15:ロン②

文字数 2,294文字

※2話連続投稿2話目です


「本当に、ありがとう」
 深々と友香が頭を下げる。その表情や態度に、少し胸が苦しくなった。
「――ばぁか」
 本当は「そんなこと言うな」と言ってやりたかったけど、そうしたら余計に友香が気に病むような気がして、俺はただそれだけを言った。
「ま、俺の頭脳にかかっちゃ、あんな暗号子どもだましだからな」
 飲み込んだ言葉の代わりに、おどけるように胸を張る。
「あれー、ちょっと騙されかけてたのって誰だったっけー?」
「……テメ、今ここでそれ言うか!?」
 ハルも俺と同じことに気付いてるんだろう。うまいこと、かぶせるように混ぜ返した奴との応酬で、再び友香に笑顔が戻る。
 けど……、やっぱりそこには隠しきれない翳りがあった。事実、笑いがおさまるや、少し暗い目をして、彼女は瞼を伏せる。
「……友香?」
 俺が呼びかけると、彼女ははっと顔を上げ、微笑んだ。
「え、何?」
「大丈夫か?」
 どこか――体でも、心でも――痛むんじゃないのか?
「大丈夫だよ。ただ――二人のやりとり見てたら、ほんとに帰って来れたんだな、って思って」
「――」
 綺麗な、けど、どこか儚い微笑を浮かべ、友香は笑う。その表情に、俺は数年前、友達になったばかりの頃の彼女を思い出した。
 ――あの時はこいつ、味方のいない状況を一人で必死に乗り越えようとしていたんだよな
「……無理して笑わなくてもいいんだぞ」
 あの頃の友香を思い出した途端、言うつもりのなかった言葉を、口が勝手に紡いでいた。
「――」
 しまったと思ったが、もう遅い。
 友香の表情が一瞬強張って、それからゆっくりと、表情が消えていく。
「友香――」
「……あは。何でみんな気付いちゃうのかなぁ」
 目を伏せ、困ったように友香は眉尻を下げた。きゅっと、両手が布団を掴む。
「アレ――次期指揮官にも、同じこと言われちゃった」
 俯いた顔を髪が隠す。でも彼女が今どんな顔をしてるかなんて、見なくてもわかる。
「みんなにもう、心配――迷惑、かけたくない……のに」
「友香……」
 言ってやりたいことはいくらでもあった。けど、何から言っていいのかに迷って、俺はただ名前を呼ぶことしかできなかった。
 けど、そんな俺とは対照的に、ハルは深々と嘆息すると、おもむろに友香に呼びかける。
「あのさぁ、友香ちゃん」
 友香が顔を上げる。すると、ハルはすっと伸ばした指先で彼女の鼻を摘んだ。
「……ふぇ!?」
「まぁったく、この子はもう」
 驚きの声をあげる友香に構わず、ハルはもう一度、深く溜息を吐いた。
「大体ねえ、君はいっつも水くさいんだよ」
「ハル……」
 鼻を摘んでいた手を離し、ハルは腰に手を当てる。どうやら説教体勢に入ったらしい。
「友達のこと心配するのは当たり前でしょ? それを迷惑かけてるだのなんだのって、僕らに対して失礼だよ、それ。それとも何? 君にとって僕らって友達じゃないわけ?」
 これまでずっと心配していた分を一気に吐き出すように、ハルは捲したてる。
「次期指揮官のことにしたって、そうだよ。今回のことがなかったら、当分隠しておくつもりだったでしょ。今更そんなこと位で、僕やロンがてのひら返すなんて、本気で考えてたわけ?」
 ハルの剣幕に、友香はといえば、言葉を返すこともできず、ぱちぱちと目を瞬くばかりだ。
「大体さ、僕たちもう何年一緒にいると思ってるの? これだけ長いこと一緒に訓練してきて、まだその程度にしか信用されてなかったなんて、本気でショックだったよ、僕」
 一息で全てを言い切ると、ハルは大きく溜息を吐いた。
 随分と長い沈黙が降りて、ほんの少しだけ居心地の悪さを感じさせる。
 ――やがて。
「…………ごめん、ね」
 目を伏せ、囁くようなか細い声で友香は言った。
「二人を……信じてなかったわけじゃないの。ただ、怖くて――自信がなくて」
 俯いた肩と布団を握る指が、小刻みに震えている。
「あのね。自信なんて、僕だってないよ」
 溜息混じりのハルの声は、さっきよりも少し穏やかだ。
「でもさ――だからこそ、お互いに信じ合うんじゃないの?」
「え……」
 ハルの言葉に、友香は驚いたように小さく声をあげた。
 そして。友香の顔が泣く寸前の子どものようにくしゃりと歪む。
「――ごめんなさい」
 ゆっくりと、噛みしめるようにそう言って、彼女は深々と頭を下げた。
「謝らなくてもいいけどさ。わかってるし」
 ふっといつもの調子に戻り、ハルは肩を竦める。
「僕も、勢いに乗ってきついこと言っちゃったね、ごめん。――でも」
 ふっとこちらを向いたハルと視線が合う。
「心配くらい、させてよね。……君が大変な思いをしてるとき、僕らは傍にいられなかったんだから」
「ハル……」
 少し自嘲気味なハルの言葉に、友香は意表を突かれたように、軽く瞠目して俺達を見上げた。
「ね、ロン?」
「――だな」
 大きく頷いて、俺はハルの隣に進み出る。
 奴の説教の間、友香に一番伝えたい言葉は何かを、俺はずっと考えていた。その答えは――多分、これだ。
「なあ、友香」
 無言でこちらを見上げる彼女に俺は笑いかける。
 脳裏に思い浮かぶのは、はじめて友香の生い立ちを知った日の――全部一人で背負い込んで、無理やり笑おうとしていた、あの日の表情だ。
「前に言ったよな――もう、一人で堪えなくていいって」
 自立することも大事だけど、一人で抱えきれないものは、みんなで支え合ったっていいじゃないか。そうやってお互いに助け合ってきたから、今の俺達があるんだ。
 じわじわと、友香の目の縁を涙がおおっていく。
「うん――ありがとう……」
 俺達を交互に見つめながら、彼女はゆっくりとそう言って微笑んだ。
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