17:友香②

文字数 2,806文字

※連続投稿2話目です

「お、こんなとこにいた」
 右手から聞こえた声に振り向くと、意外な人物が私の方に向かって手を振りながら歩いてくる。
「レクベル、イェン」
「よう。思ったより元気そうじゃねえか」
「どうしたの? 帰省してたんじゃなかったの?」
 ロンとハルは何だかんだで、まだ実家に戻っていないけど、この二人はとうに帰省していると思ってたのに。
「いや、帰ってたんやけど」
 と、肩を竦めて燕が言う。
「教官から呼び出されてな」
「教官に?」
 鸚鵡返しにそう呟いて、私ははっとした。こんな時期に、わざわざ教官から召集がかかるなんて、普通じゃ考えられない。
 ということは――
「……私のこと――、聞いた?」
 私の問いに、二人はそっと視線を逸らす。
「……そっか」
「あー、……その、大変だったな」
 俯きかけた私を、その声が引き留めた。見上げると、レクベルが決まり悪そうに頭を掻きながら、こちらを見る。
「教官から聞いてびっくりしたけど、まあ、無事に……じゃねえか、ええと……なんだ、その、まあ、帰って来れて良かったよな」
「……」
 一語一語、言葉を探しながら、レクベルが言う。
「……ぷっ」
 その気遣い方があまりにも彼らしくなくて、でも気遣ってくれることが嬉しくて、私は思わず噴きだした。
「って、おい。何で笑う」
「だって、らしくないんだもん」
「てめえ、人がせっかく気を遣ってやってんのに」
「それがらしくないんやろ」
 冷静な燕の言葉に、レクベルが拗ねたようにそっぽを向く。
「ま、それはそれとして」
 と、レクベルは放置して燕が口を開いた。
「教官からの伝言やねんけどな」
「……伝言?」
 何だろうと首を傾げると、レクベルが慌てて燕の袖を引いた。
「あ、お前先に言うなよ! せっかくあいつらより先に来たのに」
「――へーぇ、誰より先に、なんだって?」
 その瞬間。唐突に首に絡みついた腕と、耳元で囁く声に、彼が固まる。
「げ」
「……ロン、ハル」
「結局、みんな揃っちゃったねえ」
 にこにこと笑うハルの横で、ロンが楽しそうに――何だか、目が据わってる気もするけど――、レクベルに絡んでいる。絡まれているレクベルはといえば、本気で嫌そうだ。
「ええと……それで、伝言って?」
 取り込み中の二人は放っておくことにして、私はハルと燕に声を掛けた。
「ああ、まだ聞いてなかったんだ」
 私の問いに、ハルが肩を竦める。
「あのね。うちの最終選抜、半年延期するってさ」
「――て、おい!」
「てめ、ハル!」
 横でじゃれていたロンとレクベルが、すかさずハルの方を振り返ったけど、私はそれどころじゃなかった。
「延期……って?」
「事が事だけに、特別措置をとることにしたんやて」
「うそ……」
 告げられた言葉は、とてもすぐには信じられる内容じゃなかった。呆然とする私の目の前で、ハルがはたはたと手を上下に振っている。
「おーい、友香ちゃーん?」
「嘘でしょ、だって――」
「ほんとだってば。ま、条件はあったけどね」
 ね? と他の三人に目配せをして、ハルが笑う。
「条件?」
「――最終候補者全員がそれに同意すること」
 四人の声が、揃う。
「え――」
「ちなみに僕らは勿論、全員同意ずみね」
「つまり、あとは中山だけってこと」
 ハルとレクベルが口々に言って、笑った。
「だって――いいの?」
「いいも何も、ここでお前が拒否ったら、俺らが全員即答した意味がねえだろーが」
 苦笑混じりに、でも穏やかな声でロンが言う。
 即答――――してくれたんだ、みんな。
「レクベルとイェンが同意してくれるとは思わなかったけどねー」
「これで嫌やなんて言うたら、俺ら完全に悪役やないか」
「え、でもだって。そうしたら……」
 ――競争相手が一人消えたのに
「それ以上言うな、ボケ」
 私の台詞の先を読んだのだろう。呆れた表情とともに、ロンが私の額を小さくぺしりと叩く。
「まー正直、それも考えなかったわけじゃねえけど」
 と、頬を掻きながら、レクベルが言う。
「やっぱ、何つーか、その……寝覚めが悪いじゃん? それにおまえ、こないだ言ってただろ。全力でやれるのが楽しみだって……だから、何だ、その」
「てめー、まどろっこしいんだよ」
 ゴスッと鈍い音とともに、綺麗な弧を描いたロンの回し蹴りがレクベルの背中に入る。
「……っテメ! 何しやがる!」
「お前が鬱陶しいのが悪い」
 咳き込みながら睨み付けるレクベルに、ロンは悪びれず、鼻を鳴らして笑う。
「いやぁ、同族嫌悪ってほんとにあるんだねー」
「誰が同族だ!」
 そこにハルまでが参入して、一気に騒がしくなった三人を私は呆然と眺めた。
「……で、どうするんや?」
 燕が、しばらくは終わりそうにないトリオ漫才に溜息を吐いて、こちらに水を向ける。
「……いいのかな」
「ええんやないの。頑張ったから、ご褒美や」
 視線は、喧嘩を続けるロンとレクベルに向けたまま、事も無げにさらりと燕が答える。
「――ま、友香ちゃんがどうしたいかってだけだよね、後は」
「ハル」
 すっとトリオ漫才の輪から抜けて、ハルが肩を竦めた。
「どうする、相棒?」
「私、は――――」
 いつの間にか、ロンとレクベルも喧嘩をやめて、私の言葉を待っている。
 私は座ったままで、みんなは立っているから、見上げる角度はとても高くて。
 見回した仲間達の向こうに、ぽっかりと、抜けるように高い空が見えた。

 ――ああ、そっか

 ふいに、すとん、と。
 自分でもびっくりするくらいすんなりと、それは私の心に落ちてきた。
 まるで、あの澄んだ高い空から、空の欠片が降ってきたみたいだった。

 ――私、ここにいてもいいんだ

 それは、これ以上ないというくらいに、シンプルな答えだった。
 ずっと心の中に溜まっていた黒い雲が、瞬く間に晴れていく。

 ――ここに、みんなのそばに、いたい

 地に落ちた種が根を張るように、その想いは、みるみるうちに私の身体を満たしていく。

 空が、滲む。
「続け、たい。……最後まで――、みんなと一緒に、やりぬきたい」
 私の言葉に、安心したように笑ったみんなの顔も、ぼんやりと滲む。
 ――ああそっか。私、泣いてるんだ。
 公安長を目指してきて良かった――この人たちに会えて、良かった。かけがえのない、信頼できる人たちだと、胸を張って言える仲間ができて良かった。
 あの出来事を忘れる事なんてできないし、悪夢と恐怖はきっとまだ私を追いかけてくるだろうけど。何度も足を取られてしまうかもしれないけれど。
 でも、彼らが支えてくれるなら、私は前に進める――進みたい。彼らに恥じない自分でいたい。
 私が彼らに返せるものなんて、それだけだから。
「あーあ、レクベルが友香ちゃん泣かしたー」
「てめ、何やってんだよレクベル」
「ちょ……っ、待て! 俺全く関係なかっただろ、今! ハルだろ、今のは!」
「いや、お前が悪い」
「イェンまで!?」
 仲間たちの声を聞きながら見上げた空は、滲んでいてすら広く、大きかった。
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