第8話 Headed for a heartbreak 

文字数 3,514文字

 鍛冶屋のハンスのもとに奇妙な依頼が舞い込んできた。剣の修理と銀製の杭を作って欲しいという。結構な値段になる。有り難いといえばそうなのだが、銀製の杭は一体何の目的に使うのだろうとハンスは気になった。細かい内容は依頼主が直接伝えるというので、ハンスは仕事場で待っていた。
 訪ねてきたその依頼主を見た途端、ハンスは直感でこいつは只者ではないと思った。
 滅多に物怖じしないハンスですら戸惑うほどの物凄い圧みたいなものを感じた。全身黒装束で身を固めている。年齢不詳で若いようにも中年にも見える。無駄口は一切なく、細かい指示を出す。そして前金を渡してきた。
「それで足りるか?」
「こんなに?」と確認したハンスが驚いた。
「急ぎで頼む。何せ死人が出ている」
「死人?」
「ああ、ここの村でも被害者が出ただろう。知らないのか?森で行方不明になった男の死体が見つかった。あれはヴァンパイアの仕業だ」
「化け物の噂は聞いていたが、死体が見つかったことは知らなかった。いつのことですか?」
「昨日だな。それでヴァンパイアハンターの私が呼ばれた。急いで退治する必要がある。ヴァンパイア退治には杭を使うんだ。手持ちはまだあるのだが、予備を持っておきたくてな」
 ヴァンパイアハンターはそう言うと、じっとハンスの目を覗き込んだ。
「そういえば何か最近変わったことはなかったか?何でもいい。例えば見かけないものを見たとか、人付き合いを極端にしたがらなくなった村人や新参者がいるか?」
 真っ先に思い浮かんだのはエリクソンのことだった。 
「心当たりがあるようだな」
「最近、森の小屋に余所者の男が滞在している。旅をしていると言っていた」
「あの森に?勇気のある奴だ。で、どんな奴だ?」
「金髪で背が高い。色白で目の色が片方ずつ違う。強そうだ。素性は知らんが、脱走した兵士か何かだと思っていた」
「どうやってそいつと知り合った?」
「俺ではなく、隣人が最初知り合ったようで……」
「隣人っていうのは女でその男に夢中になっていないか?そして彼らが会うのはいつも夜か?」
 ハンスは返事できなかったが、ヴァンパイアハンターはハンスの顔色から察したようだった。
「ヴァンパイアっていうのは大抵男だ。奴らは日光が苦手だ。そして夜な夜な人間の女を誘惑して血を吸う。奴らの虜にされてしまうんだ。血を吸われた人間は大抵死んでしまう。死ななくともヴァンパイアになってしまう。君のいう男の情報、それだけでは断言は出来ないが、その男のことを調べてみる必要があると思う。君は女の首に咬まれた跡がないか確認して後で知らせてくれ」
 ハンターは一方的に指示し、小屋の場所を確認すると立ち去ろうとする。 
 ハンスはふとエリクソンと昨日の朝話したことを思い出した。朝日を浴びずにキリエの屋敷まで来るのは不可能だ。それに彼に最初に会ったときは昼間だった。
「待ってくれ。ヴァンパイアは太陽の光の下を堂々と歩けるのか?」
「太陽光を恐れないヴァンパイアがいると聞いたことがある。貴族と呼ばれていて色白で金髪碧眼が多く、美しい容姿をしているとか。そして恐ろしく強い。遭遇したら死を覚悟した方がいいと師匠に教わったことがある。私もこの稼業は長いが、相手にしたのは一目で化け物と分かるような醜い連中ばかりだ。何度か人間と区別がつかないヴァンパイアに遭遇したことがあるが、熟練のハンターでも一対一ではとても敵わない。私の師匠によるとそれでも貴族ではないとのことだ。貴族はもっと恐ろしいらしい」
 エリクソンはブルーとヘーゼルのオッドアイで微妙に違うが、金髪碧眼の色白の美男という貴族の特徴に当てはまる。
「奴らの特徴を教えてくれ。人間と何が違う?」
 するとハンターはハンスに色々と教えてくれた。ヴァンパイアは恐ろしく怪力であること。身体能力が高く目にも止まらぬほど素早い動きをすること。通常の剣で傷つけても死なず銀製の武器でしか殺す方法がないこと。吸血鬼の目が光るという話しを聞いたとき、ハンスの心に何かが引っ掛かった。何故なのかは思い出せなかった。

