第1話

文字数 1,156文字

 体育館の壇上から全校生徒を見渡すと、いつもまばらな感覚ばかり覚えた。ところが飯田ソータにとっては細路高校の全生徒数は卒業校の小、中学校から比較しても最大で、要は生徒数と体育館の敷地面積との対比による錯覚なのかもしれなかった。象牙色の床が大きく空いていて、新型コロナウィルスの感染防止対策を行っていたころの隊形をいまだに続けていた。スピーカーによる拡声をしても最後尾まで届かないだろう。どうせ3時間と憶えている者などいないアナウンスである、気軽なものだった。
「みなさんこんにちは、美化委員の飯田ソータといいます。恒例の校内美化週間が来月1日から始まります。学び舎という公共の場の景観を保つことは、敷いては私たち個人の学習欲にも還元させることだと思われます。ぜひ、この機会に校内美化を意識してみてください。そして、もしよかったら小さな気付きや行動となり、習慣化の皮切りになれればと願っています。私たち美化委員会は朝10分のゴミ拾い活動を行いますので、お手伝いいただけるのなら、ご連絡などは不要です、生徒会の挨拶運動のそばに特設のゴミ箱を設置しておきます。枝木の一本、紙の一切れでもご協力お願いいたします」
 終わり。
 拍手もない。
 どこからか、「え、生徒会の挨拶運動、やった」という声が聞こえた。
 ソータは眠たげな空気感を放つ全校生徒に背を向けて、下手の階段を使って壇上から降りた。担任の七海先生だけ、誰にも聞こえないような小さな拍手をポフポフとしていた。

 美化週間が始まった、細路高校の生徒会の面々は信じられないほどの美男美女の集まりであった為、彼らの笑顔とあいさつは全校生徒の鬱屈とした朝の気持ちを美化し続けた。
 背後でソータは軍手に塵取りと火ばさみを持ってマイペースにゴミ拾いをしていた。集めたゴミを捨てに行くと、同じクラスの島田レンリが軍手をして作業をしていた。レンリは図書委員だったため、彼女は有志の生徒ということになる。ソータは有志の生徒がゴミ拾いを手伝ってくれるなんて思ってもいなかった。全校生徒の中で彼女だけだった。同じ美化委員の中でも朝が苦手で参加しない生徒もいたくらいだ。どうしよう。うれしい。
 そろそろ終わりにしましょう、生徒会長が号令を入れると、美化委員たちもまた、自分たちの仕事を終えてゴミ箱を片付け始めた。同じ方向に歩き出したレンリに、ソータは小走りに近づいてお礼を言った。レンリは不思議そうな顔をした。さも、当然のことだといわんばかりだった。

 次の日も、次の日も。

 最終日にはほとんど拾うゴミも見当たらなかったため、ソータはレンリと並んで校舎裏まで歩いた。レンリは物静かな女性だったが、「フリージア、可愛いね」とソータに微笑みかけた。図書室の花瓶を取り換えるのはソータの仕事だったのだ。
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