第3話

文字数 1,153文字

 2年J組はざわついた。嘘だろ? 冗談だよな? しかし二人の距離感はどう見ても夜の共同作業を終えた男女のものだった。
 階段の踊り場を回る、ソータの右手が自然とレンリの腰にスッと伸びる。レンリは、あ、ちょっとみんなの視線が気になるかも、と思いつつも、まあ、いいか。と、諦める。途切れた会話を再開する。
 2年J組は聞き耳を立てた。何だよ、これじゃあ俺たちが馬鹿みたいじゃないか。

「ソータ君は全校生徒の前でスピーチしても緊張しないの?」
「美化委員のアナウンスのこと? 中学の時のダンスの授業より緊張しないかな、どうせ誰も聞いてないし」
「聞いてなくないよ?」
「なにそれ、僕に緊張してほしいの?」
 レンリは意地悪な笑みを浮かべた。
「次は緊張しちゃうかもね」
 ソータは「やめてよ」とヘラヘラ笑った。

 わー! なんだこのエッチな雰囲気は! ソータのくせに生意気だぞ!
 陰キャのくせに! 陰キャのくせにー!
 本田ショウは己の筋肉が泣いている気がした。もしかして週二のジム通いは全部無駄だったのか? それとも俺も受付の山岸さんにアプローチすればワンチャンあんのかな?
 岸辺リイチは両手を見つめた。ぼくの手品は誰かの心に届いているのだろうか? 本当はモテを目指すより誰かひとりの深い理解者が欲しかったのではないか? そもそもぼくは誰かを理解しようと努めたのだろうか?
 教室の隅っこで陰キャと陰キャがイチャイチャしている。誰も羨ましいなんて思わない、しかしこの強烈な敗北感はなんなのだろうか、彼と彼女はニコニコと、鶏卵のような完全な、一つの完結した世界の形を示し続けていた。
 二階堂ユメだけ、レンリの事を見直していた。そうだね、マチアプで50人出会ったり別れたりしてみたけど、結局ろくな男がいなかった、アベレージ80点男が無双する世界だもんね、あたしがそんなキャラだったら浮気し放題。割れ鍋に綴じ蓋で良くって、どれだけ相手を許せるかって大事なんだね。

 ショウは勇気を出し、リイチは素直になって、ユメはバイト先の後輩の不器用なアプローチをからかい出した。
 みんな、少しだけ充実した日々になった。

 それでも2年J組の面々は二人がどういう関係なのか尋ねずに、ふんわりとした了解に落とし込んでいた。しかしある時、E組の生徒のジェニファー・アーチがヘンテコなイントネーションで「す(→)き(↑)ぴ?(↓)」とレンリに尋ねた。
「ジェニファーさん、スラングを覚えるのが楽しいのは分かります。ですが、日本語にはこの様な表現もあります、『彼は私の大切な恋人です』」
 言葉の勇ましさに反してレンリは耳まで真っ赤だった。
「オー! 愛人!」
「あ、愛人ではありません! 恋人です、こ・い・び・と」
 レンリは泣きそうになりながら愛人と恋人の違いを説明した。
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