11:ハル②

文字数 2,319文字

「お前らに、俺の気持ちがわかるかよ……」
 ゆらりと立ち上がったショーンは、まるで砂でも噛むように辛そうな表情を浮かべながら、僕らを睨む。
「お前らなんか、いつだって成績トップで余裕ぶりやがって! 俺だって必死にやってたんだ、けどお前らには到底届かねえ! しかも3人仲良く最終候補に残ったって!? 冗談じゃねえよ!」

 ロンに話した、友香ちゃんに告白していたという候補生の話。
 その相手こそ、ショーンだった。遠目に見かけただけだけど、困惑したような友香ちゃんの表情が一瞬だけ見えて、ああ断られるなと直感した。
 昨夜話したように、彼女はこと恋愛関係に関しては著しく鈍い。というよりも、そういったものとは無縁だと、初めから自分と切り離してしまっているようにも見える。それはおそらくは彼女の生い立ちが原因なのだろうと、僕は思っているのだけど。
 それを抜きにしても――彼女には、明確な目的と強い意志がある。
 だからそれを果たすまで、彼女には恋愛にかまける余裕なんてないはずだし、それは僕たちみんなに言えることでもある。何しろ、幹部候補生である僕らにとって何よりも優先すべきは、この選抜を勝ち残ることなんだから。
 だから今の今まで、ショーンみたいに考える奴がいるなんて、思いもしなかった。けど――――

「ああ、わからねえな。わかりたくもねえ」
 ショーンの視線を正面から跳ね返し、ロンは地を這うような低い声で唸った。
「俺は――たとえ振られたって、最終候補に残れなくったって、あいつを裏切ったりしない」
 ロンが躊躇なく言い切ると、ショーンはたじろいだように目をきょろりと動かした。
「自分の力不足を棚に上げて、何が腹いせだ? 俺らが――友香がどれだけ努力してきたか、知らねえだろうがよ! その程度の気持ちしかない奴が、偉そうな口きくんじゃねえ!」
 低く叫んだロンの言葉に、ショーンはグッと唇を噛んで俯く。樹に凭れた彼の肩がふるふると小刻みに震えていた。

 その言葉には、僕も全面的に賛成だ。
 この5年、友香ちゃんはずっと2日に1度の自主練を欠かさなかった。勉強だって体調管理だって決して怠らなかった。僕やロンも、彼女と知り合ってからは3年間、同じように過ごしてきた。僕たちが3人揃って最終候補に残ったのは、そういう努力の積み重ねがあったからだ。
 もちろん1人ではとても続かなかっただろう。3人で切磋琢磨したからこそ得られた成果だから、それをずるいと思うのなら、それは甘んじて受けよう。けれどそう思うのなら、ショーンだって同じように誰かと協力することもできたはずだと――自分勝手かもしれないけど――僕は思う。

「――ショーン」
 その時、僕らの間に降りたしばしの沈黙を破ったのは、意外にも燕だった。
「状況はわからんが――お前かて、ここまで残ってきた意地があるやろう。このままでええのか?」
「――――」
 今この場にいるメンバーの中で唯一冷静な燕の静かな声に、ショーンは気まずそうな様子で目を逸らす。
「ショーン。今は彼女の命がかかってる。一分一秒だって惜しいんだ、話してくれないか」
 僕の言葉に、ショーンは唇を噛む。そして、少しの沈黙の後。
「……ギイに、言われたんだ」
 虫の羽音よりも小さな声で、彼は言った。
「お前らが中山と一緒に、最終候補に残ったって。妬ましくないかって……ちょっと、困らせてやろうって」
「それで」
「お前らに、中山が急に帰省したって嘘吐いて驚かせてやれって。そのために、とりあえず中山を誘い出せって言われたんだ」
 誰とも目を合わせることのないまま、ショーンは続ける。
「でも――あいつら、中山がドア開けた途端にいきなり殴りつけて昏倒させて、そのまま連れてっちまって」
「…………」
 ――なんてことを
 一瞬、その情景を脳裏に思い描いて、身体が怒りに打ち震えた。ふと視界に入ったロンの拳も、真っ白になるくらいにきつく握りこまれ、震えている。
 唯一の部外者である燕もさすがに顔をしかめたが、何も言わなかった。
「やばいと思って、どうしようかと思ってたら、しばらくしてギイが来て、中山の部屋に手紙を挟んで来いって……」
「それで?」
「あいつ『お前も共犯だぞ』って……俺、何か急に怖くなって」
「――で、結局、奴の言いなりか」
「……最初は、俺、そんなのには協力できないって言ったんだ。けどあいつ、俺が共犯だってばらすって。それで仕方なく……仕方なかったんだよ」
 絞り出すように、掠れた声でショーンは言った。涙が一粒落ちて、足元の土を染める。その表情は、演技じゃなく心から悔やんでいるように見えた。
 でも仕方なかったからって、いくら悔やんでいるからって、はいそうですかと許せるような問題じゃない。これは紛れもない犯罪だ。
「最っ悪だね。けど、そんなこと言ってる場合じゃない。とりあえずその話、証言してもらうよ」
 はあ、と溜息をついて僕が告げた言葉に、ショーンはぎょっとしたように身を乗り出した。
「――証言!?」
「彼女を助けるには、事実を告発する当事者が必要なんだよ」
「何言ってんだ! そんなコトしたら、俺――」
「友香の命がかかってんだ。四の五の言ってる場合じゃねえんだよ」
 グッと一足飛びに距離を縮め、ロンが至近距離から低く唸る。ショーンはぐっと息を呑んだ。
「とにかく、来てもらう」
 彼の腕を掴むと、ロンはさっき次期指揮官と話した場所に戻るべく、さっさと踵を返した。
「あ、そうだ、イェン――」
「――わかっとる。こんなん他言なんかできんわ」
 もの凄い渋面を浮かべて燕が溜息を吐く。
「ありがとう、恩に着るよ」
 ずんずんと進んでいくロンの背中を横目で追いながら、僕は燕に軽く手を振った。
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