで、とはならない可能性が高い。
 外でセーラー服を着た母親が、スケベな下着をズリ下ろされて犯され、悶えている姿を見られてしまったら。
 愛実は両手で顔を覆った。



 そろそろ、着替える時間だ。
 意を決して、愛実はセーラー服を着た。
 ブラジャーは外し、パンティを替えた。

 等身大の鏡の前に立ち、全身を見やる。

 二十数年ぶりのセーラー服姿に、耳まで真っ赤になるほど恥ずかしい。
 同時に、青春時代に戻ったようなトキメキと、冒険をするようなワクワク感が湧き上がってきたのは予想外だった。
 少し前屈みになっただけで、尻が丸見えになるほど丈の短いスカート。
 謙信からの指示は無かったが、愛実は白い靴下ではなく、網かけの黒いストッキングを履いた。
 パンティはサイドとバックが紐で、前は特に中央が透けているショッキングピンクだ。
 マイクロビキニに近く、上からも横からも黒々とした恥毛がはみ出している。
 
 家を出ようと玄関でヒールが低いパンプスを履きかけ――『今日が最後だから』と、ハイヒールで黒のミュールに履き替えた。
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