十八

文字数 1,742文字

 錦糸町の地下スタジオ。エリナは撮影後、服を着る間もなく男たちによって捕らえられ監禁された。裸のままでは外に飛び出して行くこともできなかった。Tシャツと下着はタイチが持ってきてくれたが、SMプレイで使う手錠で後ろ手に拘束され、鎖で椅子に括りつけられていた。後悔していた。そもそも何故、あのエビサワユウジのような黒い噂のある男と関係を持ってしまったのか。そこにはどうしても拭えない、ミウラユキナの存在があった。高校時代からコンプレックスがあった。それはいつもユキナの二番手に甘んじてきた自分にしかわからないことだ。ユキナがどんな人生を歩んできたか知らないが、自分は彼女よりも早く芸能界に入った。ようやく彼女を出し抜いたと思った矢先、テレビ画面の向こうにユキナの姿を見つけた。頭の中が真っ白になった。眩暈がした。悔しかった。そこから焦りと共に、心が少しづつ歪んでいった。醜い嫉妬であることはわかっていたが認めたくなかった。AVの話を承諾したのも、表の世界を駆け抜けるユキナへの対抗心だった。思えばこれまでいつもそうだった。クラスの男たちは皆、ユキナのファンだった。自分はいつもその陰に隠れ、下手をすれば引き立て役ですらあったかもしれない。三十歳となり、AV女優としての需要も減り、そんな時にエビサワユウジと知り合った。初めは羽振りのよい男との出会いに、ようやく自分にも運がまわってきたのかと色めき立った。テレビ出演や映画俳優の話をチラつかされ夢も見た。けれどもやっていることは何も変わらなかった。裸になって見知らぬ男優に抱かれるだけ。悲しみと怒りが込み上げてくる。誰に対しての怒り? 今のエリナにはユキナの顔以外、思い浮かばなかった。
 スタジオの扉を開ける音がした。タイチが食事を持ってきてくれたのだろうか? ワタナベタイチはエビサワの舎弟だった。どこか東北の田舎町出身で、高校を中退後、東京に出て来たと言っていた。歳はまだ二十歳そこそこだったと思う。ヤクザな世界に入ってくるには幼くて性格が純朴で素直だが、どこかトッポイところがあり、いつもエビサワにいいように使われていた。田舎の不良がそのまま大人になったような感じである。エリナのことも「姉さん」と呼んで慕ってくれていた。そんなタイチがこっそりと食事を差し入れてくれる。しかし、フロアに響くヒールの音を聞いて一気に緊張が走った。
「美華さん」
 エリナが思わず声をかけた。美華には救ってもらった恩がある。その結果として美華が殺人を犯してしまったという負い目もあった。呉美華は立ったまま腕を組み、エリナをジッと見つめていた。
「美華さん、一体どういうつもりなの?」
「あなた、ユウジを脅したそうね」
 エリナが息を飲んだ。
「脅しただなんて、そんな」
「あなた、私たちを脅せる立場なのかしら? 恩を仇で返そうっていうのね」
 エリナが首を横に振った。
「それは違うわ、私、美華さんには感謝しています」
「それなら、あなたがアノ男を殺ったことにしてくれないかしら?」
「そ、そんな・・・・・・私」
 呉美華が苦笑する。
「無理よね、あなたのような人が、他人を殺すことなんてできっこないもの。そんな見え透いた嘘、つくだけ時間の無駄だわ。でもね、あなた、だからって私やユウジを脅すのはどうなのかしら?」
 エリナが項垂れた。
「すみません、私のために」
 すると急に呉美華が声を荒げた。
「自惚れてんじゃないわ! 私は別にあんたのために殺ったわけじゃないのよ」
 エリナが顔を上げ、美華の顔を見た。
「美華さん、私は絶対に美華さんのことしゃべったりしません。約束します。だから」
 と言って泣き崩れた。
「用心深いのよ、私たち。だからここまで生き延びて来れた。私はあんたに恨みは無いけど、残念ね」
「私の友達の彼氏、刑事よ。私がいなくなったら、きっと私のこと探しに来てくれるわ。そして、あなたたちも捕まるわ」
 呉美華が声を上げて笑った。
「だといいわね。でも、そのあなたのお友達、本当にあなたのこと探しに来てくれるのかしら? ミウラユキナって人、あなたと違って有名なタレントでしょう? 友達って思ってるの、案外あなただけだったりして。そうじゃないことを祈ってるわ」
 そう言って背を向けた。
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