第7話

文字数 1,374文字

 ツムギはレンリの家に泊まるようになった。レンリの母、マリは快く受け入れて「いつまでもいていいのよ」と言ったり「うちの子供になる?」と言ったりした。きっとツムギが可哀そうで、弱そうだったから。母性っていびつだね、そうレンリは言った。でもツムギちゃんのためなら割り切れそう。利用できるものはなんだって。
 ツムギとレンリは一緒にお風呂に入って、一緒のベッドに寝て、一緒に朝のコーヒー飲んで! 一緒に登校して! ちくしょう! 僕は全然割り切れない!
 ソータは血の涙を流しながら、『僕のレンリ』『僕だけのレンリ』を細かくちぎってはゴミ箱に捨て続けた。その甲斐もあってかなくてか。
「ありがとうございます、レンリさん。ソータさん」と。
 夕焼けが三人の影を一つにしていた、ツムギは両手をしっかり握って。
「ツムギ、パパと話し合います」と言った。

 長浜ケイスケはタブレットの映像を両耳たぶを引っ張りながら見ていた。
 ツムギの祖父母の家の応接室で、誰だか分らない初対面の男子生徒『ソータ君』と一緒に。
 女性二名はダイニングでぼくの父母とお茶を飲んでいた、その話し声が弱まって耳に届く。タブレットの映像はミュートにしていないにもかかわらず、何の音声も発しない。その代わりに妙に滑稽な道化師が、ひとり裸でベットの上をゴロゴロしていた、自分のベッドではない。ぼくの愛娘のベッドの上を、だ。そのベッド自体に思い入れなんてない、量販店で購入した安物だ。しかし、二人で角っこを掴んで運び、協力して組み立てたんだ。
「ケイスケさん、あなた何考えていますか?」
「何って、ソータ君、いたって普通の…… シンプルな思考だよ」
 ケイスケ氏は老眼鏡を取ろうとしたが、両手が震えてなかなかうまくいかなかった。
「殺す」
「極端すぎます」
「ありがとうソータ君、ツムギに君のような立派な先輩がいてぼくは嬉しかった」
 このタイミングでお礼なんて聞きたくないし、嬉しかったって過去形だし。
「冷静に、冷静にお願いします」
「ぼくはいたって冷静さ。そ、そうだな! 殺してはまずいよな、悔恨が生まれないもんな!」
 違う違う、なんだこのオヤジは。元ヤンキーか何かか?
私刑(リンチ)もダメです」
「ならば半径10万光年立ち入り禁止だ!」銀河系飛び出してるって。
 しまったな、こういう可能性もあったんだ。やっぱりちゃんとした第三者に立ち会ってもらうべきだったのか。
「一回外に出てその辺を散歩しましょう、ツムギちゃんとお話しするのはそれからです」
「ああ…… そうだな」
 二人で並んであてもなくふらふらと歩いた。団地を抜け、小さな公園、コンビニ、月極め駐車場の前を通り過ぎた。ケイスケ氏はぶつぶつ何かをつぶやいていた。怖すぎる。
 急に、「君の目からしてツムギはどう映る?」と聞かれた。
「小さすぎると思わないか?」
「小柄ですが、ケイスケさんが心配するようなことはありません。本人も言っていましたが、健康診断も血液検査も至って正常です」
「でも……」ケイスケは両手で顔を覆った。
「あいつの母親が死んだとき、ぼくたちは本当に苦しかった。車も売って、保険も解約して、それでも小さな葬式しか出してやれなかった。若くて徳のなさそうな坊さんしか呼んでやれなくって、それがぼくにはとても悲しかったんだ……」
 喫茶店に入って、二人でホットコーヒーを飲んだ。
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