第2話

文字数 1,254文字

 高瀬ココアは友達のレンリの変化にすぐに気づいたが、具体的にどこが変わったのかは分からなかった。レンリは極端に口数が少なく、物静かで、良い意味で空気を読まない天然キャラだった。彼女がいるだけで雰囲気が華やいで、時間間隔が緩やかになる。
 授業で好きな詩を聴かれたことがある、図書委員、君なら答えられるだろうと指名されたレンリ。彼女はゆっくりと立ち上がった。

「永き日のにはとり柵を越えにけり(芝 不器男)」

 あの時、教室は軽い混乱の中にあった。三連休を間近に控えた金曜午後ではないにもかかわらず、二年J組は一瞬にして夢心地の霧に包まれたのだった。
 ココアは頭を振った。いかん、あの時と今と同じ感覚になってしまう、放課後は三年生のOGチームとの対抗戦が控えているというのに、気を引き締めなくては。劇薬! 劇薬だ、この女は! ところがそんなココアの葛藤もむなしく、彼女はレンリのそばにいるだけで昼下がりの公園で愛犬とじゃれ合っているような気の抜けた心持ちになるのだった。
 原因はすぐに判明した。放課後、ココアは部活の途中で体育館から抜け出して、バッシュの底を鳴らしながらゴムタイルの床を図書室まで歩いた。すると受付には意外な人物が座っていたのである。あのボサボサ頭は、ソータ?
「なんであんたがここにいるの? レンリは?」
「島田さんは偏頭痛で帰宅しました」
「ふーん、いや、ちょっと待って……」
 ココアは情報を整理しようとし、頭を働かせている時の癖でほっぺたを両手でもみ始めた。
「ソータって美化委員でしょ? なんで図書委員の代役があんたなの?」
「どうして良いのか分からないからとりあえずニコニコしてたら、借りに来ていた常連の先輩が全部教えてくれたんだよ」
 答えになってなくね? いや、こいつのこの朗らかな態度が全部答えなんじゃないのか。
「付き合ってるの?」
「へ?」
「付き合ってるのって!」
「い、いや、つつつつ、付き合ってないけど! や、やだな、すぐそうやって、男と女のさ。好きとか? 嫌いとか? 僕なんかが島田さんを好きになれる権利なんてないってゆうか、おこがましいってゆうか! いや、島田さんが素敵な女性であることを否定しているわけじゃないけど、ぼ、僕なんか好きに、す、す、好きっていうか、もっとこう、好きより…… す、す……」
「キモイって! 腹から声出せよ、気合い足んねぇって!」
「よろしくお願いしまぁあぁぁぁぁす!!!!」
 図書館は平静を取り戻すまでしばらくかかった。
 ココアには常よりレンリに対する引っ掛かりがあった。無口な天然キャラにあれこれ世話焼きして、ほらレンリ、教室移動するよ、とか、七海先生が呼んでるよ、とか。ココアはそれでも満足だったが、交友関係はココアの方が広いため、頼りにされればどこでも駆け付けた。あたしがバスケ部の仲間といるときのレンリの横顔。さみしさと捉えたことはなかったが、いつも気にしていたのだ。
「よし!」
 ソータはあほ面をさらしている。
「部活行ってくる!」
 いや、何のために来たんだ。
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