第11話 ご主人様の前で舞ってみて

文字数 2,414文字

 家を出ようと玄関でヒールが低いパンプスを履きかけ――『今日が最後だから』と、ハイヒールで黒のミュールに履き替えた。



 待ち合わせはアニメの聖地の歩道橋の下だった。
 そこに辿り着くまで、愛実は男達のいやらしい視線にさらされた。
 駅で。
 電車の中で。
 歩道で。

 特に駅の階段を昇るときは、後から昇ってくる男達の目に、パンティの紐一本だけが通った尻が丸見えだ。
 尻毛や蕾さえ見られてしまう。
 すれ違う全ての男に視姦される。
 我慢できない羞恥と屈辱。
 それでも愛実の股間は、ジットリと濡れ始めた。



 目的の駅を出て、待ち合わせ場所に向かう。
 アニメの聖地、ましてイベント日だけあって、人通りが多い。
 その大半が、見た目ですぐにオタクと分かる男達だった。
 年齢層は幅広い。
 
 カツカツとヒールの音を立てながら歩くと、オタクの若者や中年の男が無遠慮な視線を送ってくる。
 何事かをひそひそと囁き、勝手に写メや動画を撮られてしまう。

 それはただ不愉快なだけではなく、愛実は『女』としての優越感を感じてしまった。
 『他に派手はコスプレをした若い女がいるのに、今、私は男の人達の目を独占している』。
 それは愛実の美しさとドスケベな恰好が原因だったが、その変態性にも高揚感を覚える。
 『年齢に関係なく、女はいくつになっても女のまなのね』。
 そんなことを考えていると、待ち合わせ場所に着いた。

 Tシャツにジーンズというラフな格好の謙信が立っていた。
 気付けば、謙信の私服姿はこれが初めてだ。
 知的ながらも意志の強さを感じさせるキリリッとした面構えに、Tシャツ越しでも分かる厚い胸板とくびれた腹筋。
 長くスラリと伸びた脚。
 Tシャツに隠れた腹筋が見事に六つに割れている――それを知っている自分に、なぜか優越感を覚える。

「今日は呼び出してゴメンね。電車込んでなかった?」

 そんな風に言われると、セーラー服も手伝い、学生時代のデートのようで胸が高鳴る。

「おばさん、ちゃんと僕が言ったとおりの恰好で来てくれたんだね。嬉しいよ」

 謙信に褒められ、思わず嬉しくなる。
 そんな自分を愛実は慌てて律する。
 今日で、キッパリと終わりにするのだ。

「そんなスケベな恰好なら、今日はタップリ楽しめるね。今日もお尻の穴をイジってあげるから」

 外で不特定多数の人が行き交うなか、堂々と告げられる。
 恥ずかしくて、頬が朱色に染まる。

「さてと。まずは、この歩道橋を昇ってよ。で、あの中間地点にある踊り場で振り返って、スカートを自分で持ち上げてごらん」

「え?」

 巨大な歩道橋を見上げていると、謙信にパンティを太腿真ん中までズリ下ろされた。
 秘部だけをかろうして隠していた布切れ程度のパンティだった。
 とはいえ、ズリ下ろされたその恰好自体がひどく卑猥で、愛実を売女へと貶めるのに充分だ。

「凄く素敵なパンティだよ、おばさん。ちゃんと僕の言うこと聞いてエライよ」

「ま、待って。この歩道橋、五十段はあるわ。それにいやらしいオタクの人達がいっぱいいるし……」

「おばさん、やってくれるよね? やらないと、今日は最後の日にならないよ?」

 その一言が愛実の背中を押した。
 そう、今日で謙信との関係を断つのだ。
 そのために、今日は何でもしなければならない。

 横幅は五~六人が通れそうな広さがあるが、勾配は急な歩道橋を登り始める。
 ハイヒールを履いているので、ゆっくりとしか登れない。
 カツカツとヒールで音を立てながら、長く肉付きのいい脚で階段を一段ずつ上がっていく。
 勾配が急なせいで、ウェストを捻りながら登る。
 その所作はくびれたウエストを強調し、締まっているが弾力ある尻を左右に振りながら、ズリ下ろされたパンティとお股を見せつけるかのようだ。

 たちまち歩道橋に、オタク達が群がってくる。
 それを謙信はニヤニヤと満足気に眺めている。
 
 ソッと振り返ると、堂々とスカートの中を覗き込んでいるオタク達がいる。
 遠くから写メや動画を撮ろうとしたオタク達にとって、彼等は邪魔な存在のようだ。
 小競り合いまで起きている。

 何か考えてしまうとおかしくなりそうな世界観だったので、愛実は無心で謙信の指示を実行することにした。
 階段の中ほど、踊り場に辿り着く。
 思い切って振り返ると、『オオーッ』というオタク達の喝采。
 
 しかしショーはここからが本番。

 時間をかけては恥じらいが強まるだけだと思い、愛実は両手でスカートの裾を持ち、スルスルとまくり上げていく。
 オタク達から『ウォォーッ』という大喝采。
 オタク達にしてみれば、突然、年齢不詳の美女が丈が異常に短いスカートを履いたセーラー服姿で現れたのだ。 しかも網掛けの黒ストッキングにハイヒールで。
 覗き込めば、ピンク色のスケベパンティだって見られる。
 そんな女が、ついに股間をさらけ出した。
 そのお股は、密林のような剛毛に覆われ、一筋走る肉の線は綺麗なサーモンピンク。
 そのコントラストが、また欲情を掻き立てる。
 
 そんなオタク達の心理が、なぜか愛実に伝わってくる。

 私を必要とする男の人達がこんなに大勢いる。

 気付けば、愛実はいやらしく腰を左右に振っていた。
 まるでステージに立った女優のような気分だ。
 熱にうかされたかのように、愛実はオタク達が喜ぶ痴女を演じた。
 それが謙信を喜ばせると知っていたから。



 階段を降り、謙信と移動する。
 段々、オタク達の喧騒が遠のいていく。

「おばさん、最高に良かったよ。最後のサービスなんか、抜群だったよね」

 そう褒められて、悪い気はしなかった。
 ただ、息子の真治に見られていないか――それが不安だった。
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