 
 彼が去ったあと、慌ててハンスはキリエのところへ向かった。キリエは不在だった。町から叔父が迎えに来て一緒に出掛けたらしい。夕方までには戻ってくると使用人の夫婦が教えてくれた。夫の方がこの間の夜、発作を起こしハンスの父が町医者に連れていった。今も顔色はあまりよくない。
「おじさん、身体の具合はどう?」
ハンスが尋ねると、彼は改めて先日の礼を言った。
「今まで大きな病気一つしなかったのに、年齢が年齢だからねぇ」と言葉を濁す。そろそろ引退しなきゃならないと考えているようだった。
 妻の方はずっと暗い顔をしている。やはり夫のこと、これからの生活に不安があるのだろうとハンスは彼らの心情を察していた。
 二人の仕事を手伝ってやりたかったが、自分の仕事がある。キリエが戻ってきたら知らせてくれと言い残し一旦戻った。
 キリエが戻ったのは夕方近くなってからだった。知らせを受けハンスがキリエに会いに行くと、途中でキリエの叔父の馬車とすれ違った。二人は挨拶を交わした。叔父はいつも姪たちが世話になっているねと謝意を述べた。
「今日はキリエに縁談を持ってきたんだが断られてしまった。好き合っている男がいるらしい。そのうち紹介するからって、まだ誰だか教えてくれないんだ。ひょっとして君じゃないのか?」と笑いながら言われ、ハンスはムッとした。
「俺じゃない」
「でもキリエと仲がいいだろう?」
「キリエは家族のようでそんなふうに思ったことありません」
「そうか、小さい頃から一緒だとそうなるのか。つまらないことを言ってしまった。忘れてくれ」
 キリエの想い人は俺じゃない。ヴァンパイアの疑い有りの正体不明の男だ。キリエの叔父の呑気さにハンスは腹が立った。

 しばらく来ないと言っていたハンスが血相を変えて来たので、キリエは驚いたようだった。
「首を見せてみろ」と挨拶もそこそこにハンスが言った。
「え?どうして?」
「いいから見せろ。今すぐだ」
 キリエの首には見慣れないチョーカーがあった。高価そうな真珠があしらわれている。エリクソンからの贈り物だなと気づいたが、今はそれを気にしている場合ではない。
「それを外せ」
「急に何なの?」
「咬まれた跡がないか見るだけだ。一瞬でいい。頼む」
 ハンスにそう言われて、キリエはしぶしぶチョーカーを外した。絹糸のような長い金髪をハンスは乱暴に払い除けて、彼女の白い首を注意深く調べる。咬まれた傷跡はなかったが、エリクソンにキスされたのだろう、うっすらとその跡が残っていた。好き合っているんだから当然だとハンスは思った。
「咬まれていないな。すまなかった。もういい」
 そのあと訳を話した。全部正直に言ったわけではない。ただこんな状況だから、エリクソンが疑われるかもしれないと話した。
「ハンターはエリクソンを調べるって?」
 キリエは不安そうに見えた。
「ああ、そう言っていた。奴がヴァンパイアじゃなければ、それでいいじゃないか、ハンターに断言してもらえれば疑いも晴れる」
「それはそうだけど……」
「もし奴がヴァンパイアだったら、お前はどうするんだ?」
 そう訊いたときのハンスは、キリエの首筋のエリクソンの痕跡を思い出していた。同時に自分がキリエに投げ掛けた問いに自分自身がどうするのか考えてもいた。
「ヴァンパイアなんてそんなわけないわ」とキリエは思った通りの反応をしてくる。
「お前は一体奴の何を知っている?知り合ったのはつい最近だろう?奴に惚れているとはいえ、そこまで信用するほど何があったんだ?」
「命を助けてもらったわ」
 キリエはハンスに最初にエリクソンに会ったときのことを話した。ヴァンパイアに遭遇したことを隠していたのかとハンスに突っ込まれて、キリエはばつが悪そうに言った。
「そのときのことあんまり覚えていないの。聞かれてもちゃんと答えられないと思ったのよ」
 エリクソンは何らかの軍事的訓練を受けたことがあるようだとハンスは考えていた。そうだとしても、そもそも普通の人間がヴァンパイアに太刀打ちできるものなのか?という疑問が湧いてきた。まさか奴もハンターなのか?一体何者なんだ?キリエが好いている男という以外、何も分からない。

 ハンスはキリエには女としてしあわせになってもらいたいと思っていた。ただそれは彼女が選んだ男が化け物でなかった場合、俺は二人を応援する。村人たちにとりなしもしよう。ただもしエリクソンがヴァンパイアなら俺は全力で奴からキリエを守る。たとえキリエに恨まれたとしても。ハンスの答えは出ていた。



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