第9話 契《ちぎり》

文字数 1,510文字

 三人は無事に塚本家に帰った。

 善太夫は拍子抜けしたようにその場に座り込んだ。
 大祐は父に諫言しようとしたが、舎人は病気と言って誰にも会おうとしなかった。元々、十五の元服の時から屋敷内でもあまり顔を合わせる事が無くなった父子であった。亡くなった母をこよなく愛したという。それだけで父を守ろうなどと決心した自分がおかしかった。
 次郎兵衛に心付けをやり、家に帰した。その蟹のような顔が精悍に笑った。この男は信じられる。
 少し休もうと鈴太郎を伴って自室に入った。命を捨てて付いてきてくれた可愛い人を胸に懐いて眠ろうと思った。

 お互いに背を向けて部屋着に着替えた。
 大祐が振り向くと、そこには全裸で髪を解いた鈴太郎が立っていた。
「鈴・・・それは」
「大祐様!」
 鈴太郎は大祐に抱きつき、顔を上げて大祐の口を請うた。鈴太郎の左手は大祐の下帯の中に差し入れられた。
「抱いて下さいませ」
「良いのか」
「大祐様は・・・私には勿体ないほど素晴らしいお方。こんな私と契って頂けますか?」
「嗚呼・・・鈴。儂は遂に見つけた。お前という愛しい者を」
 二人は激しく絡み合った。

 お互いの肉体の隅々を吸い、その匂いを確かめ合った。鈴太郎の白い肌の下には激しく脈動する血管が妖しく浮き、その肩の傷は深紅に染まった。三十朗に愛され、大きく勃つようになったその胸の梅の蕾は、大祐に囓られ透明な甘露を出し始めた。

 艶めかしく蠢く鈴太郎の汗ばんだ肉体の中に、疲れを知らぬ大祐が入って行く。
 死を覚悟して、忘れていた体内の男が目覚め、大祐のそれを限りなく滾らせていた。
 だが、大祐はまぐわいに没頭する反面、頭の片隅に冴えた意識があった。

(儂の決死の覚悟の弔いが、鈴の心を捕らえたようじゃ。儂は本当にあの母子に謝ったのだろうか・・・儂は父を守るという名目で行動しただけではないのか?・・・そうだ、儂の心身がまるで稽古の組太刀を行うように独りでに動いた?)

 大祐は、新陰流に潜む奥義と恐ろしさを垣間見たような気がした。
 そして最後の愛の絶頂に向かう時、ちらと市兵衛の顔が浮かんだ。何かを為そうとしている意志の顔!だがすぐに消え去り、鈴太郎の喘ぐ声が聞こえた。
 そして周期的に訪れる快感の突き上げに昇天していった。

 +

 熱情が収まった後、二人は眠気に誘われるまま、一つの夜具に抱き合って横たわっていた。鈴太郎が大祐の懐から囁いた。
「大祐様のお父上は何故、他の大身の御家老様達を押しのけてご出世されたのですか?」
 大祐は睡魔のためになかば虚ろとして応えた。
「・・・御屋形様(信利)のご寵愛を頂き、その御夢をかなえさせ申したいと言うのが口癖じゃった・・・」
「夢?」
「今は別れてしまった松代真田藩を統一し、権現様(徳川家康)に安堵された旧領に戻したいとの『夢』じゃ」
「・・・でもそれがかなわなかった今、何故にこの様な民百姓を苦しめるような所行をされるのでしょうか?」
「何が言いたい」

 大祐の頭が冴えてきた。
「金奉行の宮下様が私腹を肥やしているとの城下での噂が・・・」
「それで」
「御父上様もそれに荷担されているという噂も・・・」
 大祐は鈴太郎を胸から離しその顔を見た。
 鈴太郎ははっとして、
「申し訳ありません!出過ぎた事を!・・・噂を聞いた時、そんなことはあり得ないと思いました。・・・大祐様を見ればそのお父上のことも分かろうというもの!」
 鈴太郎は必死に言って、また大祐の胸にすがってきた。
「許してくれますか?」
 鈴太郎が甘えるように言う。
「許して頂けなければ死にます・・・」
 大祐は頭を振ってこの会話を忘れようとした。そして再び鈴太郎をしっかと抱き込んでその髪の匂いを嗅いだ。


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