第4話

文字数 1,422文字

 単なる偶然だが細道高校では恋愛の話題が活発になりだした。だれが付き合った、だれが上手くいった、だれとだれがいい雰囲気だ、教諭がおめでただ。その皮切りがレンリの行動力だっただけ、しかし女子生徒たちはレンリの下にイチゴだの、クッキーだのを持ってきたがった。
「太ったらどうするの……」
 レンリはそう言いながら頬っぺたをモキュモキュ動かした。
 ソータはソータで男子生徒たちからペタペタ触れるようになった、「ご利益」「ご利益」ええい! 人をラッキーボーイ扱いすんな、僕だって頑張ってるんだぞ、お風呂入ったり! 歯を磨いたり!

 そんなある日、ソータが待ち合わせ先の自販機の前に着いたら、レンリの隣に背の小さな1年生らしき女生徒がいた。彼女は色々と発育が悪く、猫っ毛のロングヘアがピョコピョコとあさっての方向に飛び出していて、とても高校生には見えなかった。両手でレンリの左手を握っていたが、しがみついているように見えた。
「いつも図書室に最後まで残っている子なの」
「こんにちは」
 ソータがあいさつすると、女生徒はレンリの背後に隠れてしまった。最近陽キャにいじられたりするせいで忘れていた、僕は初対面の人から怖がれる外見だった。
「女子運動棟の周囲が汚いってクレームがあってさ、更衣室があるのに美化活動の対象にできないだろ? だから……」
「こっ……」
 ソータはすっと話題を止めた。
 女生徒はゴムタイルの床をにらんでいる。
「こんにちは!」
「こんにちは」
 猫と仲良くなるのは得意なんだ。

 小さな寂れたショッピングモールのスーパーで一緒にハーゲンダッツを買って、ひと気のないイートエリアで三人で食べた。どこそこに落ち着いて読書や、自習ができるスペースがあるといった知識はレンリが持っていた。
 彼女は長浜ツムギと名乗った。ツムギは、ツムギは、と、かなりどぎつい身の上話をペットの話をするようなテンションで発した。スーパーの有線放送が気の抜けた背景音を連ねていた。
 ツムギの母親が癌で死んだのは小学校の二年生の時だった。以来七年間を父ひとり、子一人の生活をしていたが、父の長浜ケイスケはそこそこのサラリーをもらっているのであまり不自由は感じなかったという。しかし、ご飯は給食とコンビニ弁当で、ケイスケの時間が合った時だけレストランや定食屋に行く生活だった。ある時ケイスケは。
「ツムギが小さいのも俺のせいかな」と言った。それからバツイチ男の婚活が始まったという。ツムギはたまに連れてってもらえるレストランのオムライスで十分だった。
 再婚相手のアキコは悪い女ではなかったが、ツムギにはちょっとした不満もあった。料理が薄味だとか、溜息が気になるだとか、テレビドラマを1.5倍速で見るとか、フローリングに掃除機を掛けるとか、つまらないこと。時間がたてば仲良くなれる気はしていた。問題は連れ子の義兄だった。義兄のアキラはツムギの事を完全に性的な視線で見てくるという。
「ショーツとかスカートとかなくなっちゃうの」マジかよ。
 ソータは自分のオタク気質から『義妹』というキーワードに引っかかっちゃうのもわかる気がしたので、「誰かに相談してみた?」と尋ねてみた、尋ねてみただけだ。ツムギの頭を抱きしめるレンリにはその言葉の裏が透けて見えていたようで、「最・低!」と侮蔑の言葉が飛んできた。はい、誰にでも相談できてたら図書室に一人でいないよね、ちょっと考えれば分かるだろ、なにやってんだ僕は。
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